第65話 運河、触手、巨大タコ!

「キャルさん、ショートカットで行くわよ!」

「えっ? きゃあああぁぁぁぁああっ!?」



 昼下がりの閑静な学術都市ブリーチェ。

 午後の紅茶を楽しんでいる最中、魔導書グリモワールの気配を察知した私達は早々にカフェを後にすると、強い魔力を感じる方へと駆け出していた。

 ……でも、アグバログが復活した時に起きた地響きのせいで町中に石やらレンガやらがまだ散らばってて、ちょっと走りにくいわね!

 ……なので、




「舌を噛まないように、しばらく歯を食いしばっててね!」

「(コクコク!)」




 身体強化の魔術でキャルさんをお姫様抱っこし、建物の間の壁を左右にジグザグと蹴り、屋根まで一気に駆け上がると、




「気配がするのは……あっちの方角か!」




 そのままキャルさんを抱き抱え、私は石造りの家々の屋根をカッカッと踏み鳴らしながら、魔導書の気配を感知した方へと向けて走り出した!

 ……お昼食べてたり昼寝の最中だったら、ごめんなさいね! 緊急事態なので!!




「(あわわわわわわわわ!!!)」




 キャルさんは私が走ったり跳んだりしている最中、羽織ったローブにずっとしがみ付き、必死に目をつむって周囲の景色を見ないようにしている。

 ……まあ普段は図書館に籠り気味がちみたいだし、こういう荒っぽい移動の仕方には縁が無いのも無理ないけど。

 でも私だって、つい3ヶ月くらい前まで実家の喫茶店手伝いだったからね……こんなハリウッドのアクション俳優みたいな事、異世界でやるとは思わないでしょフツー!

 トム・クルーズとかならともかく!!





****





「居た! 多分あれだ!!」




 ややあって。

 幾つもの家の屋根を飛び越え、町の運河の船着き場に辿り着いた私達が目にしたモノ、それは、




「「 タコだー!? 」」




 家1軒くらいはありそうなビッグサイズの水色のタコが、運河の中で触手をウネウネさせ、悠々と浮かんでいる姿だった!




「ややや、ケッタイな……!」(訳:戸田奈◯子)




 ……海岸とかならともかく、町の運河に巨大タコ! 何てミスマッチな!!

 「フランケ◯シュタイン対地底怪獣バ◯ゴン」の海外公開版のラストで、何の脈絡もなく山の中にタコが出てきたのを思い出すわね!!

 ……異世界だし、相手は魔導書、何でもアリか!





「キャルさん、あれは!?」

「ええっと……あ、あれはですね!

 先程も御説明しましたが、図書館から逃げ出した魔導書は3冊ありまして!

 『マコトチャン写本』、『セヤケド断章』、『水神クタクタアト』のうち、『水神クタクタアト』だと思われます!

 水に棲む怪物や、邪神の眷属について記された魔導書です!」





 水神クタクタアト……あ、言われれば確かに何かちょっと、くたびれた感じのお疲れ気味な顔してる! 有楽町辺りに居ても違和感ないわ!! ゆるキャラみたいで、ちょっと可愛いかもしれない。




「ディケーさん!

 周囲に人も居ないみたいですし、早く回収してしまいましょう!」

「そのつもりよ!」




 相手も私達に気づいたみたいで、ギロッと目玉を動かしてこっちを見た!

 それまで緩やかな動きをしていた無数の触手が鞭のようにしなり始め、水面をバチバチと激しく叩きながら、こっちに向かって泳いで来る!!

 ……キャルさんの言う通り、騒ぎになる前にとっとと回収ちゃいましょう!





「いよいよ、コレの出番ね!」





 ズ ズ ズ …… !!!





 私は魔女ウィッチ工房インベントリから先日出来上がったばかりの新兵器を素早く取り出し、クルクルと手の中でチアリーディングのバトンのように回して身構え、臨戦態勢に入った。





「!? ……えっ、えぇっ?

 あ、あの、ディケーさん!?

 な、な、何ですか、その杖……す、凄まじい魔力ですが……!?」

「あ、そう言えば、まだキャルさんには見せてなかったわね。

 北の大森林の瘴気で育った樹木と、南の樹海のエルフの氏族が切り出した古木……その2つを合成して造った、私のオリジナルの杖よ」





 杖全体を極星のローブと同じく、ルーンメタルと隕鉄ミーティアライトでコーティングして強度を大幅アップ、まず折れる心配なし!

 魔力増幅の宝玉にはライアの髪色を模したスタールビーと、ユティの髪色を模したスターサファイアの2つを採用!

 "星空の魔女"の通り名を持つディケーに相応しい、星の輝きを宿した杖に仕上がったわ!

 やっぱ魔女なら、杖で戦ってなんぼでしょ!!




「き、北の大森林の樹木と、南の樹海の古木ッ!?

 どちらもメチャクチャ希少で手に入れるのが難しい魔力伝導素材なのに、そ、その2つを合成……!?」

「表面はルーンメタルと隕鉄でコーティングしてあるの。

 ほら、仄かにキラッと光の玉が幾つも杖から出たり消えたりしてるでしょう?」

「ルーンメタルに隕鉄まで!? 超希少鉱物ですよ!?」

「宝玉はスタールビーとスターサファイアよ」

「それも超希少……す、すみません、頭の理解が追い付かないので、あっちで少し休んでいていいでしょうか……?」

「ええ、どうぞ!

