第68話 どうしようもなくなった時は

「『アジポンの書』!

 『試食教典儀』!!

 『腐葉土の秘密』!!!

 あっ、あ、あれは『名無しさん祭祀書』!?

 さっき荷物を置かせて頂いた時は部屋が暗くて全然気づきませんでしたが……

 どれもこれも、もう発禁処分されて入手困難な魔導書グリモワールばかりじゃないですかー!!!」

「えっ、そうなの?」

「何で所有者なのに知らないんですかー!?」




 キャルさんとの入浴を終え、とりあえずナイトウェアに着替えた私達。

 さて今夜は私の部屋で寝泊まりしてもらおうかしらと思って、キャルさんを部屋に通したところ。




「名門大学の図書館もビックリの幻の蔵書が本棚いっぱいに……えっ、これ現実なんですか!?

 私、本当は昼間のクタクタアトが化けた巨大タコの触手に捕まってあんな事やこんな事されて、現実逃避のために見てる夢とかじゃないですよね!?」

「大丈夫、現実よ。

 そんなエロ同人みたいな事、私が許さないんだから」




 ……キャルさんは脳内のアドレナリンが爆発状態で、寝るどころじゃなかった件について。

 私は毎日本棚を眺めてたから気にもしてなかったんだけど……図書館司書兼魔導書の研究員でもあるキャルさんの視点からだと、どれも貴重な本らしい。




「(まあ、私が居るから魔導書がキャルさんに襲い掛かる事もないでしょう)」




 そう言えばディケーって、子供達を養子にする前は世界中を旅してたんだっけ……その過程で収集してたのかもしれない。

 ……誰から、どんな方法で手に入れたのかは、お察しって感じだけどね。




「よ、読みたいッ!

 でも私みたいな魔術師に毛が生えた程度の研究員じゃ、表紙だけならまだしも1ページ読んだだけで発狂死確実の激ヤバ魔導書ばかり!!

 ……す、すごすぎますーっ!!!」

「キャルさん、まずは落ち着いて。

 髪を梳かしてあげられなくなっちゃう」

「はっ!?

 す、すみませんでした……つい」




 で、まずはキャルさんに私のベッドに座ってもらって、長い髪を櫛で梳かしてあげてる最中なのね。

 キャルさん、ここ最近は住んでたアパートが倒壊しちゃったのもあってお風呂にも困ってたみたいなんで(誰も居ないのを見計らって宿直室で裸になって、濡れタオルで身体を拭く生活を何日か続けてたみたい……)、手入れは念入りにしとかないと。せっかく綺麗な髪してるんだし。




「わ、私、こういう性格なので……。

 昔から男性とお付き合いしようとしても、相手そっちのけですぐに自分の仕事や趣味の話ばかりしてしまうと言うか……。

 泊めて頂いている立場なのに、とんだ失礼を……」

「そんな事ないわ。

 熱中する物があるのは良い事よ」




 まあ典型的なオタクムーブとも言えるけど……キャルさんの場合、本当に魔導書が好きっていうのが言葉や表情からも伝わって来るし、悪い事だとは思わないけどなあ。

 てか、サラさんこんなに美人なのに……レジェグラ世界の殿方って女性を見る目ないわねー、どうなってんのよ?




「親からは

『25にもなってまだ良い相手は見つからないのか』

 と毎年のように結婚を催促されてるような状態でして……」

「(あらら……。

 やっぱり成人年齢が15歳ともなると、25歳の未婚女性って行き遅れ扱いなのね……元アラサーで未婚の私が言えた義理じゃないけども!)」

「でも私としては図書館司書の仕事も、魔導書の研究の仕事も気に入ってるので、別に結婚とかしなくてもいいかな、って言うか……。

 静かに黙々と仕事をするのが好きなんです」




 あー、でも何か分かるかも。

 若い頃は皆でワイワイするのが好きだったけど、大人になると自分の時間を静かに過ごしたくなったりするものね。

 私も実家の喫茶店の手伝いを終えた後は、あー疲れたって感じになっちゃって、据え置きゲーやらスマホのソシャゲとかやる暇なかったもんなー。

 もうベッドでゴロンと寝転がって、泥のように眠りたくなるような日が増えたもんね。

 大人になると子供の頃程、精神的な余裕が無くなっちゃうって言うか? 時間の感覚もあっという間って言うか?

 学生の頃は早く授業終わらないかなー、ってくらい、時間が経つのが遅く感じてたんだけどね……。





「キャルさん素敵なんだから。

 そんな心配しなくていいと思うけど」

「そ、そうでしょうか?

