第45話 シフォンちゃんに乗って

「冒険者ディケーです。

 南の樹海まで行くので国境を超えたいのですが」

「ああ、御領主様から話は聞いてるよ。

 同行者有りとの事だが、その子達かい?」

「はい。娘達です」

「「おはよーございます!!」」



 ヴィーナの御領主様からエルフの氏族の住まう南の樹海への出向許可を貰った翌日。

 快晴の朝方、国境に接する検問所に私達親子の姿があった。

 取り分け、子供達は朝から元気みたいね。よそ行き用の猫耳付きの黒ローブをまた着る事が出来て楽しそうにしてるわ。

 ……そう、今回はライアとユティも連れて行く事にしたの。




『たくさんの人に会って、たくさんの物を見てね。

 ……母様の2人への願いは、それだけです』




 ここのところは"魔女見習い"の鍛練で山奥に引き籠りっぱなしだったので、たまには町に連れて行ってあげたかったし、エルフにも会わせてあげたかった。

 魔女の先輩達との出会いで刺激された時のように、また2人の魔力の成長が見込めるかもだし。

 ……炎魔将アグバログとの呪い合戦が不可避なのを鑑みると、本来だったら連れて来るべきではなかったんだけど。




「(どうしてかしら……今回はライアとユティを連れて来た方がいいって、そんな予感がしたのよね……)」




 魔女の直感、みたいなモノかしら?

 "熟睡の魔女"ヒュプノの夢の未来視程ではないんだけど、ディケーにもそこそこの未来予知の能力があるみたい。

 漠然とした予感だけど、2人が大きな助けになってくれる……そんな予兆が頭をよぎったのよね。

 ……まあ、エルフのお嬢様の解呪にいつまでかかるか分からなかったし、魔女の先輩の誰かに2人のお世話を頼むとしても長期になっちゃうとアレなんで、やっぱり連れて来た方がいいかな、って。




「アンタが巨猿王コングロードと戦ってる映像見たよ。

 いやー、凄かったな。

 野郎の頭を叩き潰した瞬間とかもう、血がドバッと……あ、すまん。

 子供の前でする話じゃなかったな……」

「あはは……1ヶ月くらいは右腕が使えなくて大変でしたけどね」

「あれだけの大物だ。

 腕1本だけで済んだのは、むしろ幸運だぞ。

 並の男でもありゃビビって動けん」




 特A級の有害召喚獣ともなると、国境の警備を任されてるような屈強な人達でも恐怖を感じて動けないのか……うーん、私よく倒せたわね。

 あの時は自分自身にバフをかけまくったからなあ……。






『筋力強化、防御強化、俊敏強化!!!

 ……私の全魔力を自身へのバフに回す!

 祝福あれ、祝福あれ、祝福あれ!

 我が心、奮い立たせよ!!!』






 レジェグラ本編のバトルでも、あまりに戦力差が有りすぎると威圧プレッシャーとか恐怖テラーのバッドステータスで行動不能にされちゃう事あったもんね。

 ……まあ、そんな感じで国境警備のオジサンと世間話をしながら、出国手続きもとどこおりなく完了した訳で。



「南の樹海までだいぶ距離があるが、移動のツテはあるのか?

 魔物に関しちゃアンタの実力なら敵ではないかもだが、平原やら丘陵やら山岳地帯やらあるし、子供連れだと何日もかかって相当な距離になるぞ」

「ええ。

 まあそこは大丈夫です、事前に移動手段は用意してありますので」



 以前、港町のブロケナから魔女の塔のあるブロッケーナ山に行った時は町から馬車で行ったんだけど、帰りの手段を用意してなくて、我が師匠マスターである大魔女グランドウィッチから





『呆れた。

 帰る手段も無いのに此所まで来たのですか。

 ……行きは馬車で来た?

 帰りはどうするつもりだったのですか。

 子供を2人も連れておいて、街まで徒歩で帰るとでも?

 夜中になりますよ』





 って、クッソ怒られたからね!

 まあ転移魔術テレポートで町の側まで飛ばしてもらえて助かったけど!!

 同じ過ちは繰り返さないわよ、今回ばかりは!!!

