第40話 若奥様との市場デート

「ディケー!

 次はあっちに行ってみましょう」

「はい。奥様」



 私がヴィーナの御領主付きの冒険者となって数日が経った。

 今日は御領主様の奥様が市場いちばに買い物に出掛けるとの事で、その護衛として私も昼からずっと一緒に行動している。



「……」

「え、えーと……参りましょう、ナタリア様」

「そう、それでいいのよ」



 まだヴィーナは残暑が厳しいので、奥様……もとい、ナタリア様はつばが大きめの帽子に水色のサマードレスの涼やかな貴婦人スタイルだ。白い帽子が上手い具合に銀色の髪を引き立てていて、すごく様になってる。

 剥き出しになった肩や胸元から覗く白い肌は、時たま道行く殿方の視線をバンバン集めちゃってるし、さすが御領主様の若奥様ね。

 てか、私に嫉妬するまでもなくスタイルいいじゃないの……私、頬っぺた引っ張られ損では?



「(まあ、出会いは最悪だったけど今は仲良くなれたし、いっか)」



 で、「自分と2人きりの時は奥様ではなくナタリア様と呼ぶ事」と言うのが、私に出された奥様を護衛する時の条件だったりする。

 ……まあ多分なんだけど、ナタリア様って性格がちょっとアレなトコロがあるから、同年代の友達あんまり居なかったんだろーなあ、っていうのは割と察しがついちゃうわね。



「ほら、ディケー!

 これとか美味しそうじゃない?

 ……あ、あっちのも美味しそうだわ!」



 ただ、一度心を許した相手にはとことんなつくみたいで、御屋敷を出てからずっとこの調子だ。

 性格に難有りだけど、何処か憎めない人なのよね。

 まあ、私からするとデパ地下の試食コーナーでテンション上がってる小さい子を見てるようで微笑ましいんだけど……言わぬが花か(クビは嫌だし)。



「ナタリア様はよく市場に来られるのですか?」

「月に一度くらいかしら。

 今度からは週一にするわ。

 御屋敷に閉じ籠ってるのも身体に悪いし、領主の妻として地元の経済も回さなきゃだし」

「なるほど」



 まあつまり。

 今ナタリア様は私に腕を絡めて、連れ立って、共に市場を散策中なのだった。

 ……ちなみに私達の後方を付かず離れずと言った具合に護衛騎士の人が2人、軽装で付いて来てくれている。暑い中、ご苦労様です。





****





「(さすがに白昼、御領主の奥様を狙うような不埒者は居ないか……)」




 ナタリア様としては軽いデート感覚かもしれないけれど、私としては立派な仕事なので、腕組みして歩きながらでも周囲への警戒は怠らない。

 念のため魔力を周囲数十m範囲に広げて、潜水艦のソナーのように私達に近づいて来る人達の一挙一動をチェックはしている。

 もしも挙動の怪しい人が近づいて来たら、即座に迎撃態勢に入れるようにしておかないと。

 ……うーん、私もとうとう元喫茶店の手伝いから要人のボディーガードにまで登り詰めちゃったかあ、って感じね!




「ディケー。

 ここで少し買い物するから待っててくれる?」

「畏まりました」

「ねえ、これとこれとこれ、あとこれも。

 後で私の御屋敷に届けておいてくれない?」

「おお、これは御領主様の若奥様!

 毎度どうも。夕方頃までには必ず」

「お願いね」




 これまでは月一でしか市場に買い物に来てなかったって割には、結構ヒョイヒョイ色々買うわねー、この子。

 ……じゃない、この人。

 いけない、元アラサーの私からするとナタリア様ってまだ二十歳前後にしか見えないから、親戚の子みたいな感覚で接しちゃう時があるのよね……。

 背も多分、目測だけどヒール込みでも155㎝くらいしかないし(ディケーは割と背が高くて170㎝以上は確実にある)。

 と、私がそんな風にナタリア様を評していると、





「ねえ、ディケー。

 貴女、首都に行った事はある?」

「えっ!? い、いえ、ありませんが」





 店での買い物が終わって戻って来たナタリア様が突然、何の脈絡もなく首都の話をするので、思わずキョドってしまう。

 ……私にとって、首都は禁足地だからね!

 レジェグラのゲーム本編開始まで後13年あるとは言え、主人公やその仲間キャラに遭遇しないとも限らないし。

 最近ちょっと忘れかけてたけど、ディケーって本来なら主人公達と敵対して倒されちゃう悪役キャラなんで!




