第66話 魔女の家への招待

「これでよし、っと。

 まずは1冊目、再封印完了ですね!」

「ええ」




 逃げ出した魔導書グリモワールの内の1冊、水神クタクタアトの化けた巨大タコと運河の船着き場で交戦し、回収に成功した後。

 私はキャルさんと一緒に大学附属図書館へと一旦戻り、所蔵庫への魔導書の再封印に立ち会っていた。

 今度は簡単に逃げられないよう、魔力でコーティングされた特別な鎖で魔導書をグルッと巻いて、鍵をかけてロック完了。

 水神クタクタアトは元あった場所へと無事に帰って来た。




「残りはマコトチャン写本とセヤケド断章の2冊です。

 引き続きよろしくお願いします、ディケーさん」




 ややあって。

 キャルさんから宿直室に通された私は、戦いの疲れをねぎらわれ、お茶とお菓子を御馳走になっている最中なのだった。

 戦った後はお腹減るから、お菓子は助かるー!

 ディケーって魔女だから、いくら食べても全然太らないし、ついつい食べちゃうのよ……。




「任せて。

 あれくらいの強さだったら問題ないし、私達でブリーチェの平和を守りましょう!」

「も、問題ない、ですか……あはは……」




 幾多の有害召喚獣や炎魔将アグバログとの戦いを経て、私もこの3ヶ月で結構強くなった……って言うよりは、魔女ディケーの身体に慣れて来たしね。

 ライアとユティが18歳になるまで……つまりはレジェグラの本編開始の時間軸になるまでまだ13年あるし、不足の事態が起きても対処出来るよう、私自身を鍛えるだけ鍛えておきたいわね!




「私はこのまま宿直室ここに泊まりますが、ディケーさんはどうされますか?」

「ここって……キャルさん、今夜は図書館で過ごすの?」

「あはは……。

 実は住んでいたアパートが地響きの影響で倒壊してしまいまして……新しい引っ越し先が見つかるまでは、この宿直室で過ごそうかと……」

「あらら……そ、そうだったのね」

「まあ、元々安アパートで老朽化も進んでいましたから。

 私もそろそろ、ちゃんとした所に越そうかなって思っていた所でしたので」 




 キャルさんは明るく振る舞うけど、私の方は気が気じゃなかった。

 私がアグバログと戦ったせいで、家を失った人達が居たとは……大変申し訳ない事をしちゃったわね……。




「ディケーさんの方こそ、今夜はブリーチェに宿泊されるんですか?」

「えぇと……。

 宿は取ってないし、このまま帰宅するつもりだけど……」

「えっ、これからヴィーナに戻られるんですか!?

 もう夕方ですし、着く頃には夜中になると思いますけど……」

「あー……」




 ああ、キャルさんはそう受け取ったのね……。

 私としては空間同士を繋げる術式で、何処かテキトーな建物のドアとうちの納屋の扉を繋げて山に戻ろうかな、って思ってたんだけど……うーん。




「(キャルさんには杖も見せちゃったし、もう今更かな……?)」




 今後の事を鑑みると、魔導書の研究機関でもある大学附属図書館の司書をやってるキャルさんとは仲良くなっておきたいのよね……冒険者としてやっていくためにも。

 ……よし!




「ーーーキャルさんって口は固い方かしら」

「はい……? きゅ、急に何ですか?」

「ちょっと真面目な話だから、慎重に答えてほしいの」




 私がティーカップを置いて突然シリアスな雰囲気になったものだから、キャルさんは面食らって、戸惑い気味になってしまう。

 ……だけど根が真面目な人なのか、




「そ、そうですね……。

 私は図書館司書であると同時に魔導書に関する研究を行う学芸員でもあるので、一般の方は閲覧禁止の禁書などを取り扱う事もしばしばですし……機密事項の守秘義務自体は持っています。

 ですので、そういう意味では……口は固い方だと思います」

 



 私からの唐突な問いにも、ちゃんと冷静に答えてくれた。

 ……よしよし。

 研究機関に所属してるだけあって、その辺は大丈夫そうね、キャルさん。

 ーーーこれなら、御招待しても問題なさそうだわ。




「ねえ、キャルさん。

 ……ちょっと、来てもらえる?」

「えっ? あーーー」

「あそこのドアが良さそうね」




 私は椅子から立ち上がってキャルさんの手を取り、そのまま宿直室の奥にある、物置らしきドアの前まで連れて来る。





 ズ ズ ズ …… !!!





 物置のドアノブに触れながら空間接続の術式を発動させる私の横で、キャルさんは訳が分からないと言った様子で、呆然と私のやる事を見つめていた。




「(な、何!? 

 何なの、この術式!? 見たことない……!)」




 ……眼鏡の奥の瞳から、私の方をちょっと不安げに、ね。




「な、何が始まるんですか……?」

「大丈夫よ。取って食べたりしないわ」

「ひぇっ!?」

「大丈夫、大丈夫だから。

 私と一緒にドアの中に入ってくれれば、すぐに分かるから」

「中に入るって……そこ、物置ですよ……?」

「さあ、それはどうかしら」







****







「物置じゃーーーーーない!?

 えっ、大自然!? 山の中のおうちっ!?

 どっ、何処なんですか、ここ……!?」




 夕暮れ刻を迎えつつある山奥に、キャルさんの悲鳴にも似た絶叫が響き渡る。

 うん、初めてならまあ驚くよね。

 事前に私が魔女だって知ったサラさんはそこまで驚かなかったけども。




「公国領内の、とある山奥とだけ言っておくわ。

 ブリーチェからは多分何百キロも離れてると思う。

 私、一度行った事のある場所のドアを介して空間を繋げて、私の家の納屋の扉から行き来が出来るのよ」




 納屋の扉とリンクさせるためには一度その場所に行かないといけないのが面倒だけど、一度ドアに触れてしまえば後はショートカット可能になるのは大きな利点よね。

 ……これで明日からはヴィーナを経由せず、我が家から直接ブリーチェの図書館の宿直室に行けるようになったわ!

 ……って、あらら。

 キャルさんってば、まだ何か信じられないって顔してるわねえ。





「く、空間を繋げるって……!

 そんな高度な術式、とっくの大昔に失われたはずでは……!?

 ディケーさん、貴女、本当に何なんですか……?」

「ああ、うん。

 キャルさんにはまだ言ってなかったわね」





 うちに戻って来たし、もう隠す必要もないかな、って。

 依頼主との信頼関係は大事だもんね。

 ………なので、まあ。

 エルフのサラさんと初めて会った時のように、私はとがり耳を隠すためにかけていた幻術イリュージョン解きリリース、改めて自己紹介する。




「私、魔女なのよ。

 "星空の魔女"ディケーというの。

 ……ようこそ、魔女の家へ。

 歓迎するわーーー図書館司書のキャルさん」

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