Episode5 ウェディングドレス

 それから一晩が明けた。羽音は眠れない夜を過ごした。

 あの時、自分達はあんなに燃えあがったくせに、結局羽音は、稀瑞に抱かれることを拒んでしまったのだ。

 瑞稀が次に抱き合う相手は、自分ではなく、心優しくて綺麗な天使であって欲しいと思う。だから、その相手は自分ではない。そう思えば、あの場の勢いだけで瑞稀と結ばれることはできなかったのだ。

「あーあ……嫌われちゃったかな……」

 羽音は頭を抱えながら机に突っ伏す。

 昼休みを迎えたばかりの教室には生徒の姿はまばらで、恐らくみんな昼食のために食堂に向かっているのかもしれない。

 窓の外を眺めれば、昨夜から降り続いていた雪はやんで、弱い日差しに照らされてダイヤモンドのようにキラキラと輝いていた。

「僕は瑞稀に幸せになってほしい。だから傍にいてはいけないんだ……」

 羽音はポツリと呟く。もう何十回も、何百回も自分に言い聞かせてきた言葉。それを、飽きることなく、まるで呪文のように唱え続けるのだ。

「それでも、会いたい……」

 羽音はクシャクシャと猫っ毛を掻き毟る。

「会いたいんだ……」

 段々と目の前がぼやけてきて、羽音は慌てて洋服の袖で涙を拭った。

「会いたい……」

 鼻をクスンと鳴らして、目を瞑った瞬間。突然、ざわざわと廊下が賑やかになるのを感じた。


「ん?」

 羽音が顔を上げれば、甘ったるい花の匂いが遠くの方から、自分に向かって近付いてくるのを感じた。

「まさか……」

 目を見開いて、ざわめき立つ廊下に視線を移せば、色めき立つ生徒達の姿があった。

「九条君だ!」

「本当だ。五年生の教室に来るなんて、一体どうしたんだろう」

「それにしても、いつ見ても素敵な方だ……」

 皆が一様に頬を赤らめながら、うっとりした顔をしている。

「……なんで瑞稀が五年生の棟ここに?」

 羽音の胸の鼓動がトクトクと段々速くなっていき、呼吸が浅くなっていく。

 甘い花の香りはどんどん強くなっていき、羽音は体が熱くなっていくのを感じた。それと同時に、キャソックのポケットに入っている水晶玉が、異常に熱くなっていくのを感じ、強い恐怖に襲われる。

「やばい、このままじゃ僕……」

 こんな人前で瑞稀に欲情したら、学園生活も何もかもが全て終わってしまう……。

 唇をギュッと噛み締めて、再び机に突っ伏す。頭ではわかっていても、教室内が白百合のような甘い花の香りに包まれてしまえば、そんな常識なんて羽音の頭からすっぽりと抜け落ちていってしまうようだった。

 この甘ったるい花の香りを胸いっぱいに吸い込んで、この誘惑に溺れ切ってしまいたい。あの優しい瑞稀に甘えたい……羽音の心だけでなく、体までもがそう叫んでいるように思えた。

 聞きなれた靴音が、ゆっくりと羽音の元へと近づいてきて机の前で立ち止まった。その周りには、甘ったるい花の香りが充満していて、思わずむせ返りそうになってしまう。


 羽音は顔を上げなくても、それが瑞稀だということがわかっていた。きっと今の羽音は、性に飢えた悪魔のような顔をしていることだろう。そう思えば、瑞稀を見上げることができなかった。

「羽音」

 そっと、大きくて優しい手が羽音の髪に触れた。 その感触だけで、羽音の背筋を甘い甘い電流がゾクゾクっと駆け抜けていく。その快感に、目をギュッと閉じて耐え忍んだ。

「放課後、薔薇園にきてください」

 瑞稀が机に突っ伏したままの羽音の耳元で優しく囁く。

「貴方に見せたい物があるんです」

「……見せたいもの?」

「はい。どうしても貴方に見てもらいたいんです」

 思わぬ誘い文句に、羽音はぱっと顔をあげた。

 突然こちらを見た羽音にびっくりしたのか、瑞稀が一瞬目を見開いたが、すぐにいつものように微笑んだ。

 放課後が近付くにつれて、否応なしに羽音の胸は高鳴り出す。

 授業を受けていても、その内容が全く頭に入ってこない。わざわざ違う棟にまで自分に会いに来てくれたことも嬉しかったが、何よりも瑞稀に嫌われていなかったようだということに安堵していた。