 ……出来ればちょっと離れててもらえると、こっちも心置きなく戦えるから助かるわ!」




 キャルさんは「えっ、そんな事ある? えっ、私が世間知らずなだけ?」って何度も呟きながら、頭を抱えながら、とりあえず物陰に隠れてくれた。

 ……魔力探知をしても他の魔導書の気配はないし、まだ皆町の片付けに追われているのか、運河の側に人は居ないみたいね。

 よし、いけそう!




「水遊びしてる最中に申し訳ないけど、回収させてもらうわ!」

「■■■■■ーーーーー!!!!!」




 クタクタアトが化けた巨大タコは言葉にならない唸り声を上げ、私目掛けてスミの飛礫つぶてをプップッと口から弾丸のように吐き出して来る。

 ……少し前の私だったら、飛んで避けてたんでしょうけど!




炎弾ファイアバレット!!!」




 敢えて、受けて立つ!

 発生させた無数の炎弾で全てのスミの飛礫を相殺、更にすかさず、




氷柱穿アイシクルドリル!!!」

『 !? 』




 風跳エアステップで空高く舞い上がりつつ、ウネウネと動く無数の触手をまとめて氷柱穿で凍らせ、動きを止める!

 雷系統の魔術を使うと、水の中に棲んでる他の生物まで広範囲で感電死させちゃうからね!




『■■■■ーーーー!?』

「触手って良いイメージないし、ソッコーで封じさせてもらったわ!」




 レジェグラはえっちなゲームじゃありません!

 CERO Bの健全なゲームなんだからね!!

 美女2人、触手、巨大タコ……何も起きないはずがなく……なーんて事態になる前に触手は凍らせて貰ったわ。ついでにスミ吐いてた口もね。

 そうはタコ……もとい、いかんざきよ!

 そーゆーのは同人誌でやりなさい。買うから。

 



「(強烈な魔力を込めた一撃をお見舞いすれば、元の魔導書の姿に戻るんだったわね!)」




 運河とは言え、船着き場がすぐ側にある。

 ……もし船を壊しでもして船主の人達に各自弁償する事になったら、来年の子供達の魔術学校に支払う授業料やら何やらが一気に吹っ飛んじゃう!

 私が転生したのが「熱血魔法バトルアクション」の主人公とかなら、まあ派手にレイジ◯グハートで相手をやっつけちゃうのかもだけど……ここは静かに、最小限の攻撃で倒してしまうのが最適解と見た!

 ……なので、ここは。






魔女ウィッチ鉄槌ハンマー






 コツン。

 身動きを封じたクタクタアトの頭を、杖で軽く叩いた瞬間。

 ズン!と巨大タコの体が頭から押し潰れ始め、目を見開いてギョロギョロさせたのも束の間、やがてもがく事も出来なくなった。




『■■、■■■ーーーー!?』

「外はもう十分楽しんだでしょう?

 ……帰るわよ、図書館に」




 触れた対象自身の受ける重力を急激に変化させ、圧殺、圧壊させる重力操作系の術式"魔女の鉄槌"。

 ーーーアグバログとの戦いを経た今の私なら、使えるようになったみたい。




『■■■……』

「(あ、光り始めた……これって!?)」




 しかして。

 1分にも満たない戦いではあったけれど。

 私との実力差を悟ったのか、クタクタアトは完全に動きを止めて光りだし、




「……わっ、ちょっ!?

 み、水に濡れるのは絶対ダメよっ!?」




 元の姿、魔導書に戻ったのはいいものの、そのまま運河に落ちそうになったので、その前に私は慌ててキャッチし、事なきを得たのだった……魔導書まで弁償する事になったら、船の弁償どころじゃないもんね。




「ふう。まずは1冊、回収っと」





****





「キャルさん。

 水神クタクタアトの回収、完了したわ!」




 戦闘後。

 物陰に隠れて推移を見守っていたキャルさんに回収したクタクタアトの魔導書を手渡すと、キャルさんは今度は逃がさないとばかりにギュッと腕に搔き抱いた。

 それと同時に、




「あ、あっという間に回収されましたね……。

 す、凄腕の冒険者であるとは承知していましたが、魔導書と互角どころか、まるで子供扱いじゃないですか!

 それに希少な素材や鉱物で合成された、あの凄まじい魔力の杖……ディケーさん、貴女は一体……」

「……あっ!!!」

「どっ、どうされました!?」




 キャルさんが怒涛の如く、矢継ぎ早に質問を投げ掛けて来るんだけど、そんな事よりももっと重大な問題を、私は唐突に思い出していた。

 ……何て事なの。

 戦いに夢中で、完全に忘れてしまっていたわ……。






「……さくらちゃんの決め台詞、言うの忘れてた」

「???」






 触手の動き止めた辺りから脳内にずっと、ク◯ウカード処刑用のBGMが流れてたのに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る