 乗り物はちゃーんと事前にチャーターしておいたんだから。




「そうか、杞憂だったか。

 じゃ、気を付けてな」

「ありがとう」

「「ありがとうございます!!」」

「はは。元気の良い子らだ」




 2人とも、久々にお出掛け、それも初めての国外旅行だからテンションマシマシって感じね! まあ無理もないか……。






****






「よし、この辺りなら大丈夫そうね」



 ヴィーナの国境検問所から3人連れ立ってしばらく歩いて、平原地帯に出た。

 んー、朝の風が心地良いわ。

 この大陸は日本と違って湿度もそこまで高くないし、ローブを纏ってても暑くないのがいいわね。日本の夏とかマジで地獄だし。

 それはライアとユティも同じみたいで、特に暑そうな素振りは見せず、初めて見る国外の景色をキョロキョロしながら楽しそうに観察していた。

 



「さーて、さてさて」



 もう少し行くと亜人種の住む小さな集落が点在している場所に着くんだけど、今回はそこには行かない。



「かーさま、なにするの?」

「乗り物を呼ぶのよ」

「「のりもの?」」



 んふふ。来てのお楽しみ。



「この笛で呼ぶの。見てて」






 ピーッ!






 鞄から取り出した笛を、私がひと吹きすると。

 しばらくして何処からともなく、バサッバサッと大きな羽音が。




「グガァ!!!」

「あ、来たわよ」




 横幅のある翼を広げて、大きな影が私達3人の前にふわりと降り立った。

 その姿は山のように大きく、頭は鷲で、身体は獅子ーーーそれはまさしく。





「「 ぐりふぉんだー!! 」」





 そう、ファンタジーのド定番の幻想種、鷲獅子グリフォン

 当然、レジェグラの世界にも居た!!



「かっこいい! かわいい!!」

「クール!」



 うーん、子供達も大興奮ね!

 鷲獅子はそのまま優雅な所作で私達の前に歩み出ると、翼を畳んでゆっくりと腰を平原の草むらに下ろし、四肢をだらりと伸ばし、寝そべったのだった。



「つかいま!?

 このこ、かーさまのつかいま!?」

「シンジラレナーイ!」

「あはは。ちょっと違うんだけどね」



 ライアとユティが鷲獅子を見るのは、勿論初めて。なので興奮が抑えきれないみたい

 ちなみに鷲獅子には前足と後足が鷲の足になっている種類と、獅子の足になっている種類の2種に大別出来るみたいなんだけど、この子は後者の獅子の足タイプね。

 未来から来たネコ型ロボットが喋る土偶と戦う映画に出てきたタイプの鷲獅子だわ。



「ヴィーナの町とエルフの住む南の樹海へ往復する時だけ乗せてもらえるようにね、話を付けたのよ」



 これでね、と。

 私は子供達の前で得意気に、鞄からゴルフボールくらいのキラキラした物体を取り出して見せてあげた。

 ーーーそう、鷲獅子が三度の飯より大好きな、黄金をね!



「グガッ、グガガッ!」

「じゃ、まずはこれが前金ね。

 はい、あーんして」

「( ゴックン )」

「「のんじゃったー!?」」

「鷲獅子は飲み込んだ黄金を自分の巣に持ち帰って、吐き出して溜め込む習性があるんですって」

「「なるほどなー」」



 どうして私が鷲獅子を乗り物としてチャーターする事が出来たのか?