 もう会ってすらもらえないかもしれない……そんなことまで覚悟していただけに、その嬉しさは隠し切れずに、羽音の表情を緩ませていた。


 窓の外を見ると薄らと雪が降り積もった景色が、キラキラ輝いている。世界中の全てが、眩しいくらい綺麗に見えた。そして、心の中が、パンプキンスープを飲んだ時みたいに温かい。

「僕に見せたい物って、一体なんだろう」

 少し気を緩めるだけで、口角がグッと上がっていくのがわかる。羽音は、一秒でも早く瑞稀に会いたくて仕方なかった。

 一日の授業終了を知らせる鐘が、学園中に響き渡る。

 羽音は慌てて荷物をまとめて、教室を後にした。普段は規則を守って歩いていた廊下を、今日は全速力で走り抜ける。

「ハァハァ……」

 どんどん息が上がってくるけど、羽音は走り続けた。 校舎から出れば、ヒラヒラと再び雪が舞い降り始めている。羽音の吐く息は白く染まり、空へと上っていった。羽音の額に落ちた雪が、音も無く消えていく。

 薔薇園は、羽音が大好きな教会のすぐ脇にある。そこには、四季折々の薔薇が咲き乱れ、いつも甘い香りに包まれていた。

 キリスト教では、薔薇は棘があることから『邪悪な花』として忌み嫌われていた。しかし、現在では『気高い楽園の花』へと、考えそのものが変わってきている。赤薔薇は殉教者の血を象徴し、白薔薇は聖母マリアの純潔のシンボルとされているのだ。

 ミセス・サラも薔薇が大好きで、いつも薔薇園を訪れてはお茶会を楽しんでいた。

 薔薇園に近づいていくと、薔薇の神々しい香りがより濃くなってくる。こんな冬にも、薔薇が咲くなんて……羽音は不思議でならない。

 そんな薔薇の香りさえもかき消してしまう程の甘ったるい香りに、羽音は眉を顰めた。薔薇の花とは全く違う、むせ返るような甘ったるい香り。その香りを少しでも感じただけで、羽音の下半身は切なく疼くのだ。

 外は想像以上に寒くて、羽織ってきたコートのフードを被る。手は真っ赤に悴んで、感覚さえ感じなくなっている。そんな手に息を吐きかけて温めた。

 触れる外気も雪も冷たいが、羽音の心は温かくて、甘くときめき続ける。

 ──早く、早く瑞稀に会いたい!

 羽音は薔薇園の前で立ち止まり、深く息を吸って乱れた呼吸を整えた。


 はやる気持ちを抑え、キャソックから小瓶を取り出して一口その液体を飲み込む。相変わらず苦くて、喉が焼け切れそうになるのを必死に我慢する。そのうちに、少しずつ痛みが引いていき、白百合の甘ったるい香りを感じなくなっていった。

 薔薇園の木の扉をギギっと開いて、羽音はそっと辺りを見渡す。

 先程まであんなに甘い花の香りがしたのだから、きっと瑞稀はもう薔薇園に来ているはずだ。

 羽音の胸が甘く高鳴り、愛しい人に会いたいという思いが、どんどん強くなっていく。

 ──会いたい……会いたい……!

