第38話 憧れより憧れ以上の

「ディケーさん。

 前回の護衛任務の報酬、振り込まれてますよ」

「ありがと、ベルちゃん。

 後で見ておくわ」



 私が冒険者に復帰してから1週間が経った。

 レジェグラの世界に魔女ディケーとして転生してから、2ヶ月くらいかな。

 特A級の有害召喚獣、巨猿王コングロードとの死闘で重症を負って緊急搬送された後、ひたすら治療に専念した甲斐あって今はもう完治、さすがに2ヶ月も経つと当初は不馴れだったディケーの身体にもだいぶ慣れて来た気がする。



「さて、他に何か私でも出来そうな依頼はないかな、っと……」



 最近の私は有害召喚獣の駆除は一旦お休みにして(またライア達を心配させる訳にもいかないし)、荷馬車の護衛やペット探し、希少な骨董品の買い付け等の依頼も請け負うようになっていた。

 今後、何が起きるか分からないから、色々とツテは作っておきたいし……。

 特に、希少な骨董品の買い付け任務に関しては、魔女イビルアイでの大幅な値切り交渉が上手く行ったのもあって、依頼主の貴族から結構喜ばれちゃって報酬を上乗せして貰えたのは超ラッキーだったわね……またやろう。

 値切るだけなら私の中では魔女の瞳の使用はセーフ、って事にしている。



「(元実家の喫茶店手伝いにしては、よくやってる方よね私……)」



 転生する前は魔術ブッ放して、魔物とブン殴り合うなんてした事なかったからね!

 いや、それでももう2ヶ月か……元の世界の私はどうなっちゃったんだろう。

 やっぱり死んだのかしら? その辺が曖昧なのよね……もう荼毘に服されて、お墓の中なのかなあ。49日はとっくに過ぎてるもんね。

 ……なんて、私が元の世界へのセンチメンタリズムに浸りながら、ギルド内の依頼募集のボードを眺めていると、




「ディケーさんっ♪」

「わっ、ネリちゃん?」




 不意に、背中にムニュンと柔らかな感触が。

 見れば私のお腹に両手を回して、同じ冒険者ギルド所属のネリちゃんが、背後から抱き付いて来ていた。



「また何か、受注予定の任務探してるの?」

「うん。ま、まあ、そんなトコロね……」



 斥候スカウトだけあって足音は全然しないし、気配もないから、急に抱き付かれると結構ビックリしちゃうのよ!?

 ……そんな私の思いを知ってか知らずか、ネリちゃんは尚も遠慮なく、ムニュムニュと身体を押し付けて、密着させて来る。



「ディケーさん、いつもソロ専の任務ばっかりよね?

 ……たまには私と組みません?」

「そ、そのうちね……」



 何か最近、距離が近いなあ!?

 この子、お洒落に目覚めたのか革の胸当てのスタイルは辞めて、縦線の入ったニットっぽい防具を身に付けるようになったせいか、ボディラインが浮き出るようになっちゃって、目のやり場にちょっと困るのよね……やたら私に抱き付いて来るようにもなったし。



「(ネリちゃんにかけちゃった魔女の瞳は、もう解除したはずなんだけどなぁ……)」



 この間、ギルドでネリちゃんと会った時。

 私は意図せず魔女の瞳でネリちゃんに魅了チャームをかけてしまった事がある。

 巨猿王との戦いを経て魔力の総量が増えた事に伴って、魔女の瞳の魅了効果も一段と強力になったっぽいんだけど、私は気づかないまま普段はオフにしていたはずが、ネリちゃんと話していた時にオン状態になってしまってたみたいで……。





『ネリちゃんが頑張ってたの、私は知ってるから』

『あっ!? ……あっ、ぁあ……!』

『自信持って、ね?』

『あっあっ、あぁ、ぁあ……っ!!!』





 ……多分、なんだけど。

 私の「自信持ってね」がトドメになってしまったっぽい。

 それまでの自信なさげな性格から一変、お洒落して私相手にグイグイ来るようになってしまったのは、あれが原因だわ、きっと……少しばかり、自信をつけさせ過ぎたのかも。




「えへへ。ディケーさーん♪」

「(女子校に通ってた頃にもこういう事する子は居たけど、大人になってからやられると、ちと恥ずかしいわね……)」




 まあ、さすがにおっぱい揉んだりはして来ないし、ネリちゃん的には年上だけど冒険者としては後輩の私相手に、じゃれついてるだけとは思うんだけど……共に死線を潜り抜けた仲だし……。

 そんな感じで私が苦笑いしながら、仕方ないなあとネリちゃんの相手をしていると。






「んっ! んっ!! んーっ!!!

 ……ネリさん。

 いい加減、ディケーさんの御迷惑になりますよ」






 とうとう、見かねた受付嬢のベルちゃんが、受注ボードの前までコツコツとヒールの音を立てながら、カウンターから出て来てしまった。

 ……何かベルちゃん、ちょっと、いやだいぶ怒ってない?




「……別にディケーさん、嫌がってないけど」

「ディケーさんは優しい方ですから、口に出されないだけです」

「羨ましいならベルちゃんもやれば?」

「なっ……羨ましいとか、そんなのじゃ!

 ……ギルド内の風紀のために言ってるんです!」

「へえ。

 風紀のためならディケーさんが髪かき上げる度に腋をチラチラ見たり、お水飲んでる時に唇を指で拭うのをジッと見たりしててもいいんだ?」

「 !? 」




 斥候だけあってよく観察してるなあ、この子!

 えっ、てか私、そんなにベルちゃんに一挙一動を見られちゃってたの? 何で!?

 あとこの2人、どうしてこんな喧嘩腰なの!?




「……私の方が先に見つけたんですよ」

「先とか後とか、関係なくない?」




 どうしよう。

 ネリちゃんもベルちゃんも、何か私が理解出来ない会話してる!



「……と言うか、いい加減離れてください!」

「やだ。ディケーさんと一緒がいい」

「……」

「……」






 バチッ!!!






 うぉっ、まぶしっ!!

 何の光ィ!? 



「(い、今、確かに私にも火花が散るのが見えたわ……ッ!!!)」



 結局、その場は私が2人を「まあまあ!」となだめて何とか大きな騒ぎにはならなかったんだけど……。

 誤って魔女の瞳で魅了しちゃったネリちゃんはともかく、何でベルちゃんまであんなに喧嘩腰だったのかしら……?

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