第70話 修羅場の予感!
「すまないねえ。手伝ってもらって」
「いえいえ。
これくらいは御安い御用ですので!」
朝方、大聖堂の屋根で眠りこけていた
残る最後の魔導書、セヤケド断章を探して昼間までブリーチェの町中を探してみたものの、結局感知が出来なかったのもあって。
「ディケーさん、次はこれをお願いします」
「ええ。任せて……よっと!」
ーーー昼食後、私とキャルさんは地響きの被害を受けて倒壊した瓦礫の撤去がまだ済んでない地区に出向いて、片付けのボランティアに勤しんでいた。
ちなみに私が大きな瓦礫担当で、キャルさんはホウキで小石なんかをサッサッって退かすのの担当ね。
今は独り暮らしのおじいちゃんちの軒先に散らばった瓦礫を片付けてる最中なのよ。
「うちの孫とそう変わらない歳だろうに、力持ちだねえ」
「身体強化の魔術が使えますので。
私、ヴィーナから来た冒険者なんです」
「冒険者かい。都会の子はすごいんだねえ」
ヴィーナの御領主様が派遣してくださった公国軍の災害救助隊もブリーチェには来てくれているんだけど、メインストリートの大通りの方の瓦礫撤去が優先されちゃってて、高齢の人達が多く住んでる石造りの建物が多い下町地区までは、まだ撤去の手が行き届いてないのが現状だった。
なのでまあ、少しでも助けになればと思ってね……地響きを起こしたのは炎魔将アグバログだけど、そのアグバログと戦ったのは他でもない私だし、責任の一端は私にもあるので。
「(こういうのは初動が大事だもんね)」
「災害が起きた直後は受け入れ体制が整ってないから災害ボランティアは来るな!」って人も居るけど、困ってる人達が現に存在してる以上は、そうも言ってられないでしょう?
地響きが起きてから2週間近く経ってるのに、まだ片付けが終わってないみたいだったし、少しでも元の生活に戻れれば、ね。
……偽善だろうが自己満足だろうが、私はやらなきゃ気が済まない
「ふう。ま、こんなもんでしょう」
「かなり綺麗に片付きましたね!」
パンパンと手を
軒先や庭に散乱していた大きな石やら屋根瓦やらは粗方片付いたみたいだし、とりあえず通行の邪魔になるような大きな瓦礫も、もう無いみたいね。
後は巡回でやって来る、市の災害ゴミの回収班に任せましょう。
この地区は独居のお年寄りが多いみたいだし、一人で片付けるとなると難儀でしょうし、手伝えて良かったわ。
「『壊れた屋根や壁を格安で補修する』とか言って、実際は法外な修理費を請求するようなボッタクリの詐欺業者が災害の時には付き物だから注意してね、おじいちゃん」
「地響きなどの災害で家屋が損壊した場合は修繕費が市から下りるはずですので、まずはブリーチェの市役所に連絡されてみてください。
時間はかかるかもしれませんが、担当の方が家の破損の状況を判断してくれますので」
「分かった、ありがとう。そうするよ」
おじいちゃんに別れを告げて、私とキャルさんはその場を後にする。
うーん、それにしても……瓦礫の撤去の最中にも魔導書の探知は欠かしてなかったんだけど、セヤケド断章の気配は全然感じられなかったなあ。
初日に水神クタクタアト、2日目の今日にマコトチャン写本を回収と、むしろ順調なくらいだし贅沢は言えないか……。
「キャルさん。
セヤケド断章も感知に引っ掛からないし、どうせならもう何軒か片付けを手伝って行きましょうか」
「そうですね……。
もしかすると2日続けて魔導書が回収された事で、セヤケド断章も警戒しているのかもしれませんし……。
ディケーさんがそうされたいのでしたら、私は構いませんよ」
キャルさんは嫌な顔ひとつせず、この後も私に付き合ってくれると言う。
本来の目的とは違うのに……ムッチャ良い人ね!