 話は、私がエルフの氏族に仕えるメイドのサラさんと別れた後くらいにさかのぼる。

 南の樹海に行くのなら距離がだいぶあるし、移動手段は早めに用意しなきゃダメよねと考えていた矢先の事だった。





『鷲獅子?』

『ああ。ありゃ確かに鷲獅子だった。

 国境の外の山岳地帯に生息する動植物の学術調査隊の護衛をした時にな、遠目で見た事がある』

『襲って来なかったんですか?』

『だいぶ距離があったし、こちらから近づこうとしない限りは大丈夫だった。

 まあ、移動してる最中ずっと見張られてたけどな……鷲獅子は巣にある黄金を狙う輩には残忍で容赦はないが、そうでない相手なら基本的には遠くから見張ってるだけだ。

 空が飛べるってだけでも飛べないこちらからしたら脅威だが、百獣の王と百鳥の王、両方の特徴を併せ持つ時点で、まず敵は居ない。

 こちらが敵意を見せなければ相手も無駄な喧嘩は仕掛けてこないのさ。

 金持ち喧嘩せず、ってな。黄金持ちか、ハハ』

『ふーん。賢いのね』





 って、仕事で国境の外に出た事のある先輩冒険者が言ってたのを思い出したのが切っ掛けだった。

 で、グリフォンに乗り物になってもらうために町の貴金属店で純度のよさげな金を買って、巨猿王と戦う少し前に一度国境を出て、鷲獅子の住む山岳地帯まで行ってみたのよね(冒険者なら顔パスで国境の外に出れちゃうし)。

 で、黄金を手に持って先輩冒険者が鷲獅子を見たっていう辺りを歩いてたら、この子が興味を示して飛んで近づいて来たんで、




『じゃあヴィーナの町と南の樹海を往復で飛んでくれるかな?』

『グガガッ(イイトモー)!!!!』



 

 と、とんとん拍子で話がついた、っていう……。

 魔女であるディケーに憑依転生してから魔物とか幻想種ともビミョーに会話っぽい事が出来るようになっちゃってたのよね、私……(巨猿王みたいに人語を自発的に覚えるような有害召喚獣も居るけど)。




「……とまあ、こんな感じの出会いがあったのよ」

「「すごーい!!」」




 子供達からの尊敬の眼差しが心地良い。

 また一歩、レジェグラ本編のディケーのような大魔女に近づいたわね、私!



「かーさま。このこ、なまえは?」



 草むらに寝そべった鷲獅子のプニプニの肉球を楽しそうに指でつついていたライアが、顔をこちらに向けて訪ねてくる。

 うふふ、実はもう決めてあるの。




「この子の名前はね、シフォンちゃんよ」

「しふぉんちゃん!」




 鷲獅子グリフォンのフォンと、シフォンケーキをかけてあるのよ!

 獅子の身体の部分の色がシフォンケーキみたいな色してたんで、つい……実家の喫茶店でも人気メニューだったしね、シフォンケーキ。

 まあ……この子、オスなんだけども!



「しふぉんちゃん、あったかーい!」

「ハダツヤツヤ、キューティクル」

「ギュルル……」



 雇用主の子供って事もあるんだろうけど、ライアもユティも"魔女見習い"だから、幻想種であるシフォンちゃんも特に嫌がる素振りも見せず、2人が触ってもされるがままって感じ。



「いいこ、いいこ」

「グガ……」



 子供の頃、両親と一緒に動物園に行った時、ライオンの赤ちゃんの抱っこ体験に参加したのを思い出すわー。

 ライオンの赤ちゃんはプニプニでふわふわって感じだったけど、シフォンちゃんはさすがに筋肉質で毛並みもツヤッとしてて触り心地は全然違うんだけども。



「(本能的に自分と同じ"魔の存在"って気づいてるのね……)」



 2人ともまだ人間だけど、だんだん存在が魔女に近づいてるんだわ。

 ……っと、そろそろ移動を開始しないとだった。



「さ、ライアもユティもシフォンちゃんの背中に乗って。

 南の樹海まで飛んでもらわなきゃ」

「でも、かーさま。

 しふぉんちゃんが、らいあたちをのせてるあいだ、すはだいじょうぶ?

 おうごんどろぼー、こない?」

「セキュリティ、オーケー?」



 子供達はシフォンちゃんが留守にしている間、巣に溜め込んだ黄金を盗みに来る人がいないか心配してあげてるのね!

 ……でも、問題ナッシングよ。




「それなら大丈夫。

 シフォンちゃん、最近奥さんが出来て、留守の間は巣は奥さんが守ってるらしいから」

「しんこんさんだったのかー!」

「ケッコンシタノカ、オレイガイノヤツト……」




 さあ、シフォンちゃんに乗って、南の樹海へ行きましょう。

 果たして、鬼が出るか、蛇が出るか。





「(……っと、出るのは炎魔将アグバログだったわね)」





 ーーーここまで来た以上、るしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る