第39話 御領主様とパトロン契約!
「ディケー殿。
これで本日より貴殿は我が家付きの冒険者となる。
特A級と渡り合った冒険者である貴殿を迎え入れるのは、我が家にとっても名誉な事だ。
今後ともよろしく頼む」
「はい、閣下。
若輩者の
とある昼下がり。
私はヴィーナの旧市街にある領主の御屋敷に招かれていた。
目の前に座っているナイスガイは、ヴィーナの自治を公国から任された若き御領主様だ。
「(目的は、パトロン契約!)」
特A級の有害召喚獣、
『有名な冒険者の方の殆どが有力な貴族や商家とパトロン契約をされていますし、ディケーさんも今後ヴィーナを中心に活動されるなら、御領主様はまたとない契約先ですよ!』
と、受付嬢のベルちゃんの後押しもあって、私はオファーを承諾した。
「(確かに有名なスポーツ選手とかになると、色んなメーカーがスポンサーとして契約してるもんね)」
私も今後の生活費やらライアとユティの学費やらの事を鑑みると、少しでも安定した収入が欲しいと思ってたトコロだし、渡りに船って感じ!
契約内容としては
「ヴィーナ自治領にて特A級の有害召喚獣またはそれに準ずる存在が出現した場合の排除出動、凶悪犯罪者が領内に現れた際の排除または逮捕、領主家または関係者の警護」
と言った感じで、まあ領主と専属契約させられるなら妥当な仕事よね、というもの。
御給金に関しても特A級の有害召喚獣を倒したとは言え、冒険者歴1年目の
勿論、暇な時はこれまで通りヴィーナの冒険者ギルドで依頼を受けて良いとの事。
「(私としてはレジェグラのゲーム本編の登場キャラ達に遭遇する可能性のある首都での仕事じゃなければ、もう何でもいいわ!)」
基本的には護衛騎士のように屋敷に住み込みでの待機とかじゃなく、呼び出しがあったら駆け付ければいい、との事。
すぐに来れるよう、御屋敷の
「では、ここに契約のサインを」
「はい」
今のところ順調に冒険者としてステップアップしてるわ、私!
レジェグラの世界で生きていく上での明確な希望が見えてきたわね!
………なーんて、御領主様から契約の書類を渡され、署名をしようとした矢先。
「あなた、お待ちになって。
やはり、私は反対です。
この屋敷にメイド以外に若い女を入れるなんて!」
いい感じに話がまとまりそうだったトコロに、思わぬ伏兵が!
応接室のドアをバン!と勢いよく開けて入って来たのは、御領主様の若奥様だった。
『御領主様の奥様は少し気難しいトコロがあるようですので、気を付けてください』
ってベルちゃんも言ってたけど、予言的中ね!
見れば年代的にも二十代前半、ってトコロかしら? いかにもな感じの地方の貴族の若奥様って感じの銀髪の美女ね。でも美人なのは間違いないけど、ちょっと
「おいおい、今さら何を……。
ディケー殿は特A級の有害召喚獣をも退ける程の冒険者で……」
「トクエーキューだかウルトラキューだか知りませんが、とにかく反対です!
……第一、この女が色目を使ってあなたを丸め込み、我が家の財産を狙うなどしたら、どうするのですか!?」
「(ああ、そーゆー心配してるのね……)」
まあ確かに御領主様はナイスガイだけど、他人の旦那に手を出すような趣味もなければ度胸もありませんよ、私は……厄介な事になるのは目に見えてるし。あとタイプじゃない。
「(邪教団を設立しようとした、レジェグラ本編の時間軸のディケーなら分からなかったけどね)」
「この女を雇うと言うのであれば私、実家に帰らせていただきます!」
「お、おい、そこまで言わなくても……」
うわ、雲行きが怪しくなってきた!
せっかくのパトロン契約が破談になるのは勘弁だから、マジで!!
大事な今後の生活費やらが立ち消えになるのはマズイわ!!!
「(……えーい、仕方ない!)」
ネリちゃんの一件以来、極力使わないようにしてたんだけど……これは「説得」、そう「説得」なのよ! 断じて魅了じゃないわ!
「奥様の仰る事も、ごもっともかと存じます。
田舎出の無知者ゆえ、どうか御許しくださいませ」
「ふん、白々しい!
ちょっと立ち姿や顔立ちが良いからと言って、我がヴィーナ家に軽々と足を踏み入れられるなんて思わない事ね!!」
うん、まあ
いいでしょう、相手にとって不足なし!
