第80話 不倫旅行になっちゃいますよ!?

「予定を私のために完全に空けておけ、って言ったはずよね?

 ……それがどうして、私はヴィーナから遠く離れたデサロ行きの馬車に乗ってるのかしらね?

 事情を説明して貰おうかしら、ディケー」

「今少し、時間と予算を頂ければ……」

「弁解は罪悪と知りなさい」




 城塞都市デサロへの出立は御領主様の計らいで、ヴィーナから馬車で行く事になった。

 帝国との戦争後に接収した科学技術のおかげで路面電車やガス灯、ドローンなんかは既に公国内に出回ってるんだけど、生憎と鉄道やら自動車はまだ全国規模では普及してないみたいで……まだまだ馬車が移動手段としては現役バリバリって言う……。

 レジェグラのゲーム本編だと文明開化も一通り終わってたんだけどなあ……。




「あ、姉弟子からのお願いだったので、

 どうしても断る事が出来なかったものでして……」

「……それは私との約束を反故ほごにしなければならない程のお願いだった訳ね?」




 ナタリア様を決してないがしろにした訳ではなくて……。

 て、てっきり、年末とか年明けとかに一緒にお出掛けするんだとばかり思ってたと言いますか……まあ、それはそれで、私もライアとユティと一緒に年末年始が過ごせなくなるし、ちょっと困るんだけど。




「う、うーん?

 ど、どうなんでしょう……?」

「……そこは嘘でも目の前の私に気を使いなさい」

「すみません……」




 馬車に乗り込んでデサロに向かい始めた途端、同じく私と一緒にデサロに行く事になったナタリア様からキャビンの中でお説教されてるって言うね……。




「(アラサーにもなって年下からお説教って、結構精神的に来るわあ……)」




 ちなみにデサロまでヴィーナから馬車でも3日はかかるみたいなので、ナタリア様はまだ普段着のままだったりする。

 デサロ総督でもある公爵様との会談の時にちゃんとした服に着替えるみたいね。




「はあ……まあいいわ。

 今回の件、ヴィーナにとっても得のある話だし、デサロに貸しを作るも悪くはないしね。

 家庭教師だか何だか知らないけど、子供に勉強を教えるくらいならディケーにも出来そうだし」

「(酷い言われ様だなー)」




 ……とまあ、こんな感じでナタリア様は朝から不機嫌モード続きでして。

 それでもまあ言いたいコト全部言ったら多少は気が収まったみたいで、ナタリア様はいつの間にか私の隣の座席に移動してきて、





「……休憩で馬車から降りるまで、ずっとこのままだからね」

「はい……」





 1ミリの隙間もないくらい指同士を絡ませて、まるで「もう逃がさない」とばかりに。

 そんな強い眼差しを真横で向けてくるナタリア様によって、私は手をギュッと握られてしまっていた。

 ……ちなみに、次の休憩地点の田舎町までは2時間はかかるとの事。マジか。




「(ナタリア様、最近全然遠慮しないわね……)」




 一応、旦那様が居らっしゃる身でもあるんだし(しかも私の雇い主)、私との関係を今後どうしたいのか、聞いておいた方が良いと思ってはいるんだけど……。




「(友達同士のじゃれ合いの延長なのか、単なる火遊びなのか、それとも本気なのか……うーん)」




 それを聞いちゃって、ナタリア様との今の関係がこじれたりするのは嫌だな、って思ってるって事は……少なくとも私自身もナタリア様を"そういう対象"だって思ってるって事よね?

 もう既にサラさんっていう私に身も心も捧げてくれた相手が居るって言うのに、昨日の今日で別の女性と馬車の中とは言え密室でこういう事するのって、何か背徳感あるわあ……。





「ディケー。

 貴女は私との約束を破ったんだから、それ相応のおしおきを受けてもらうわ」

「ぶ、ぶたれたり、するんですか……?」

「ぶったりなんかしないわ。

 ……まあ、ちょっと恥ずかしい目に合わせるだけよ」





 そう言ってナタリア様は、私と手を繋いだまま少し腰を座席から浮かせて、身を乗り出すと。





「あむっ。……ちゅうぅぅ!」

「えっ、ちょっ!?

 な、ナタリア様……っ!?」





 私の右の首筋に顔を近づけるや、まるで吸血鬼みたいに、そのまま唇でチュウチュウと音を立てて、吸い付き始めちゃったんですが!!





「ちゅっ、はむっ、ちゅうぅう……っ!」

「(こ、これって……キスマーク付けられてるっ!?)」





 レジェグラの世界でも独占欲の証的な意味で付けたりするのかしら!?

 元の世界に居た頃から女の子に懐かれやすい体質だったけど、さすがにキスマーク付けるために首に吸い付いて来るような子は居なかったなあ!?

 




「な、ナタリア様っ!?

 ギブっ、ギブですからっ!!

 わ、私が悪かったですからっ!

 さ、さすがに公爵様にお会いするのに、キスマークとかあったらマズイですよぉ……!?」





 内出血が濃くなってしまう前に、何とかやめさせないと!

 そう思って、私はしがみ付くナタリア様の肩を軽く叩いて、離れて貰えるよう懇願する。

 ……しかして。





「……っぷはぁ。

 うっさい、バカディケー。

 デサロに着くまで3日もあるんだし、着く頃には消えてるわよ、多分ね。

 もし消えなかったら、首が隠れるようなスカーフでもマフラーでも服でも、あっちに着いたら買ってあげるわ。それで誤魔化しなさい」

「理不尽だあ!?」





 てか、どうも今朝から「今日のナタリア様なんかお化粧薄めにしてあるわね……」って思ってたけど……こ、これを私にやるのが目的だったのかあ……!

 一応、私の服が自分のお化粧で汚れないように配慮はしてくれてた訳ね……。





「ほら、反対側にも付けるわよ。

 ……身体の向き、少し変えなさい。

 私の怒りは、こんなんじゃ全然収まらないんだから」

「(ひえぇっ……!?)」





 ナタリア様、やめてくれる気はさらさら無さそう!

 むしろ何か火が付いちゃったみたいで、口の周りの唾液を手で拭いながら、反対側の首筋にもキスマーク付ける気満々ですやんか!!






「こ、このままじゃ、不倫旅行になっちゃいますよぉ!?」

「うっさい、ならない!

 これは不倫なんかじゃない!

 私はただ、私との約束を破った護衛におしおきをしているだけなんだから!!

 不倫するなら、もっと場所を選ぶわよ!

 秘密のホテルとかね!

 ……まあその予約しといたホテルも、何処かの誰かさんに約束をすっぽかされたせいで、キャンセル代が無駄になっちゃったけど!!!」

「(やっぱ私とする気満々だったんじゃん!!)」






 ーーー結局。

 私へのリベンジに燃えるナタリア様によって、休憩のための田舎町に着いた頃には、私の首筋には2つどころか、それ以上のキスマークが付けられてしまっていた……。

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