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「久しぶりだね、北ちゃん」


「っ――画行、だよな」


 最初、白稲葉は、柿川画行が柿川画行であると、分からなかった。


 それくらいに、柿川は変わっていた。


 


 学生時代の、きちんとした印象とは全く違った。


 頭はうっすら頭皮が見えるくらいに薄くなって、中年太りで、背中が湾曲して猫背になり、服も紐がほつれていて、どこか異様な匂いがしていた。


 でも、整ったような口調はそのままであった。


 


 それが、久方ぶりに柿川画行と相対した時の、印象であった。


「ああ、そうだよ。僕が柿川画行だ」


 そう言った。


 一糸乱れぬ口調で――一糸乱れた出で立ちで。


「とはいっても、流石に僕も変わり過ぎたから、驚かせてしまったかな。すまんすまん」


 そう言って、苦々しそうに、柿川は笑った。


「間違いなく、僕が柿川だよ、北ちゃん」


「そうか、いや、ごめん」


 何だかその口調に、白稲葉は申し訳なくなった。


 店はあらかじめ決めていた。


 予約の旨を店員に伝え、席まで案内された。


 お好み焼き屋である。


「しかし、驚いたよ。まさかあの北ちゃんが、小説家になるなんてな。いや、確か中学の頃の卒業文集に、将来の夢は『小説家』と書いていたっけか。夢を叶えてしまった訳だ」


「まあ、夢は、正直叶えた後の方が、大変だったけれどね。今までは新人として、ある意味色眼鏡を通して選考を受けていたわけだけども、これからは一小説家として見られるから――下手な文言は出力することはできない。何ていうのかな、言葉に責任が生じる、かな。その重圧に、日々悪戦苦闘する毎日だよ」


「はは。作家先生、語彙が多いね」


「そういう君は、どうなんだい」


「ああ――僕か。僕は、普通の、どこにでもいるサラリーマンだよ」


 そうとは思えない、衰退具合である。


 年齢的には同級生だが、間違いなく十歳は年上に見える。


 それに彼こそ、卒業文集において『医者』と書いていたのではなかったか。


「医者、じゃ、ないんだな」


「ああ、諦めたよ。家庭の事情でね」


「……そうか」


 家庭の事情。それはここで初めて聞いた言葉であった。


「もう取材は、ひょっとして始まっているのかな。だとすると僕も、自分の言葉に責任が伴うようになるな。緊張するよ」


 そう言って、柿川は柔和に笑った。


 家庭の、事情。


 彼の家庭環境については、白稲葉は何一つ知らない。


 兄弟姉妹がいるかも、両親が揃っているかも分からない――というか、そういう愚痴を聞いたことがない。


 いや――そんなことがあるか。


 保護者会、授業参観――そこで一度は見ているはずである。


 ――柿川の家族についての情報が一つもないのは、おかしいのではないか。


 白稲葉は、ある可能性に至っていた。


「君の家のことを、少し、聞いても良いだろうか」


「ああ、良いよ。今はようやっと、


 そう言って、柿川は水を飲んだ。


 所作は丁寧である。




(続)

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