 魔女は未来予知が出来るとも聞きますが、ディケーさんの目にも何か私の未来が見えていたりするのでしょうか……?」

「まあ、人生なるようになるわよ」

「な、なるほど……?」





 元喫茶店手伝いの私もこうして異世界に転生しちゃったけど、それなりに何とかなってるしね。

 特A級の有害召喚獣だの、異界の魔将だのと戦ったりとか、3ヶ月ちょっと前までは全く想像してなかったしさあ!

 その度にボロボロになるけど、まあ毎回ギリギリで勝って来たし。

 閑話休題。




「どうしようもなくなった時は、私がキャルさんの面倒見てあげてもいいわよ」

「えっ……!?」




 キャルさんの住んでたアパートが倒壊して宿無しになってしまった事に関しては、私も無関係じゃないからね!

 本当に貰い手が全く見つからなかった時は、うちに置いてあげるのもありかなー、って思う。シェアハウス的な?

 キャルさん面白いから話してて飽きないしね。




「ライアもユティもどんどん大きくなるでしょうし、そろそろこの山小屋も少し増改築しようと思ってた所なのよねー。

 キャルさんなら口が固いし、本当に貰い手が見つからなかった時はシェアハウスって事で、うちに住んでもらっても構わないわよ。

 ブリーチェには納屋から通勤出来るでしょ?

 あ、でも家事は分担してもらう事になるけど」

「あ、ああ……そういう……」




 ……って、キャルさん?

 横顔がチラッと見えたけど、また何か顔紅いわよ? 大丈夫?




「よし、梳かすのはこれでいいでしょう。

 髪を乾かしてあげるから、動かないでね」

「は、はい……」




 風の魔術の応用で、温度を調節した暖かい風をブワッとキャルさんの髪に指先から吹き掛けて、乾かしも完了。

 ……うん、サラサラの手触りのいい髪だわ!




「キャルさんの髪、とっても綺麗ね。

 青みがかってて良い色だし」

「あ、ありがとうございます……」




 さーて、後は寝るだけね。




「じゃ、私は床にクッションを敷いて寝るから、キャルさんはそのままベッドで寝ちゃって」

「と、とんでもない!

 泊めて頂いてる身の私が、家主のディケーさんを差し置いてベッドでなんて!!

 わ、私が床で寝ますので、ディケーさんはどうかベッドで!!!」




 私は別に床でも構わないんだけど、キャルさんは私が床で寝ますと、頑として譲らない。

 うーん、これは困ったわね……元々ディケーは自分とライアとユティの3人で暮らすのを前提にこの山小屋を選んだみたいで、他の部屋にベッドとかないし……。




「……なら、2人で半分ずつベッドで寝ましょうか」

「えぇっ……!?

 よ、よろしいんですか……?」

「詰めればギリギリ、大人2人くらい大丈夫でしょう」

「……ディケーさんがそこまで言われるのでしたら」




 うんうん。

 キャルさんも承諾してくれたみたいで、何よりだわ。

 明日もブリーチェの町に戻って魔導書を捕まえなきゃだし、早く寝ないとね。

 夜更かしは身体にもよくないし。




「じゃ、明かりを消すわね」




 部屋の照明の代わりになっている天井に設置した水晶への魔力を絶つと、部屋は徐々に暗くなってゆく。

 私達は2人してシーツを被り、ベッドへと潜り込んだ。




「おやすみ、キャルさん」

「お、おやすみなさい……」




 幸い枕に関しては予備があるので、キャルさんにはそれを使ってもらう事にした。

 ……成人女性2人でベッドに寝るとやや狭い感じはするけれど、これはこれで何か楽しいわね。

 そろそろ山の中は冷え出す季節だし、温度調節の術式で部屋の中の温度は調節してあるから、元から暖かいんだけど……




「……キャルさん、体温高いのね?

 身体、あったかいわ」

「そ、そうですか……?」

「ね、山だから冷えるし、もっとくっついて寝ましょうよ。

 ライアとユティもたまに私のベッドに潜って来るけど、今夜は多分来ないだろうし」

「!?」




 今夜はキャルさんが一緒で、安眠出来そうだわ!

 私はキャルさんの小さな肩を手で抱き寄せて、身体を包み込むように掻き抱いた。

 はー、あったかい。




「(この前のナタリア様じゃないけど、今夜はキャルさんに抱き枕代わりになってもらおうかしら?)」




 ……そんな風に私が考えていたのを、キャルさんが見抜いていたのかは、定かじゃないんだけれど。







「……ディケーさん」

「うん?」

「さっきの話……。

 ……私が本当にどうしようもなくなった時は、よろしくお願いします」

「? うん、いいけど」







 私の胸に顔をうずめながら。

 そう呟いたキャルさんの声色は、かなり本気のように聞こえた。




「……オプションで魔導書読み放題も追加で」

「(そこはちゃっかりしてるのね)」

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