「とにかく、さっさと出て行っーーー」
「しかしながら奥様!」
魔女の瞳、発動………!!!
「聞けば、護衛騎士は全員が男性との事。
外出の度に周囲が男性ばかりでは、奥様も気が休まらないのでは?」
「そ、それは……! で、でも……」
「私でしたら奥様を常に護衛する事が可能です。
奥様のお世話でしたらメイドにも出来ましょうが、護衛の任務までは任せられないでしょう?」
「し、しかし、ですね……!」
私は奥様に詰め寄りながら、その碧色の瞳を真っ直ぐに見据え、捉えて離さなかった。
魔女の瞳は見つめる時間が長ければ長い程、強い効果をもたらす事はネリちゃんの一件でよーく分かったしね!
「ヴィーナ家と私との専属契約、どうか御一考願えないでしょうか。
奥様にとっても悪い話ではないと思います。
雇って頂けるのでしたら、ヴィーナ家も奥様も誠心誠意、私が御守りいたします」
「~~~ッ!!!」
明らかに、動揺と困惑してる
よし、もう一押し!!
「奥様、どうか!」
「ハーッ、ハーッ、ハーッ……!
わっ、分かりました!
もう、分かりましたから……!!」
これ以上は耐えられないとばかりに。
奥様は私から身を翻し、さっとドレスの胸元を隠すようにして、後ずさった。
いや、何で隠すのよ……!?
「……ふん!
も、もう、好きにすればよいでしょう!
何かあっても、私は知りませんからね!!」
と、ドレスの裾を摘まみながら、半泣きで出て行ってしまった。
「(……勝った、のかしら?)」
御屋敷の応接室は一瞬しんと静まり返ったものの、思い出したように御領主様が口を開いて、
「す、すまんな、ディケー殿。
あれは若い頃から、その、なんだ……。
少し嫉妬深くてな。悪い人間ではないんだが……」
「いえ、それだけ御領主様を愛しておられる証左かと存じます」
と、フォローを入れられたので、私も相槌を返しておいた。
何だかんだで好きなのね、奥様が。
「ともかくだ。
妻の許可も出た事だし、改めて我が家と契約願えるかな」
「はい。良き御縁となるよう、今後も尽力いたします」
異世界に来て2ヶ月とちょっと。
ついに私は地方都市とは言え、御領主付きの冒険者となった。
いい感じにレジェグラ世界を生き抜いてますやんか、私!
これで生活もだいぶ安定するし、ライアとユティの来年からの魔術学校の学費やらも何とかなりそうね!!
****
「あ、ディケー様。
お帰りになる前に、一度お部屋に来てほしいと奥様が」
ヴィーナの御領主様とのパトロン契約も無事終わったし、さあ何か美味しい物でも買って帰って、ライアとユティと一緒にパーティーでもしましょうか、と。
そう思いながら応接室を後にすると。
不意にドアの横で待機していたメイドさんに呼び止められてしまう。
「えっ、奥様がですか?」
「はい。大事なお話があるとか」
「(大事なお話……?)」
まだ何か私に言い残した文句でもあるのかしら……。
まあ、ヴィーナ家と契約した以上は奥様の愚痴を聞くのも仕事の内かあ……ちょっと憂鬱だけどね。
「奥様のお部屋まで御案内いたしますね」
「お願いします」
メイドさんに連れられ、私は奥様の部屋まで案内される事になった。
****
「奥様。
ディケー様をお連れしました」
『開いてるわ。入って貰って。
……あと、しばらくは誰も部屋に通さないで』
「畏まりました。
ディケー様、さあどうぞ」
「(今『しばらくは誰も部屋に通すな』とか言ってませんでしたかね!?)」
うわー。
魔物の巣に1人で入るよりヤダなあ。
……ええい、ここまで来たら腹括るしかないか。
こちらとら未来の大魔女よ、地方領主の嫁なんかに舐められてたまるかっての!!
「し、失礼いたしまーす……」
ドンッ!! ガチャッ!!!
「(えっ、壁ドンっ!?)」
いや、ドア越しにドンされたからドアドン?
………冷静にツッコんでる場合じゃない!
今のガチャッって音、鍵かけた音よね!? 何、何が始まるの!?