 まるで迷路みたいな薔薇園を走って瑞稀の姿を探す。

「瑞稀、瑞稀……どこにいるの?」

 自分よりも背の高い薔薇の木を隙間を縫って、その名前を呼び続けた。

 空から止めどなく降り続ける雪が、真っ赤な薔薇に降り積もってとても綺麗だ。それは、まるで気高い瑞稀のように思える。

「羽音」

 声がする方を振り返れば、そこには羽音が会いたくて堪らなかった瑞稀がいた。

「おいで、羽音」

 いつもみたいに優しい笑みを浮かべながら、両手を広げてくれる。

「瑞稀……瑞稀!」

「羽音」

 羽音は、その腕の中に思い切り飛び込む。そんな羽音を、瑞稀はギュッと抱き締めてくれた。

「羽音、体が冷たくなってます」

「え?」

 羽音は自分でさえ気付いていなかったが、鼻先と頬は赤くなり、カタカタと体が小さく震えていた。

「本当だ……」

 そんな事すら気付かないくらいに、瑞稀のことだけを考えていた自分が可笑しくなってしまう。

 ──それでも、良かった……瑞稀に会えて。

 羽音は嬉しくて、瑞稀の胸に頬擦りをした。


「ねぇ、温めて?」

「え?」

「寒いから……瑞稀が温めて?」

 恥ずかしさのあまり、頬が火照るのを感じた羽音は少しだけ俯いてしまう。でも、今日だけは素直で可愛い羽音でいたいと思ったのだ。だから、羽音は勇気を振り絞って、潤んだ瞳で瑞稀を見上げる。

 瑞稀の前髪に雪の結晶が付いて、それが水滴になる。そのあまりの色香に、羽音はドキドキしてしまった。

「いいですよ」

 フワリと、瑞稀が自分のコートで羽音を包み込んでくれる。

「俺が貴方を温めてあげます」

「瑞稀……」

「冷えきった体も。唇も……」

「ん、ん……」

 瑞稀の唇が、冷たくなった羽音の唇に、まるで真綿のように優しく重なった。 

 しばらくの間、互いの唇を堪能してから、名残惜しそうに離れる。二人は甘い吐息を洩らした。それは白い結晶となり、キラキラと輝いて見える。

 瑞稀は、冷えきった羽音の手を、自分の頬に当てて温めてくれた。

「あったかい」

 羽音が呟けば、その手に唇を押し当てられた後に、ペロッと指を舐められてしまう。その刺激に、羽音は思わずピクンと反応した。

「貴方にどうしても見せたい物があって」

「何ですか? 見せたい物って」

「ふふっ。こっちですよ」

 そう言うと、瑞稀は羽音の手を引いて、薔薇園の奥へと向かって歩き出す。さり気なく繋がれた手が、羽音は恥ずかしくて顔が火照るのを感じる。瑞稀の手は、大きくて、とても温かい。


 薔薇園には、冬だと言うのにたくさんの薔薇が咲いてた。赤色にほんのりピンク色のもの。それから真っ白なものまで、実に様々だ。それでも、どの薔薇もとても綺麗で、うっとりするような神々しい香りを発していた。

「あった、これです」

 瑞稀が立ち止まった先には、立派な薔薇の木が数本生えていて、真っ白な大輪の薔薇が咲き乱れていた。その薔薇は、パッと見た限り薔薇には見えない。

 ヒラヒラと薄くて可愛らしい花弁が大きく開き、中心には黄色いオシベとメシベが仲睦まじく寄り添っている。そんな純白の薔薇が咲き誇る姿は、美しくもあり、とても可憐でもあった。

