第2話 唐突な『白い化け物』との戦闘

 左手の『紋章』は輝きを増し、八雲の体に力が満ちていく。

 その瞬間、視界がセピア色に染まり、未知の光景が脳裏に浮かび上がった。


 ーーー白衣の若い女性が『白い化け物』に食い殺されるーーー


 一瞬のうちに映像が脳に詰め込まれるような感覚だった。


 「なんだ、今のは!」


 俺は不思議と『この映像が現実になる』と確信していた。


 辺りをキョロキョロ見渡すと、白衣を来た女性を見つけた。


 白髪のショートウェーブにすみれ色の瞳の女性は遠目からでも、美しい女性であることは分かる。


 ただ、状況は最悪だ。俺にはあの『白い化け物』が彼女に狙いを定めているように見えた。


 ーまずい!あの美しい女性が危ない!

 ーおいおい、今の俺に何ができるってんだ!

 ーだけども、これは俺が『主人公』の異世界転移だろ?

 ーこの『星月紋』の力で何とかできないか?!

 ーそもそも目の前で『可愛い女の子』が襲われるのを見過ごせるか!


 様々な思いが頭をよぎる中、八雲の体は既に動き出していた。


 「彼女が俺の『ヒロイン』かもしれねーだろ!絶対助ける!」


 『星月紋』の輝きが強まり、全身に力が奔流のように巡る。周囲の動きがスローモーションに見える中、八雲は驚異的な速度で白衣の女性に近づいていった。


 『白い化け物』が巨大な顎を開き、女性に襲いかかる瞬間、八雲は彼女の前に飛び出した。


 「GYAAAAAAOOOO!」


 咆哮と共に襲いかかる『白い化け物』。八雲は両手でその上下の顎を受け止める。


 「・・・ぐぬぬ」


 膨大な質量が体をつぶそうとするが、八雲は必死に踏ん張る。

 しかし、その均衡はすぐに崩れた。


 『白い化け物』は巧みに力の向きを変え、八雲の右腕をかみちぎった。


 「痛ってええええええええ!!!俺の右腕がああああ!!」


  うそだろ、異世界転移してすぐに右腕欠損?!

 無駄にヒーロー気取りを発揮すべきじゃなかったか?!


 「GYAAAOOO!!!」


 痛みに悶絶する八雲に、『白い化け物』の追撃が迫る。


 「せっかくファンタジー世界に来れたのに、こんな序盤で死ねるかあああああああ、ぬおおおおおおおお!」


 俺は残った『力』を振り絞って、無我夢中で左手を突き出すと、光の奔流が流れ出た。


 光は『白い化け物』を優しく包み込む。

 すると『白い化け物』の体は徐々に縮まっていく。


 ええ?ちょっ、何が起きてるん?

 

 そのまま小さくなり、最終的には『ワニ』のような動物に姿を変えた。


 「へっ!?」

 俺は間抜けな声を上げた。


 なんだこれ、攻撃・・・なのか?

 なんか普通の動物に変身したぞ?


 童話に出てくる魔法使いの『カエルになれ』の呪文みたいなものか?しかし、なぜワニ?


 俺は戸惑いつつも、『白い化け物』を撃退できたことに安堵する。


 「・・・・・・・」

 「・・・・・・・」

 「・・・・・・・」


 周囲が静寂に包まれる。


 あ、俺、何かやっちゃいました?


 先ほどの戦闘で沈黙した住民は徐々に話し始める。

 「な、何てことだ。あいつ、魔獣を普通の動物に変えちまった・・・」

 「腕が・・・腕が元通りになっているぞ。食いちぎられたはずなのに・・・」

 住民たちの声色には恐怖や猜疑心の感情が宿っていた。


 だが、そんなことよりも気になることを言っていた。


 「俺の『腕が元通り』になってるだって?」


 俺の根本まで食いちぎられたはずの右腕は、白い煙を発しながら再生していた。


 「おお!ある!俺の右腕!・・・よかったぁ・・・」


 おかえりなさい、マイラブリー右腕!キミのこと二度と放さない!


 俺は右腕をなでなでする。

 失って気づく大切なものってお前のことだったのか。


 ありがとうございます。『星月紋』様


 安心したのも束の間、周囲の人たちの不穏な会話が耳に入る。


 「あの腕の『再生』・・・人間業じゃねえぞ。魔獣そのものだ。」

 「あんな化け物を放っておけないわ。子供たちが危ないわ。」

 「あいつから離れたほうがいい!軍の兵隊を呼びに行くぞ!」


 あ、これ本当にやっちまったパターン?

 まさか、危険だからって『異端』認定されて、追放されちゃったりしないですよね???


 「あ、あの!!俺、危険じゃーーー」


 あれ、急に力が入らなくなって・・・


 ばたん。


 俺は仰向けに倒れ、空を見上げていた。


 「ーーーキミ!大丈夫かい!?」


 俺のことを心配する声が聞こえた。

 視界に白衣の女性が映り、心配そうな表情で俺をのぞき込んでいる。


 天使のように美しい女性だった。


 シルクのような質感のプラチナブロンドの髪が風に揺らめく。

 彼女の瞳はアメジストが埋め込まれたようにすみれ色の輝きを放つ。


 黒のワンピースの上に白衣を羽織った姿は、知的な大人の魅力を感じさせる。


 くっそ美人じゃん。この人が俺のヒロインだといいな・・・


 だんだん、意識が遠のいていく。


 この人を救えてよかった・・・。


 俺は満足感に満たされ、目を瞑り、意識を手放した。

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