「お、奥様……?」
「……さっきはよくも好き放題言ってくれたわね」
見れば。
私の真正面に、メッチャ不機嫌そうな奥様の顔が。
うーん、美人だから怒ると迫力があるわね……あと、何か息が荒い。
まだ魔女の瞳の魅了の効果が継続してるのかしら……?
「……ふん、憎たらしい程に綺麗な顔してるわね。
まだ若いくせに、冒険者なんかやらなくても生きる道は他にあったでしょうに。
……貴女。ディケイド、だったかしら?」
「ディケーですけど」
「変な女ね、本当に……!
冷静に答えてる場合?
貴女、この状況が分かってる……!?」
「は、はあ……」
「とは言え、もう貴女はヴィーナ家付きの冒険者!
契約上、ヴィーナ家の人間の要求には逆らえない!
……そうよね?」
「まあ……そうなりますね、ハイ」
うわ、これから何か無茶な事させられちゃうのかな……。
まあいざとなったら奥様を眠らせて
しかして、奥様の私への要求とは。
「……貴女の、この肌のハリツヤの秘密を教えなさい!」
「……えっ?」
「冒険者ならではの特殊な維持の方法があるの!?
それとも冒険の過程で何か特殊なアイテムや薬草とかを手に入れたの!?
ほら、教えなさいよ!
貴女はもう、ウチの専属冒険者なんだからね!!」
「い、いひゃいれすぅ!?」
そ、そー来たかぁ!
これが目的だったワケね!!
わ、私の肌のハリツヤの秘密が目的かあ……!!!
奥様は私の両方の頬っぺたをムニムニと引っ張り、肌のスキンケアの方法をはよ教えろと迫る。
「何よ、この柔らかさ!
赤ちゃんみたいな肌しちゃって!!
それにシミもシワも一切無いなんて!!!
腋も綺麗だし、胸の形も大きさも、腰のくびれも……
あー、ムカつく、ムカつく、ムカつく!!!!」
「(あばばばばばばっ!?)」
この人、旦那が居ないとグイグイ来るわね!?
肌のハリツヤの維持の方法とか言われても、ディケーは不老不死の魔女なんだし、そもそも人間とは違う存在だからなあ……かと言って、スキンケアは特にやってません、とか言っても全然信じて貰えなさそうな雰囲気だし!
「お、教えます!
教えますから、これ以上はどうか御許しください……」
「最初から素直にそう言えばいいのよ。
……言っておくけど、逃げようなんて思わない事ね。
貴女のその肌の秘密を教えるまで、今日はこの部屋から帰さないから!」
奥様は私をようやく解放し、腕組みをして鼻を鳴らし、得意気になる。
……少しどころか、だいぶ気難しい人ね!
あー、どうしよう。
また帰りが遅くなるとライア達に心配をかけちゃうし……。
「(……テキトーに誤魔化すしかないかあ)」
普通の人間じゃ、不老不死の魔女の真似なんて出来っこないんだし。
「ええと……。
わ、私が冒険者だてらに肌のハリツヤを維持出来ている秘密ですが……」
「ええ、その秘密は?」
奥様の瞳が一際輝く。
女の人ってこの手の話、好きよね……。
あー、夜中にやってた通販番組みたい。
「け、血流に秘密があります……」
「……血流? 血の流れ、という事?」
「は、はい……」
うん、まあ……嘘なんだけども。
「あの、失礼ですが奥様。
御領主様と結婚なされて以降はあまり身体を動かす機会がないのでは?」
「えっ?」
「私のような冒険者は身体を日夜動かしているので全身の血流に乗って魔力が滞りなく巡っていますが……。
そうでない方は年齢と共に運動不足で血流や魔力の流れが悪くなり、結果的に体内に老廃物が貯まりやすくなって、肌や
「そ、そうなの?
た、確かに若い頃はダンスのレッスンやフルーレのお稽古に励んでいたけど……あ、あの人と結婚してからは辞めてしまって……」
「そうでしょう、そうでしょう」
我ながら、それっぽい嘘だなあ!
でも当たらずも遠からずな感じではあるわね!!
実際、運動不足は生活習慣病やら高血圧、心筋梗塞やらの発症リスクの一つなワケだし!!!
「で、でも、私は、冒険者の貴女と違って魔力なんて殆どないし……」
「奥様、御安心ください。
私は血流を良くし、更に魔力の流れを良くする事で、肌を若返らせるマッサージの心得があります」
「肌を若返らせるマッサージ!
そ、それは私にも効果があるものなの!?」
食い付きすごいな!