「これ、薔薇なんですか?」

「はい。純白の花嫁のドレスみたいな薔薇ですよね」

「純白のドレス……」

「この薔薇の名前は、『ウェディングドレス』っていうんですよ」

 薔薇の名前を聞いた瞬間、羽音はハッとして瑞稀の顔を見上げた。

「あの日、貴方の真っ白な羽を見た時、純白なウェディングドレスを着た花嫁に見えたんです」

「え? ……僕が花嫁ですか?」

「はい。とても綺麗な花嫁に見えました」

 瑞稀が照れくさそうに笑いながら、握ったままの羽音の手に指を絡めてから強く握った。降りしきる雪の中、体はとうに冷え切っているのに、繋いだ手と頬だけは異常に熱い。

「ぼ、僕は、世の花嫁みたいに綺麗ではありません」

「そんなことありません。貴方は花嫁みたいに綺麗だし、可愛らしいです」

 言い終えてから、言われた羽音よりも赤い顔をして、頭を掻きむしる瑞稀は余程恥ずかしかったらしい。しかし、彼の羽音への愛の囁きはとどまることはなかった。

「貴方は可愛いです。本当に、本当に可愛い」

「瑞稀……」

 もう一度照れくさそうに笑った後、少しだけ真面目な顔をした瑞稀。その整った横顔に、羽音はドキドキしてしまった。

「だから、インキュバスを抱いた俺でも、貴方の傍にいれば自分が浄化されてく気がします」

「…………」

「こんなに綺麗な貴方になら、俺の心と体を綺麗にしてもらえるんじゃないかって、そう思えてならないんです」

 瑞稀が微笑んでから、羽音を抱き締めてくれる。やっぱり瑞稀の腕の中は温くて、羽音もその背中に腕を回し隙間がないくらいに寄り添った。

「この雪も、『ウェディングドレス』という薔薇も、貴方も、みんな本当に綺麗です」

「瑞稀……」

「だから、僕は貴方にこの薔薇を見せてあげたかった。貴方みたいに、可憐で綺麗だったから」

 雪が深々と降り積もり、二人には近くにある湖面が揺れる音しか聞こえてこない。

 もしかしたら、この世界には自分達しかいないのかもしれない……そう感じるくらいに、静かな夜だった。


「羽音。俺は貴方が好きです」

「……瑞稀……」

 それは昨日、拒絶したばかりの言葉だった。嬉しいはずの言葉が、羽音の胸を知らず、痛める。

「俺は、羽音に初めて会ったあの瞬間から、貴方に強く惹かれました」

 瑞稀は少しだけ苦しそうに囁いた。

「好き……羽音が大好き……」

 その瞬間、心臓が大きく拍動を打ち、背中をゾワゾワッと何かが駆け抜ける感覚に襲われる。異常に背中が熱くて、痛いくらいだ。

 ……来る……またあの感覚だ……!

 咄嗟に恐怖を感じた羽音は、瑞稀にしがみついた。

「え? 羽音? どうしたんですか?」

「来る……来そう……」

「羽音? 大丈夫ですか?」

 不安になった瑞稀が、羽音をそっと自分から体を離して、顔を覗き込んだ。その羽音の顔は酷く何かに怯えていて、今にも泣きそうな顔をしている。

「来る、ねぇ、来ちゃう……んぁ、あ、あぁぁぁ!」

 羽音が小さく悲鳴を上げるのと同時に、その背中からはキャソックを切り裂いて、真っ白くて、大きな片羽が再び姿を現した。

「純白の……片羽だ……」

 瑞稀が呆然と呟く。


 その純白な片羽にたくさんの粉雪が舞い降りて、キラキラと眩い光を放つ。それはまるで、今二人の目の前にある純白の薔薇、『ウェディングドレス』のようだった。

「羽音、綺麗です」

 瑞稀は、優しく羽音を抱き締めた。

 羽音の片羽がバサバサと揺れる度に、雪のように白い羽がヒラヒラと宙を舞う。その光景に目を奪われたかのように、瑞稀が目を細めた。

「綺麗だなぁ……」

 そう呟きながら。

「真っ白なウェディングドレスに羽……本当に花嫁みたいですね」

「……は、恥ずかしいから……」

「何で? こんなに可愛いのに」

「可愛くなんてありません」

「そんなことない。羽音は可愛いです」

 そう言いながら微笑む瑞稀に、片羽をいたわるようにそっと抱き締められれば……羽音の心は喜びで満たされていく。

 ──僕も、貴方が好きです。

 うっかり口から溢れ出しそうになる言葉を、羽音は必死に飲み込んだ。その言葉は禁句タブーだ。決して口にすることなど、許されるはすがない。そんな事は、羽音が一番わかっていることだ。

 それでも、羽音の心の中は瑞稀でいっぱいだった。羽音の心の中にあるティーカップから、『大好き』という甘いミルクが溢れ出してしまっている。それはもう、止めることなどできなかった。

 それと同時に葛藤もしてしまう。

 瑞稀に隠し事などしたくない。しかし自分には、打ち明けられるほどの記憶すらも持ち合わせていない。そんな自分が怖いと感じるときもあるというのに。そんな自分を、彼は受け入れてくれるのだろうか?


 もしも、自分が悪魔と指をさされるほどの悪い過去があったとしたら?

 怖い。一体僕は、何者であれば彼を傷つけずに済むんだろう?

