第71話 私ともデートしなさい

「ーーーつまり、こういう事かしら?

 貴女が一緒に居た女は今回の任務の依頼主で、

 大学の図書館から逃げ出したグリーンゴブリンとかいう本を2人で探して町中を歩いていた、と?」

「あの、ナタリア様……魔導書グリモワールです」

「そう言ったつもりだけど」

「(言ってない……)」




 夕暮れ刻。

 今日もお留守番をしているライアとユティへのおみやげにしようと、朝市で売っていたチーズとベーコンと野菜のバゲットサンドを買うため、図書館で落ち合う約束をしてキャルさんと一旦別れた私は。

 メインストリートに向かおうとしていた矢先、思いがけない人から名前を呼ばれてしまう。

 ……何と、地響きの被害を受けたブリーチェの町のお見舞いのため、ナタリア様が御多忙なヴィーナの御領主様の代理として此処に来ていたみたいでして。









『ねえ、ディケー。

 ……さっきのあの女、誰?』

『えっ? な、ナタリア様……っ!?』









 ……私とキャルさんが一緒に連れ立って町中を歩いているところをナタリア様にバッチリ見られていたようで。

 キャルさんと別れたタイミングで声を掛けられ、そのまま馬車の中に連れ込まれてしまった……まあ、そんな訳なのね……。




「(で、今はお説教の真っ最中、と……)」




 いや、何で怒られてるのか全然分からないんだけども……。

 女帝モードになったナタリア様の顔色を恐る恐る伺ってみるけど、相変わらず綺麗な顔に憤怒を秘めた表情をしていて、言葉を慎重に選んで口にしないと、いつ爆発するか分からないのが堪らなく怖かった。




「あの、ナタリア様。

 ……どうして怒ってるんですか?」

「別に怒ってなんかいないわよ」

「(怒ってるじゃん……)」




 普段から馬車に乗る時は私を必ず隣に座らせて、私の肩を枕代わりにして眠ったり、眠ってる間は手を繋いでおくように、とか色々言って来るのに……。

 今の私は真正面の座席に座らされ、腕組みして時折銀色の前髪をいじりながら、険しい顔で質問を投げ掛けて来るナタリア様に対して、訳も分からないままに問い掛けに答えるしかなかった。




「(仕事でブリーチェに行くって、事前にちゃんと言っておいたはずなんだけどなあ……?)」




 ナタリア様のお怒りの原因としては。

 どうも、ブリーチェへのお見舞いには護衛騎士じゃなくて、私を護衛として連れて行きたかったみたいなのよね……。

 でも私はタイミング悪く、キャルさんからの魔導書狩りの依頼を受けるため、ナタリア様からお声掛けされる前に先にブリーチェに来てしまっていて……。

 で、ナタリア様もなんやかんやでお見舞いを済ませ、私を誘えなくて憂鬱な気分で馬車に揺られてヴィーナに帰ろうとしていたところ、私とキャルさんが町中を歩いてるのを見掛け、声を掛けずにはいられなかった、と……。




「(えーと……つまり、焼きもちってコト……?)」




 普段から仲の良い友達が別のクラスの知らない子と仲良さそうにしてるのを見ると、何かモヤッとする的な、アレ?

 ……ナタリア様、既婚の良い歳した大人なのに、そんなコトある???





「(いやでも、ナタリア様だしね……)」





 性格がちょっとアレな所あるから、これまで同年代の友達が全然居なかったみたいだし……まあでもその分、一度心を許した相手にはとことん懐くと言うか、依存しがちと言うか……可愛いところも確かにあって、憎めないんだけども……。




「(私を知らない人に取られる、って思ったのかしら……?)」




 今の私はヴィーナ家付きの冒険者として雇われてるんだし、他の家に鞍替えするなんて、そんな事ないのにね……?

 ナタリア様、早とちりしたとか……?

 初めて会った時もだけど、思い込みが激しい所もそれなりにあるもんね。





「あの、ナタリア様。

 その、まあ確かに……ですね?

 キャルさんとはこの数日仲良くなりましたし、朝市デートしたりもしましたけども……。

 あ、デートって、変な意味じゃないですよ!?

 わ、私の生まれた地方では、女性同士が一緒に買い物したり、食べ歩きする事をそう呼ぶ習慣がありまして……!」

「……そう。デートの習慣、ね」

「だから、そのぅ……。

 成人女性が友人同士で一緒に町を歩くのって、そんなにダメな事なんでしょうか……?」

「……別に、ダメとは言ってないでしょ。

 大人の女同士、好きにすれば?」





 じゃあ何で怒ってるんですかね……。

 うぅ、早く夕暮れ市におみやげのバゲットサンド買いに行きたいんだけどな……キャルさんだって図書館で待たせてるし

 (今日も新しい下宿先が見つからなかったので、キャルさんには昨日に続いて私の家に泊まってもらう事になってる)。





「……まあでも。

 ディケー、貴女の言う事にも一理はあると思うわ」

「えっ?」

「思えば、簡単な事よね。

 どっちも成人済みの大人な訳だし、堂々としていれば誰も気にも止めないわ、確かに」

「???」





 ナタリア様は思案顔になって、一人で何か納得し始めてしまった。

 よく分かんないけど、もう許してもらえるのかしら?

