第6話 魔女の夜《ヴァルプルギスナハト》

「お客さん、変わってるね。

 こんな時分に天体観測なんて」

「この辺りは星が綺麗に見えると噂に聞いたもので……」

「綺麗っちゃ綺麗だが……町の海岸沿いならともかく、この辺は昔から山の方から濃い霧が出て空がいつも曇りやすいんだわ」

「こ、今夜は何となく、晴れる気がしませんか?

 あ、あはは……」



 ブロケナの港町を出て、馬車に揺られること数時間。

 いよいよ魔女の塔がそびえ立つ、ブロッケーナ山のふもとまでやって来た。

 ここが魔女達の本拠地って訳ね……いや、山に拠点があるなら総本山かしら?

 御者のオジサンの言う通り、山を覆う濃い霧で何にも見えないけど。

 どうも地元の人も、ここに魔女の塔があるとは本当に思っていないらしい。



「(わざわざ馬車に乗って来る魔女とか、私くらいじゃ?)」



 他の魔女達はそれこそホウキとか掃除機とか絨毯じゅうたんに乗って、人知れず霧に紛れて塔に辿り着くんでしょうけど……



「(ディケーの山小屋にはそういう魔道具の類が一切なかった件……)」



 多分、もう二度と魔女の塔に行く事もないと判断して、処分しちゃったんじゃないかなあ……。召集の手紙が来るって事はまだ除籍はされてないとは思うんだけど……。



「(レジェグラのゲーム本編だと、ライアとユティを養子にしたのを報告しなかったのが驕り、怠慢、不敬と判断されて、除籍されちゃったのよね……)」



 次期大魔女筆頭候補だったのにね……。

で、腹いせに先輩魔女を皆殺しって……極端過ぎると言うか……貴女にも責任あるよね、って言う……てかどう考えてもディケーが悪いよ、それは。



「ライア、ユティ、着いたわよ」

「ふにゃ?」

「アタラシイアサガキタ?」

「さ、馬車から降りましょ」



 噴水広場で食べたエビサンドでお腹いっぱいになったのか、馬車に乗ってしばらくの間ははしゃいでいたものの、いつの間にか寝息を立てていた2人。

 優しく肩を擦ると、2人とも億劫そうにうっすらと目蓋を開ける。朝が早かったもんねえ……。



「ホントに迎えに来なくていいのかい?」

「ええ、大丈夫です」

「魔物とか野盗が出ないとも限らんから気ぃつけてな」

「ありがとう。貴方もお気をつけて」

「では」



 御者のオジサンを親子3人で見送る。

 ……さすがに天体観測はちょっと苦しかったかな。まあディケーの本職の1つなのは間違いないし、完全に嘘って訳でもないよね。



「山の中に強い魔力を幾つも感じる……魔女達が集まって来てるんだわ」



 レジェグラの世界に転生して約2週間。

 私もディケーの身体に少しだけ慣れて来た。最初の頃はよく分からなかった感覚が、今ではそれなりに分かってきた。

 感覚を研ぎ澄ませる事でレーダーのように周囲の気配を察したりとか、これから何となく起きる未来の予兆を感じたりとか、ある種のシックスセンス的な?



「(魔女ってやっぱり人間とは違うんだ……)」



 頭痛、生理痛、情緒不安定、悲しくないのに涙が出ちゃう……こっちに転生してからというもの、そういうのも一切ないのよねえ……。

 設定資料集には書いてなかったけど……ひょっとして魔女って、子供が産めないんじゃ?

 実際、そういう考察してたプレイヤー結構居たもんね。

 戦災孤児だったライアとユティをディケーが養子にしたのも、それなら納得がいく。憐れみとかもあったんだろうけど……産めないからこそ、家族が欲しかったんじゃないかな……?



「かーさま?」

「マム?」

「あ、ごめん。

 母様、またセンチメンタリズムになってたわね」



 いつまでも突っ立ってる訳にはいかない。

 そろそろ日が暮れてしまうし、集会に遅れると魔女の先輩達から怒られちゃう。

 何より、子供達を不安にさせてしまう。



「行きましょうか。

 早くしないと始まってしまうわ。

 ーーー魔女ヴァルプルギスナハトが」



 右手にライア、左手にユティ。

 霧の中ではぐれないよう、それぞれの小さな手をしっかりと握って。

 私は霧の立ち込めるブロッケーナ山へと分け入っていくーーー魔女の総本山へと。

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