「私も年に一度か二度しか行かないけど、ヴィーナよりも遥かに賑わっている所よ。

 そのうち連れて行ってあげるわ、ありがたく思いなさい!」

「(エェェ……)」

「? あんまり嬉しそうじゃないわね?」




 ナタリア様はキョトンと首をかしげていぶかしむけど、そりゃそうですよ。

 私、首都に近づきたくないから地方都市のヴィーナを拠点に冒険者やってお給料貰ってるんですから……。



「お、お気持ちだけ……」

「何よ、首都に行きたくない理由でも?」

「(うぐっ。鋭い……)」

「ふん、さては田舎出のおのぼりさんだと思われたくないんでしょう?

 心配しなくてもいいわよ、私も一緒なんだから」



 いや、そういう事じゃなくてですね……。



「ふう、それにしても午後になってから日差しが強いわね。

 ディケー、あそこの芝生の木陰で少し休まない?」

「ナタリア様がお望みなら」

「決まりね」



 ナタリア様は再び私に腕を絡めて、歩き出そうとする。

 と、その前に、





「ん」

「えっ? ナ、ナタリア様?」

「暑いでしょ。

 アイスキャンディー、私のおごり」

「あ、ありがとうございます……」





 いつの間にか買っていたアイスキャンディーを、ナタリア様が手渡してくれた。

 ……これって、いわゆる下賜かしってやつ?



「(氷菓子だけにね!)」



 ん、冷たい! でも美味しい!



「(ヴィーナってアメリカンな雰囲気の町だから、アイスキャンディーもあるのね!)」



 確か私の元居た世界だと、20世紀初頭くらいにサンフランシスコ在住の男の子が偶然発明したんだっけ? レジェグラの世界だと誰が作ったのかしら……とにかく感謝ね!





****





「ナタリア様、そろそろ御屋敷に戻りませんと」

「んん……もうちょっと」



 ナタリア様は私の膝が余程気に入ったのか、膝を枕にして芝生に寝転んだまま動こうとしない。もうすぐ日が暮れ始める頃合いだ。

 まあ、ライアとユティにもよくしてあげてるから私は膝枕に慣れてるけど、成人の頭ってボウリングの球くらいの重さがあるって某ハンター漫画で読んだ事あるし、ゲームのヒロインとかが主人公に膝枕してあげてるイベントCGとか見ちゃうと




「(この子は今、笑顔でボウリングの球並の重さに耐えているんだわ……ッ!)」




 って思うようになっちゃって、素直にキュンキュン出来なくなっちゃったのよね……恨むわ、冨樫。



「御領主様が心配なされますよ」

「……御屋敷に戻ったら、アレしてくれる?」

「戻ってくださるのでしたら、いくらでも」



 アレとは。

 私が口から出任せでやる事になった、電気マッサージの事だ。

 元々ナタリア様は私の肌のハリツヤの秘密を知りたがっていて、よもや不老不死の魔女だからですとは言えず、美肌マッサージのおかげです、と咄嗟に誤魔化した結果。

 魔力を微弱な電撃に変換してナタリア様に電気マッサージをしてあげたら、それなりに血流の改善やら血行促進やらの効果が本当にあったらしく、肌にハリツヤが出たり運動不足によるむくみが解消されたりで、ナタリア様がドハマリしてしまったのだ。

 ……あと電気による刺激がすごく気持ちいいらしくて、毎回きわどい声で喘いでるんだけど、そこにはあまり触れないであげてほしい。

 一応、防音魔術で外に漏れないようにはしてるけど、御領主様にバレたら多分私クビになるから。



「じゃ、戻るわ。アレ好きだし」



 ようやく私の膝から頭を上げ、ムクリと起き上がり、パンパンとドレスに付いた草を手で払うと。






「(私をアレ無しじゃ生きていけない身体にした責任……ディケーには一生かけて取って貰わないとね♪)」






 ナタリア様は私の耳元で悪戯イタズラっぽくそう呟くと、白い帽子を頭に被り、私の手を引っ張って、




「ほら、帰るわよ。ディケー」




 これぞ夏の貴婦人、とでも言うべき最高の笑顔を浮かべてくれた。




「……はい。ナタリア様」




 ……なお私達を後方から見守っていた護衛騎士の2人は、普段滅多に見れないナタリア様の笑顔で悶死もんししそうになったのか、待機していた木陰で陸に揚がった魚のようにピチピチチャパチャパしていた。

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