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「え。まさかこの後亡くなったりしてませんよね、その具備さんって方。その話のオチの付け方だと、狂言回しの白稲葉先生が、具備さんを殺すか、それか不慮の事故か何かで死亡するみたいな風になるのですけれど」
地引依鳥女史は、この言い回しが気になったようであった。その辺りは流石は小説家の編集といったところだろう。
「ならないよ」
白稲葉は静かに続けた。
「一度そういう言葉の終え方をしてみたかった、というだけさ。読者にも緩急を付けたい時があるだろう? それを、試しに現実でやってみたというだけさ」
「私で実験しないで下さいよ。一応、それぞれ副題があっての、取材なんですから」
それで――と、地引は言った。
「色々と質問がありますがそれは省きまして――今回の副題って、何なんですか。今までの方とは、毛色が違うと言いますか、その、あまり良い表現ではないですけれど、この具備いるかさんって、普通ですよね」
「ああ。普通だね。どこにでもいる、至極普通の、小学校教諭であり、僕の後輩だ」
「じゃあ、別に『生きづらい』とは関連性がないのじゃないですか」
「それが案外そうでもないんだよ。世間の『生きづらい』色を持つ小説は、必ずといって良いほど、例外者を対象にしている。つまり、普通の
「そうではない、というと」
「だから、普通の人でも、普通に悩むし、普通に苦しむ。何か欠陥や欠損、引き算がされていなくとも、満たされていても、己を生きづらくすることは、容易だということを、表現したかったんだよ」
「……成程。そういうことですか。普通だからこそ、具備さんは選ばれた、ということなんですね。その辺り、同じ女性だからでしょうか、井津々井さんと、少し似ていますね」
「まあ、勿論本編では名前は変えるけれどね。ただ、実際もう二度と会いたくないというのは、本心だよ」
「ほう。ちなみに、先生のその心を教えていただけますか?」
白稲葉は、再び静かに言った。
「自分を不幸だという奴の近くには、誰だって居たくないさ」
「……それもそうですね」
地引は、それ以上聞かなかった。
幸福を追わずして不幸を見出し続ける、そんな彼女への蟠りは、しかし。
白稲葉苗代の次の取材に、大きな影響を及ぼすことになる。
*
その後。
具備いるかと会合こそしなかったものの、白稲葉と彼女との連絡が途絶えることはなかった。
やがて彼女は職場で結婚し、出産し、二児の母となる。
世間一般的に満たされた生活を送る具備が、しかし幸福だという実感を得られることは、結局生涯一度もなかった。
幸福でも、何か瑕疵を見つけてしまう。
そんな癖が、具備を常に追い詰め、掻き立てていたが。
それは、関係のない話である。
(第5話「充足」――了)
(続)
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