第4話 想像以上にやばい状況らしい
ウルスラの拷問を耐えたあと、俺の傷は『星月紋』で再生されていたが、まだ痛みが残っていた。意識が朦朧とする中、かすかな足音が聞こえる。
「ねぇ、聞こえる?大丈夫?」柔らかな声が俺に呼びかける。
目を開けると、白衣の女性が心配そうに俺を見下ろしていた。プラチナブロンドの髪が顔を優しく縁取り、深い紫色の瞳が不安げに揺れている。
「あ、ああ・・・」声を絞り出すのもやっとだった。
「良かった・・・意識はあるのね」彼女はほっとしたように息をついた。「ボクはソフィア。さっきは『魔獣』から助けてくれてありがとう」
「『魔獣』・・・ああ、あの白い化け物か」意識が少しずつ覚醒してくる。
「八雲クン、聞いて」ソフィアは声を潜めた。
「軍上層部はキミと『魔獣』のつながりを疑っている。彼らは拷問でキミを嘘つけない状態にし、情報を引き出そうとしているんだ。」
「それって今日みたいな拷問が続くってことか・・・?」
俺は心が折れそうになる。
ソフィアは首を横に振る。
「・・・ウルスラのアレは『趣味』だよ。軍上層部の拷問はすっと恐ろしい・・・。絶食、薬剤、本格的な拷問器具まで利用する。」
「そんな・・・」
俺は体が震えるのを感じた。ソフィアは鉄格子越しにそっと俺の肩に手を置いた。
「でも大丈夫。ボクがキミを助け出す」
「そんな・・・危険じゃないのか?」
「バレなきゃ大丈夫よ」
ソフィアは軽く答えたが、その目は真剣だった。
「なぜ、そこまで・・・」
「命の恩人を見捨てるほどボクは落ちぶれていないよ。八雲クン」
その言葉に、胸が熱くなる。
孤立無援の地で、まさか自分を救ってくれる人がいるとは思わなかった。
「ありがとう・・・」
「希望を捨てないで。必ず助けるから」ソフィアは俺の手を優しく握った。
少し力が湧いてきた。
希望が見え、少し落ち着いた俺はある疑念を抱いた。
俺はソフィアを危険に晒してしまって良いのか?
中世のようなこの世界で、軍上層部に歯向かうことはどうゆう意味を持つのか俺には分からない。
ただ、現代日本で同じことをしたら重罪であることは間違いない。
俺はソフィアをそんな窮地に追い込みかねないことをして良いのか。
救われたい・・・。そんな気持ちを押し込めて、俺は意を決して口を開く。
「・・・ソフィア。やっぱりーーー「それ以上は言わなくていいよ」」
ソフィアは俺の言葉を遮った。
「八雲クン、キミはボクを薄情者にさせるつもりかい?」
ソフィアのすみれ色の瞳が俺を直視する。
俺はソフィアの強い覚悟を感じた。
目頭が熱くなる。ソフィアに無様な表情は見せたくない。
俺は慌てて顔を背けた。
「・・・すまない、恩に着る。だけど、もし危険そうならソフィアも一緒にアルシャンから脱出しよう。もしアルシャンに残るなら、ソフィアの無事を確認できなるまで、俺はアルシャンの近くに潜伏する」
「もしボクの無事が確認できなかったら?」
「今度は俺が助けに行く」
「またひどい目に合うかもしれないのに?」
「俺も薄情者になりたくない」
ソフィアは「ハハハ」と軽快に笑う。
「キミは愚かなくらいお人好しだね」
「ソフィアみたいな美人さんは助けないと死ぬ呪いにかかっていてね」
俺は笑い返した。
「・・・もう。そんなお世辞はいいよ。ボクが美人だなんて、思ってもないこと言わなくてもキミのことは助けるよ。」
ソフィアは照れくさそうに、ぷんすかしていた。
ソフィアは自分の顔が人類の宝であることを自覚していないのか?