 な、何でもいいから、早く解放してほしい……これじゃ針のムシロだから……。






「ディケー。

 ……私ともデートしなさい」

「……えっ!?」

「別に、今日明日にすぐしろと言ってるんじゃないわ。

 仕事があるなら、まずはそれをきっちりと終わらせなさい。

 自分の仕事に最後まで責任を持てない人間なんて、二流以下なんだから。

 ……その後で予定を私のために完全に空けておくのよ、邪魔が絶っっっ対に入らないようにね」






 ナタリア様は腕組みと足組をしたまま、ニヤリとしたり顔で私にそう宣言する。

 ……まるでイタズラを思いついた子供みたいな顔してない!? 気のせい!? 気のせいかなあ!?




「(な、なんだ、結局はナタリア様も私と一緒にショッピングとかしたかった訳ね……)」




 ここ2週間くらいずっとアグバログの起こした地響きの対応に追われてただろうし、たまには息抜きにのんびり買い物したくなる時もあるでしょう。

 ……そうよ、きっとそうだわ。





「で、デートって……。

 つまりはナタリア様とお出掛けって事ですよね?

 なあんだ、だったら私いつでもーーー」

「あと、ホテルも予約しておくから」

「 !? 」





 ……今なんて?




「泊まるわよ。私達2人で」




 えぇっ……!?

 あの、いや、でも……と、泊まる?

 んんっ……!? だ、誰と誰が?

 わ、私とナタリア様でっ!?





「な、ナタリア様には、御領主様が居るんじゃ……?」

「どうしてそこであの人の名前が出てくるのよ?

 ……領主の妻が遠出をして、そのついでにホテルに宿泊。

 ディケーは私の護衛なんだから、一緒の部屋に泊まる事に何の問題が?

 それに私達、女同士でしょう? 

 ……まさか、何か"間違い"が起きるとでも言うの?」

「うっ……(ド正論!)」





 いやでも、万が一だけども!

 本当にナニかの間違いが起きないとも限らない訳でして!! 

 人が事件を起こすんじゃない、事件が人を起こすんだって、踊る大捜査線の映画でも言って真下……もとい、ましたやんか!!




「(ナタリア様、顔は笑ってるけど目は全然笑ってない! ……マジね、これは!!)」




 ナタリア様にとっては一時の火遊びかもだけど、私にとっては炎上案件なのでは!?

 ……さすがに御領主様にバレたら、私クビになっちゃいますから!

 もう普段からナタリア様にやってる電気マッサージでもアンアン喘がせまくってるし、十分にクビの要件満たしちゃってるけども!!





「(えっ、ナタリア様的には私をセカンドパートナーにしたいとか、そういうコトなの……!?)」





 私、元の世界でも30年近く生きてたけど、そういう関係を持ったコト自体一度もないから、全然分かんないんですけど……!?




「(いやでも、昔の日本でもお金持ちの人とかは正妻以外にもめかけ(愛人のコトね)が割と居たっていうし……)」




 それこそ今年から新一万円札になった渋沢栄一とか、何十人も愛人が居たとか聞くけども!

 ……なら貴族階級の女性が家の外で同性の愛人を作ったりするのも、まあ無いコトも無い……のかしら?

 異世界だし、私の常識が通用しないようなコトも結構あったり……?

 でもレジェグラって対象年齢12歳以上の健全なゲームなのに、セカンドパートナーとかある!? ……ああもう、分からん!!





「ほら、指を出しなさい。

 約束よ、ディケー」





 うぅ……。

 ナタリア様のコトだから、断ったら絶対しばらく口聞いてくれないだろうし……まあ最悪の場合、一泊くらいなら子供達の世話は先輩の魔女とかキャルさんにお願いする、っていう手もあるかあ……。




「は、はい……」




 ……とうとう観念した私は。

 前にも南の樹海に向かう前、ナタリア様と約束をした時のように。

 小指をナタリア様の顔の前に差し出した。

 ……てっきり、そのままナタリア様も以前のように私の小指に小指を絡めて、指切りをするのかと思いきや。












 ガリッ!












「(……痛っ!?)」




 えっ、嘘……?




「(ゆ、指……噛まれてる……っ!?)」




 不意に、指先に走った激痛。

 見れば。

 



「んっ、ちゅっ……れろっ……」




 ナタリア様は私の小指に自身の小指を絡めようとはせず。

 ーーー代わりに、歯を立ててガリッと噛み付き、チュウチュウと乳飲み子のように吸い立てた後。

 私の小指に小さな赤い舌をペロペロと子猫のようにゆっくりと這わせ、上目遣いをしながら、私をその碧色の瞳で捉えていた。






「あ、あのっ……!

 ななっ、ナタリア様っ……!?」

「んっ、れろっ……うっさい。

 ……いいから、ディケーは黙ってなさい」






 ……一瞬、何をされてるのか理解出来なくて、数秒思考が止まってしまっていたんだけど……もしかしなくても私、





「(え、エロいコトされてるーーー!?)」

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