「ごめんね、付き合わせて。
キャルさんも新しい下宿先を探さなきゃなのに」
「いえ、そんな。
私の町でもありますし、お手伝いは当たり前ですので!」
「そ、そう?」
「はい!」
午後の昼下がり。
ブリーチェの下町で、私達の時間は、こうして過ぎていく。
****
一方……。
「(ディケーったら……。
護衛をやらせようと思った時に限って、先約の仕事で居ないなんて……)」
ヴィーナ自治領・領主の若妻、ナタリアは馬車に揺られながら、憂鬱な時間を過ごしていた。
自身の見事な銀色の毛先を指に巻いていじりながら、物憂げに馬車の外のブリーチェの古い石造りの町並みを眺めては、溜め息を幾度も繰り返している。
ヴィーナで復興支援の陣頭指揮を執る夫に代わってブリーチェ市に見舞いに来た事自体は特段苦痛とは思ってはいない。
ヴィーナの近代的な町並みも好きだが、ブリーチェのような古都も
……むしろ幼い頃から知っているブリーチェが地響きの被害に合った事に心底胸を痛めているし、自身のポケットマネーを含めてヴィーナ自治領からの多額の復興支援金を用意すらしていた。
……では何故、不機嫌そうなのかと言うと。
『私が寝てる間、手を離しちゃダメだからね』
『はい。
ゆっくり眠られてくださいね、ナタリア様」
『ん……絶対よ、ディケー』
……本来ならば。
ヴィーナ家付きの冒険者として、護衛のため自分と一緒に馬車に乗るはずだったディケーが、今日に限って……居ない!!
ナタリアが不機嫌な不機嫌な理由は、それ以外に見つからなかった。
「(せっかくディケーと一緒に、遠出が出来ると思ってたのに……)」
ディケーに心を許して以降は護衛騎士に代わり、身辺警護を任せる事が多くなったナタリア
(今日は仕方なくフットマンを兼ねた護衛騎士を2人、馬上にて帯同させている)。
特にヴィーナ周辺の市町村へ夫の代わりに社交辞令で出向く際は必ずと言っていい程にディケーを馬車のキャビンに同乗させ、彼女の肩を枕代わりにして身を預けて昼寝をするのが気に入っていただけに、
「(はー……まったく。面白くないわ)」
最早、ナタリアの不機嫌さに歯止めが掛からなくなってしまっているのである。
「(バカディケー……)」
前髪をいじりながら、寂しげにナタリアはポツリと呟く。
眠っている間ディケーと手を繋いでいると安心出来るし、時折顔にかかった乱れた前髪をディケーが愛おしげに笑いながら直してくれるのも心地が良かった。
「(一緒に居たい時に居ないだなんて……職務怠慢もいいところだわ、ホント)」
自分とそう歳も変わらないはずの少女に母性を感じて安堵するというのも変な話ではあるのだが……ヴィーナ自治領・領主の妻のナタリアという身分を一時でも忘れて、1人のナタリアとして居られるのは、ディケーと過ごしている時間だけだという確かな自覚が、ナタリアにはあった。
……無論、夫の事は愛しているし、それはこれからも変わりはしない。
自分は仮にも人妻であるという自負もしっかりとある。
ーーーそれでも。
「(……何とかして、あの子を手元に置いておく方法はないものかしら?)」
この胸の疼きを止められるのならば。
是が非でも。
叶えられるものならば。
……手に入らないと分かっているからこそ、逆に欲しくなってしまう事もあるだろう。
商家の出のナタリアだからこそ、一度欲しいと決めた物に関しては簡単には諦めきれない。
……世間や他人が何と言おうが、これだけは譲れないと思えた。
「(……なんてね。
何を熱くなっているのかしら、私は)」
と、そんな風にナタリアがディケーを想っていた矢先。
「ん、あれって……もしかして……」
ブリーチェの下町地区に差し掛かった辺りで、馬車のキャビンの窓から外を眺めていたナタリアの視界に入ったのは。
「えっ、嘘……ディケー……?」
見間違えるはずがない。
長い艶やかな黒髪、両肩が剥き出しになったノースリーブの黒いローブ、何よりも人目を惹く、やや幼さの残る美貌ーーーナタリアのよく見知った姿だった。
仕事でヴィーナを留守にしているとは聞いたが、よもや自分と同じようにブリーチェに来ていたとは。
……だが運悪く背を向けてしまっているせいでナタリアの馬車には気づいていないようで、ディケーはどんどん反対方向へ歩いて遠ざかってしまう。
しかも、
「………は? 誰、あの女?」
ほんの一瞬だけ見えた、楽しそうに笑うディケーの横顔。
そのディケーと同じく、楽しそうに談笑しながら歩く(見た目だけなら)見目麗しい図書館司書キャルの姿に、ナタリアの視線は釘付けになったーーー。
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