 嫌われたくないという思いと、全てを受け入れてもらいたいという思い。そんな相反する感情が、まるで天秤のようにカタカタと音をたてて揺れている。

 この、どこまでも優しい瑞稀を知れば知る程、その天秤の揺ればどんどん大きくなって行った。


「瑞稀……」

「はい、なんでしょう?」

「ありがとうございます」

「え?」

 瑞稀が少しだけ驚いた顔をしながら、羽音の顔を覗き込んだ。

「ありがとう。凄く……嬉しいです……」

「ふふっ。照れちゃいますよ」

 瑞稀があまりにも無邪気に笑うものだから、羽音はツイッと少しだけ背伸びをして、瑞稀の唇に自分の唇を重ね合わせた。 羽音は知らなかった。キスがこんなにも気持ちがいいものだということも、抱き締められることが、こんなにも幸せで満たされるものだということも。

「羽音……大好きです……」

「僕も、僕も瑞稀が好き……」

 ──あ、言っちゃった……。

 あれ程我慢していた言葉が、ポロリと口から零れてしまう。それはあまりにも自然で、言った羽音でさえびっくりしてしまう程だった。

「本当ですか? 嬉しい」

「瑞稀……」

 瑞稀があまりにも幸せそうに微笑む。でも、その瞳にはたくさんの涙が浮かんでいた。

その涙を見れば、羽音の心がギュッと締め付けられる。

「好きです、羽音」

「僕も、瑞稀が……好きです」

 お互い見つめ合って微笑めば、あまりにも照れくさくて、少しだけはにかんだ。

 一度その言葉を口にしてしまえば、好き……という思いが、次から次へと溢れ出してきてしまう。もう、止められそうにない。

「照れちゃいますね」

「恥ずかしくて、顔から火がでそう……」

「ふふっ。ねぇ、羽音?」

「はい」

 羽音が瑞稀を見上げれば、天から舞い降りてくる粉雪のように、フワリと瑞稀のキスが降ってきた。羽音はその唇を受け止めて、そっと瑞稀の腰に腕を回す。お互いの唇を啄んで、舌を絡め合って……雪さえも蕩けてしまいそうな、熱い熱いキスをした。

「あ、羽が……」

 瑞稀が寂しそうな顔をしながら手を伸ばす。

 羽音の純白の片羽は白薔薇の花弁に姿を変え、粉雪と共に夜の闇へと消えていった。

 教会の釣り鐘が、夕食の時刻を知らせるために、その心地よい音色を学園中に響き渡らせている。


 羽音と瑞稀は薔薇園から手を繋いで学生寮へと向かっていたが、建物の明かりが見えた辺りで、そっと手を離した。離れていったその温もりが何だか名残惜しくて、二人で顔を見合わせながら照れくさそうに笑う。

 そして、今日はこれで終わり……と自分達を納得させて、最後に口付けを交わした。

「羽音、やっぱり可愛い」

「え?」

「でも、覚えておいてください。俺は、めちゃくちゃエロいんです」

「瑞稀……どうした……ん、ん、ッあ……」

 羽音は後ろから羽交い締めにされたまま、やや強引に瑞稀の方を向かされて唇を奪われてしまう。熱い瑞稀の舌がすぐさま侵入してきて、羽音の敏感な上顎を刺激される。それだけで、羽音は意識が遠のくのを感じた。

 その後も、舌を絡ませた深い深いキスに、羽音は呆気なく夢中になってしまう。

「あ、んぁ……痛ッ」

 最後に強く鎖骨を強く吸われてから、羽音は瑞稀の唇から解放された。

「俺は、いつだって貴方と結ばれたいって思ってます。どうぞ、ご注意を」

 羽音が半ば蕩け切った顔で瑞稀を見上げれば、瑞稀はクスクス笑っていた。

 こんなやりとりが、二人にしてみたらクリスマスプレゼントを貰った時みたいに、ドキドキするし、楽しくて仕方ない。

 一緒にいられることが、お互い触れ合えることが……心の底から幸せに思えた。

 そんな二人だからこそ、周囲に注意を払う余裕はなかったかもしれない。


「毎日毎日、飽きもせずイチャイチャしやがって……」

 それは確実に、羽音と瑞稀の仲を引き裂こうとするナイフのように。二人を結び付けている赤い糸を切る瞬間を見計らっていたのだ。

「九条瑞稀は俺の物だ。誰にも渡さない」

 学園に潜む悪魔が、今、その翼をはためかせた。

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