本心なのに・・・。
~~~~~
その後、俺とソフィアは作戦を話し合ってから一旦解散した。
大まかな流れはこうだ。
1. 深夜、ソフィアが牢の鍵を盗み出してくる。
2. 俺を開放し、ソフィアの案内で都市の外壁に向かう。
3. 俺は『星月紋』の身体強化で外壁を超えて、ソフィアの安否報告を待つ。
4. ソフィアは何気ない顔で通常の生活を送り。翌日の深夜に照明弾を打ち上げる。
5. ソフィアの無事を確認し、俺は俺を受け入れてくれる都市を探しに行く。
1番目が難関のように思えるが、ソフィアは「ボクは学者だからね。これくらいできる」と自信満々に答えていた。
彼女は毒物にも明るいらしく、睡眠ガスを流して、この牢屋を機能停止させるつもりらしい。
ちなみに、俺まで眠ってしまわないように、ソフィアから特別な薬湯を飲まされている。
作戦開始まであとわずか。
俺は牢の中で、静かに『星月紋』の性能を確認し始めた。
『星月紋』の性能
【時間系スキル】
・未來視:現実の視界と重なって、1秒先の未来が見える
・思考加速:世界が遅く感じられ、敵の動きが見切りやすくなる
・危険予知:危機的な状況に未来を映像として見れる
【生命系スキル】
・高速再生:自身の傷を自動修復する
・治癒:手で触れている対象の傷を修復する
・生命探知:周囲の生体反応を感知できる
【闇系スキル】
・暗視:暗い場所でも視界が確保される
【基本スキル】
・身体強化:身体能力が向上する。
補足すると、『未來視』は人物や物体の1秒未来の姿をARのように半透明で見えるスキルで、『危険予知』はソフィアが『魔獣』に食い殺されるシーンが思い浮かんだように、危機的な状況に陥るビジョンが見えるスキルだ。
ソフィアから聞いた話だと、紋章覚醒時には基本的なスキルしか使えないらしい。特別な修行や、危機的状況になると新たなスキルが発現するとか。
俺の成長はこうご期待というわけだ。
脳内で、自分のスキルを整理し、作戦のイメージトレーニングをしていると『生命感知』スキルで、生命反応が近づいてくるのを感じる。
かすかな足音が聞こえた。次の瞬間、ソフィアの声が闇の中から響いた。
「八雲クン、計画通りこの牢獄の機能を停止させて、鍵を盗み出してきたよ」
「ソフィアが無事でよかったよ」
「当り前じゃないか。ボクを見くびらないでもらいたい。ようやくこれでボクたちは運命共同体だね。」
これでもう、引き返せない。俺は背筋が伸びる思いだ。
必ず、ソフィアを守らなくては。
ソフィアは鉄格子を開錠する。
「睡眠ガスの効果は予想以上だったよ」ソフィアが小声で言う。「看守も他の囚人も完全に眠っているはず。でも、念のため静かに移動しましょう」
俺たちは慎重に牢から出る。廊下には数人の看守が倒れていた。彼らの胸の上下を確認し、俺は安堵の息をつく。
「大丈夫、みんな生きてる」
ソフィアが頷く。「でも、効果は長くは続かないから、急いだほうがいい」
残念ながら、手錠はエルサという名前の『紋章保持者』のスキルによってつくられたものらしく、鍵がないそうだ。
「この手錠は魔法の影響下にあるから、簡単には外せないの」ソフィアが申し訳なさそうに言う。「でも、脱出には支障はないはず」
両腕が拘束された状態だが、俺はソフィアに導かれ、静寂に包まれた牢獄を抜けていく。眠っている看守たちをかわしながら、俺たちは脱獄に成功した。
俺たちは急いで、アルシャンの街へと足を踏み入れた。
~~~~~
俺たちはアルシャンの街並みを駆け足で移動する。
人目を避けるため、俺たちは裏道を移動していた。
アルシャンの外壁へ徐々に近づいていく。
俺たちは住宅街を抜け、外壁までの緩衝地帯まで歩みを進めた。
「八雲クン、計画通りに誰にも見つからずここまで来れたね」
ソフィアは誇らしげに言う。
「そうだな。脱獄なんて、やってみるとあっけないもんだったな」
ここでソフィアとお別れだ。
この壁を『身体強化』で乗り越えたら、あとはソフィアの無事を確認するだけだ。
・・・やはり寂しい。ソフィアはこの世界で唯一俺を信じてくれた人だ。
俺は彼女に対して少なくない好意があった。
「八雲クン、キミはとんでもないお人よしだ。別の場所では、付け込まれないようにね」
「ああ、ありがとう。でも、まだ油断ーーー」
すると突如、俺の『生命感知』スキルに生体反応があった。
反応はものすごいスピードでこちらに向かってくる。
「・・・ソフィア、俺たちの脱走に気づいた奴がいるみたいだ。俺の『生命感知』スキルに反応がある!」
「え!?、そんなまさか・・・。牢獄の人間は全員眠らせたはず・・・」
黒い影は、俺たちを飛び越え、外壁と俺たちの間を陣取る。
そこにいたのはーーー。
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