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 *


「大方、これで一巡した感がありますね、白稲葉先生」


 と――奏譚社第二出版部、地引依鳥女史は、そう言って物語を切った。


「取り敢えず、これで6部の短編小説を書くことができます。副題は、そうですね。後から適当に、その人の特徴というか、病状を、いつものように上手く二字熟語とかで表現していただければ良いかなと。幾らか重複している部分もありますが、まあそこはご愛敬ということにしましょう。完全に同一でも相反するでもない、人間とは似たり寄ったりということを、最終章で記述していただければと思います。下手に長くても意味ありませんしね。差別に当たりそうな表現は、こちらから指摘しますので、ひとまず先生に書いていただくことが一番かなと、私なんかは思っていますが、どうです、白稲葉先生」


 まだ物語の渦中にいた白稲葉は、はっと現実に戻った。


 そしてそれを悟られぬように、続けた。


「うん、ああ――それで良いと思うよ。僕なりの、『生きづらい』小説を書くことができると思う。それで良いんだよね、地引さん」


「はい、これで良いんです。こちらで考えている構想としては、今お話していただいた6章に加えて、書き下ろし1章か2章、まとめの章があると尚良いですね。6章は『小説冷泉れいぜい』の方に6カ月連載に回して――そしてその間、最終章に取り掛かっていただく。今は、人から聞いたそういう『生きづらい』話を、物語としてまとめていただければ」


「分かったよ。各種副題も、僕があらかじめ決めておく。うん、極力彼ら彼女らを端的に表したものにしておく。それで、最後の結末に関してだが――地引さん」


「何です? 改まって」


「どうすれば良い。昨今の『生きづらい』系統の小説を見る限り、あまり幸せなおわりは期待できないが」


「そうですね。自己不全小説にありがちな形態になってしまいますが、『そんな不幸・不全・不能がありつつも生きてゆければそれだけ幸せ』というのは如何(いかが)でしょう。その幸福を表現するのが少々難しいかもしれませんが――まあ、大体の小説は、『誰かとのコミュニケーション』によって、己が抱えた自己不全感を『払拭』してもらうか、抱えたままの自分を『肯定』することで、乗り越え、或いは押し殺して生きる――という仕組になっています。そういうキーパーソンを登場させるのは如何ですか。先生と、『生きづらい』対象者、と、もう一人。、を。関口せきぐちたつみに対する京極堂きょうごくどうのような」


「競合他社の小説を簡単に出すなあ、君は」


京極きょうごく先生は優しいから大丈夫ですよ」


「そうかい? 一度お会いしたことがあるが、仏頂面が怖かったよ」


「まあ、私からご助言できるのはこれくらいです」


 と、半ば強引に、地引は話しをまとめた。


「誰か助けてくれる人――ね。一種の機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナのような存在か。確かにそういう者がいれば、彼らも救われるだろうね」


 そう言って、言い終えて。


 果たしてそうだろうかと、白稲葉苗代が改めて思い直すのは、しばらく後の話である。


 *


 その後。


 すぐさま彼の名は、全国に知れ渡ることになった。


 彼の両親の遺体が、実家から発見されたのだ。


 殺害容疑は一人息子の柿川画行にかけられることになった。


 柿川は容疑を認め、加えて家庭環境を詳しく話しており、『ゆがんだ家庭環境が産んだ悲劇』として、令和れいわの世をざわめかせることになるが。


 それは、関係のない話である。




(第6話「抑圧」――了)

(続)

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