「奥様。
この世界に生まれた以上はどんな方でも魔力が体内に存在します。
私のマッサージは触れた相手の体内の魔力を刺激する事で血流を良くし、体内環境を改善した結果、美肌効果をもたらします。
当然、奥様にも効果はあるかと」
「えっ、すごいじゃない!
何で冒険者なんてやってるの!?
貴女、馬鹿? 本物の馬鹿なの!?」
うん、それは私も自分でも思った……。
「まあいいわ。
そのマッサージ、早速やって貰える?
……言っておくけど、変な事したら即クビよ!?」
「畏まりました」
そう言うと奥様は私の手を引っ張って、ベッドまで連れて来る。
でっかいベッドねー。
寝具ですらも、さすが御領主様の御屋敷って佇まいだわ。
これがあれば私とライアとユティで3人余裕で寝れそう。
「仰向けになればいいの?
それともうつ伏せがいいのかしら?」
「では、うつ伏せでお願いします」
「……服は脱がなきゃダメ?」
「脱がれた方が効果は高いかと(知らんけど)」
「……変な事したら許さないわよ」
こういうのって、本当は専門学校出て国家資格取った柔道整復師とかじゃないと施術しちゃダメなんだろうけど……ま、異世界だし、いっか。
某漫画の神様が描いたブラックジャックも無免許だったもんね!
「(さーて、どうしたものかしら……)」
奥様は私の言う事をホイホイ信じて、もうドレスを上部分から脱いじゃってるし。
……別に美肌マッサージとかしなくても綺麗な肌してると思うんだけどなあ。
「(とりあえず、魔力を電気刺激に変えてみるか)」
微弱な電撃を掌に乗せて、全身を刺激してみよう。
強すぎず、弱すぎず……調整に気を使いそうね。
こっちの世界には電気マッサージとかまだ存在してないでしょうし、血行促進の効果くらいはまあ期待出来るでしょう。
****
「旦那様、ようございましたね。
すごい冒険者の方と専属契約が出来るなんて」
「いや、まったくだ。
特A級の有害召喚獣が我が領内に現れたと聞いた時は肝が冷えたが、よもや単騎で撃破する者が現れようとはなあ。
これで我がヴィーナもしばし安泰というものだ。
……ところでディケー殿はどうした? もう帰られたのか」
「ディケー様は奥様のお部屋です。
奥様が大事なお話があるとかで、お呼びに」
「そ、そうか……」
せっかく雇う事が出来た凄腕の冒険者だというのに、我が妻はまだ不満があるのだろうか。
確かに若く美しい娘だったが、あそこまで怒る事もないだろうに。
しかし、万が一の事があっては困るとばかりに、若きヴィーナ領主は嫌な予感が拭えぬまま、妻の様子を見に行くため席を立った。
場合によってはあれにキツく言うのもやむ無し……そんな面持ちであったのだが。
「む、あれは妻とディケー殿か」
「そのようです。お話は終わったようですね」
見れば、玄関の方に2人が立っている。
さては、ディケー殿に妻がまだ小言を言っているのでは。
そう思ったヴィーナ領主だったのだが、
「約束よ、ディケー!
必ず、必ずまた来てね!
私、待ってるから!
別に用が無くても、いつでも来ていいから!」
「はい、奥様。必ず」
「絶対よ!?
指切りしましょ!
嘘吐いたら許さないから!!」
「奥様、可愛いところあるんですね」
「うっさい! いいから指切り!!」
「はいはい」
「すっごく気持ち良かったわぁ……。
あれ病み付きになっちゃう!
私、もう貴女なしじゃダメになりそうよ!!」
「奥様、それはさすがにオーバーです……」
すっごく気持ち良かった?
病み付きになる?
もう貴女なしじゃダメになりそう?
つ、妻は一体、何を……?
「わー。
奥様とディケー様、もう仲良くなられたんですね。
ほら、奥様ったら、あんなにはしゃいでディケー様に抱き付いて。
ディケー様が余程お気に召されたようで。
旦那様、ようございましたね。
……旦那様?」
メイドの言葉も、若き領主の耳には届かない。
あんな妻の姿は、結婚する前もした後も、見た事がなかったからだ。
「またね、ディケー!」
「ええ、また」
「今度はお茶とお菓子を用意して待ってるわ!」
「あはは。それは楽しみですね」
「……仲良くなりすぎではないかな?」
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