第37話 心臓によくない事しないで、って

「あ、ディケーさん!

 ギプス取れたんだ、良かった!」



 巨猿王コングロードとの戦いの傷がようやく癒えた頃合いを見計らって、私は満を持して冒険者に復帰した。

 右腕のギプスが取れてから数日は子供達との時間を作るために自宅で一緒に遊んだりした後、経過報告のためにヴィーナの町の冒険者ギルドに久々に顔を出しに来たんだけど……。



「ネリちゃん。心配かけたわね」



 そんな折り。

 くだんの巨猿王との会敵時にヘルプに入ったパーティメンバーの内の一人、斥候スカウトのネリちゃんと入り口でバッタリしていた。

 革の胸当て、腰に短剣、ショートパンツに黒タイツと、動きやすさを重視した軽装は、標準的な斥候職のスタイルね。

 今日はアラム君やグラッツ君とは別行動みたい。いつも固定パーティとして組んでる訳でもないのかしら? 私も基本はソロで任務の受注やってるしね……。



「……って、その髪どしたの!?

 半分白く染めちゃって、イメチェン!?」

「あはは……まあ、そんなトコロ」


 

 顔を合わせて早々、やっぱりそこにツッコむかー、って覚悟はしてましたよ……。

 よもや巨猿王の血を浴びて髪が変質しちゃいました、なんて説明出来ないし、魔女バレも面倒だからね……この際、イメチェンで通してしまおう。



「……あの、ディケーさん。

 改めて、ありがとうね」



 と、なごやかな雰囲気から急に。

 それまでの溌剌はつらつとした元気さが嘘のように。



「ディケーさんがヘルプに来てくれなかったら、私達3人とも間違いなく、巨猿王アイツに殺されてたよ……」



 ネリちゃんは途端にしおらしくなって、私に向かって深々と頭を下げた。

 その小さな肩はブルブルと小刻みに震えている。……遭遇した時の事を思い出しちゃったのかな。




「冒険者になって3年目くらいだけど……あんな怖い思いしたの、私、ホントに初めてで……」

「……そうね。

 私も、怖くなかったって言ったら嘘になるわ。

 今でも勝てたのが信じられないくらいだし」




 ヴィーナの冒険者ギルドに「特A級有害召喚獣発見」の第一報を入れたのは、ネリちゃんだったわね。

 報告書によると……任務を終えてヴィーナに帰投しようとしていたところ、ただならぬ気配を感じて身を隠していたら、他の魔物と交戦の末に死体を喰い千切っていた巨猿王に出くわしてしまった、との事だった。

 まさか、こんな地方都市のすぐ近くにそんな物騒なのが現れるとは思ってなかったのよね、フツーはそうよ。

 私が初めて倒した巨猪ジャイアントボアがC級の有害召喚獣って話だし……。



「私達が救援を呼んだせいで、ディケーさんが死んじゃったらって思うと、す、すごく、怖くて……っ!」

「冒険者になって魔物を狩るって事は、自分も狩られる側になる、って事だから。

 みんな大なり小なり覚悟の上で冒険者やってると思うわ。勿論、私もね」



 子供達の養育費のためとは言え、他者の命を奪ってお金を稼ぐ訳だから。

 魔女の先輩達が「"魔女イビルアイ"で金持ちの貴族やらを魅了チャームして金を巻き上げればいい」とか言ってたから、対抗心で私はもっと真っ当な方法でお金を稼ごうと思って始めた冒険者だけど……今思うと、これもそこまで真っ当な方法じゃないかもね……。



「(けどやっぱり、魔女の瞳で他人を魅了するなんて、ダメ絶対だわ!)」



 魔術で他人の心を操ろうなんて、そんな悪女みたいな事、私は絶対しないんだからね!

 まあレジェグラ本編のディケーはバンバンやってたって、開発ディレクターが設定資料集で言ってたんだけど!!



「それに、冒険者は助け合いでしょ?

 私はネリちゃん達のヘルプに入った事、後悔してないから。

 お互い、五体満足で無事だったんだし!

 ……だからもう怖くないんだから、泣かなくていいの」

「でも、私、何にも出来なくて……!」



 これ以上、あの時の恐怖が蘇らないように。

 自分の無力感に苛まれたのか、涙がポロポロと止まらなくなったネリちゃんを抱き締めて、頭を撫でてあげた。




「ネリちゃん達が通報してくれたから、被害の拡大を未然に防げたの。

 アイツを放置してたら、きっと酷い事になってただろうから。

 ……それに、ネリちゃん達がポーションを使ってくれたおかげで、私の怪我も大事おおごとにならずに済んだのよ。

 ……すっごく感謝してる、ありがとうね」




 私はネリちゃんの耳元で、感謝の言葉を掛け続ける。

 今、この子に必要なのは、失った自信を取り戻してあげるための他者からの言葉だと思うから。




「ネリちゃんが私の手を握って声を掛け続けてくれた事、忘れないわ」

「……っ!」




 ネリちゃんはハッとなって、それまでうずめていた私の胸元から、恐る恐る顔を上げた。

 直後、未だに涙で潤むネリちゃんの視線と、私の視線が交じり合う。

 まだ成人して数年のあどけない顔だけど、この子もこの子なりに頑張ってるのよね。

 ……よし、さすがにジッと見つめ合うのもアレだし、何か言わなきゃ。




「ネリちゃんが頑張ってたの、私は知ってるから」

「あっ!? ……あっ、ぁあ……!」

「自信持って、ね?」

「あっあっ、あぁ、ぁあ……っ!!!」




 すると不思議と、ネリちゃんの頬が赤くなり、抱き締めた肩の辺りから身体が徐々に熱くなっていくのを感じた。

 呂律も回ってないし……感極まっちゃったのかな?




「でぃ、でぃけー、さん……っ!!」




 えっ、ネ、ネリちゃん!?

 なんか急に熱っぽいって言うか、艶っぽい表情カオになってない!?

 身体の力が徐々に抜けて、下半身ガクガクして、腰砕け状態みたいになってるわよ!? 大丈夫!?





「コホン!

 ディケーさん、ネリさん。

 ……一応、ギルド内ですので」





 ……ハッ!?

 一部始終を見ていたであろう、受付嬢のベルちゃんからのツッコミで、私達はようやく抱き合うのを止めて、離れる事となった。

 直後、



「ごっ、ごめんなさいっ!

 私、ちょ、ちょっと、トイレに……!!」

「えっ、ネリちゃん!?」



 正気に戻ったネリちゃんは脱兎の如く駆け出し、物凄い勢いで女子トイレに飛び込んでしまった。

 ……きゅ、急にどうしたのかしら?



「ディケーさん」

「あ、うん。何、ベルちゃん?」



 そんなネリちゃんの後ろ姿を、私が見つめていると。




「……心臓によくない事しないで、って。

 ……私、言いましたよね?」

「えっ」




 笑顔なのに般若の如く怒っていたベルちゃんから、釘を刺されてしまった。

 仕事上がりに改めて一緒に食事をする約束をして何とか許して貰えたけど、何故怒っていたのかは最後まで教えてくれなかったわね……。





****





「(ーーーこれは、後で分かったのだけれど)」



 私は巨猿王との戦いで魔力が増した影響から、知らず知らずの内に魔女の瞳の術式がオン状態になっていたみたいで。

 で、ネリちゃんと視線が合った時、意図しない形で彼女を魅力しちゃってたっぽいのよね……今後は気を付けないと。

 ……なお。

 ネリちゃんはその後30分以上経っても、トイレから戻っては来なかった。

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