第44話 奇跡より約束が好き

「事情は分かった。

 よもや南の樹海のエルフの御令嬢が、そのような呪いに侵されていようとは。

 今後のヴィーナ自治領とエルフ族の関係を良好なものとするためにも、解呪出来るのであればやるべきだろう」

「ありがとうございます。御領主様」



 南の夜空にサラさんから私宛の魔女ウィッチ刻印サインが輝いた翌日。

 エルフ達の住まう南の樹海への出向許可を貰うため、私はヴィーナの御領主様の御屋敷を訪ねていた。

 300年前の深淵戦争で南の樹海に侵攻した炎魔将アグバログ絡みの案件と聞いて、さすがに御領主様も驚きの色を隠せていなかったけれど、そこは聡明な方なので順を追って説明したら、ちゃんと理解してくれた。



「エルフの氏族長殿宛に私から書状をしたためておいた。

 現地に着いたらお渡ししてくれ」

「畏まりました」



 雇ってもらったばかりで、いきなり「しばらく他国へ行くんすけど、いいすか?」なんて言ったら怒られるかと思ったけど、御領主様が理解のある人でホント良かったー。

 これがフツーの会社だったら「新人のくせにもう有給とはけしからん!」って昭和脳のオジサン上司に怒鳴られて多分クビだったわね……異世界で助かった。




「(300年前のいくさでエルフがアグバログを倒してなかったら、ヴィーナの町も多分、今頃は存在してなかったでしょうしね……)」




 多くの犠牲を払いながらも南の樹海でエルフ達がアグバログの侵攻を食い止めたおかげで、ヴィーナは魔将率いる異界の魔物の侵攻の被害を受けずに済んでいる。

 ……そういう意味ではヴィーナはエルフに多大な借りがあると言える。

 300年前の借りを私を通して返す、良い機会だと思ったのかもしれない。これを機に交易なんかも出来るようになるかもだし。



「(ヴィーナがエルフとの交易の窓口になれば利益もかなり大きいもんね)」



 その辺は何となく、ナタリア様の入れ知恵もあるのかもしれない。さっき御領主様の隣で耳打ちしてたし。

 ナタリア様、商家のお嬢様の出だものね。そういう事には目ざとそう。



「明日発つのか」

「はい。出来る限り急ごうかと」

「そうか。気を付けてな」

「ありがとうございます」



 サラさんから全然連絡が無かったから、ひょっとして、お嬢様の御両親ブチギレ案件かもと思ってたけど……魔女の刻印が夜空に輝いた以上は無視出来ない。



「(お嬢様の呪いを解くって言い出したのは私だし……サラさんが呼んでいるなら、行くしかないでしょう)」



 連絡が巨猿王コングロードとの戦いの傷が完治した後だったのは僥倖ぎょうこうね! 治療中だったら、行くのはちょっと躊躇してたかもしれない。

 今なら魔力の総量もサラさんと出会った時よりグンと上がってるし、呪いに関してもだいぶ扱いが上手くなってるから、タイミング的にはバッチリだったかも。



「(……さて、後はナタリア様に出立の挨拶をするだけね)」



 ナタリア様、話の途中で御領主様の部屋から出て行かれたけど、何処に行っちゃったんだろう……?






****






「ディケー」

「あ、ナタリア様」



 話の途中で、私はあの人の執務室から出てしまった。

 深淵戦争? 炎魔将アグバログ?

 呪いに侵されたエルフのお嬢様?

 呪いには呪いをぶつけんだよ?

 ……ナニソレ、イミワカンナイ。

 それって、本当にディケーがわざわざ直接現地に行って、呪いを解かなきゃ駄目なものなの?

 他の人じゃ駄目なの? 何故あの子じゃないといけないの?

 ……頭の整理が追い付かなくなって部屋を出て行った後、あの人に「エルフとの今後を考えれば行かせるべき」と耳打ちしたのを、今になって後悔してしまった。




「(私も商家の娘である以上、時節や利を読む事に関してはそれなりに自信がある)」




 ディケーが南に行くのを望んでいたから、後押しのつもりであの人に助言したけど……でも私の勘は、自分の先程の言葉とは正反対の事を告げている。





「(ーーーディケーを行かせるべきではない、と)」





 ……何か、漠然とだけれど。

 嫌な予感がして、たまらない。

 だから、玄関前の廊下でキョロキョロしていたディケーを見つけた時、私は思わず声を掛けてしまっていた。




「……ふん、貴女も難儀な性格ね。

 見ず知らずの他人のために、わざわざ遠くまで出向くなんて。

 しかも相手はエルフと来たわ!」

「あはは……。

 まあ、約束は守らなきゃなので」




 相変わらず、気の抜けた声と顔してる子ね。

 少し嫌みも込めて言ってやったけど、全然気にしてる素振りも見せない。……それだけ現地に赴く決意は固いって事ね。

 そんなディケーのキラキラと強く煌めく光彩イリスの宿った瞳を見た時、私は自然と悟ってしまった。

 ーーー星のまたたきを封じ込めたような、吸い込まれそうな深い水色の瞳で、いつもの、私の好きな、ディケーの瞳だった。




「まあ、解呪が成功すればエルフに貸しが作れるし、ヴィーナにとっては悪い話ではないでしょう。

 くれぐれも失礼と粗相のないようにね。

 あ、あと例の何とかコングの棍棒もオークションに代理出品しとくから。

 今から首都に発送すれば年末の開催には余裕で間に合うわ」

「はい。

 ありがとうございます、ナタリア様」



 

 こんなはずじゃない。

 ……でも我ながら情けないくらい、当たり障りのない会話しか出てこない。

 他にもっと何か、別に言う事があるんじゃないの?

「行かないで」とか「ここに居て」とか、もっとあるでしょう、私!

 だから貴女、これまで同年代の友達と呼べる存在が一人も居なかったんじゃないの!?

 もし解呪に失敗したら、ディケーにも何が起きるか分からないのに!

 ……せっかく出来た友達を失ってもいいの!?

 いつも余計なプライドが邪魔して、言わなくていいような事ばかり言って、自分から嫌われるような事ばかりしている!!

 私を受け入れてくれた子の前ですら……!!!




「(……でも、これが私)」




 今更、生き方は変えられない。

「旅の無事を祈ってるわ」とか「解呪が上手くいくよう祈ってるから」なんて、奇跡を願うような気の利いた言葉が絶対に出て来ないのが私、ナタリア。

 優しく微笑んで見送るなんて、照れ臭いし、絶対に無理。

 ……ならもう、最後まで私を貫くしかないじゃない。





「ディケー。私とも約束しなさい」

「ナタリア様……?」

「指切りよ。

 絶対に戻って来ると約束しなさい」









 ーーー私は、奇跡より約束が好き。









「……お約束します、ナタリア様」

「(初めて会った日も、こうして貴女と約束をしたわね)」



 ディケーと小指を絡め合った時。

 不思議と胸が高鳴った気がした。

 これは、初めて出会った日には、なかった感覚。

 かつて、あの人に抱いたときめきとは、また別の、ナニか。

 ーーーでも。

 それは私の心の奥処おくがに、そっと仕舞いこんで。






「いってらっしゃい。ディケー」

「はい! いってきます。ナタリア様」






 ……結局、私はディケーを黙って送り出すしか出来なかった。

 あの子が行くと決めたのなら、私が口を出したとしても、あの子はきっと行くのだろう。

 いくら雇用主の妻だからって、止める権利もないし。





「……バカディケー」





 あの子と絡め合った小指に触れて。

 私は遠くなるディケーの背中を見つめながら、独り呟いた。

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