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「また先生は面倒な分類を引っ張り出してきましたね。女性と男性の性差――はあー、これは描写するのが難しいですし、何より読者を選びますよ。この章で読むことを止める人がいてもおかしくはないことを自覚した方が良いと思います、白稲葉先生」


 奏譚社に訪れ、取材の話をして一言、地引依鳥は言った。


 今までとは違う、厳しめの口調であった。


「まあ、僕もその意見には同意するよ。確かに、口頭で表現するだけでも、彼女――芍薬さんの尊厳を傷つけているような気になってしまうことは否めないし、ただ、そこで表現を躊躇ためらってしまうと、彼女に余計な雑念が入り込むような気がしてしまってさ。だから、洗いざらい正直に話したんだ」


「いえ、白稲葉先生のそういうところは、良いところだと思いますよ。でも、。令和の今の世、小説や漫画も、ファンブックなどで全てを公表、公開、説明することを強要される雰囲気はあっても――です。それに、その方――芍薬咲矢さん、恐らく、白稲葉先生の『生きづらい』の中に自分が含まれている、取材の趣旨が『生きづらい』者達であることも関知した上で、お話していたのではないですか」


「……そうかな。一応、隠したつもりではあったんだけれど」


「隠すといえば、先生には失礼ですが、彼女の方が上位互換だと思いますよ。お話を聞いていると」


「まあ、確かにそうかもしれない。芍薬さんも、元からあんな風に自分のことを話す人でもなかったし、だから正直驚いたというのもあるんだ。そうか――元から分かっていた上で、僕の話に乗ってくれていた、か」


 優しさかな、と、白稲葉は言った。


「優しいですよ、優しいですけれど、それを相手に悟らせずに話に持ってゆく彼女を、私は少し恐ろしいと思います」


「恐ろしい」


 反駁はんばくした。


 特に意味はない。


「まあ、己を普通に見せようとする、一人目の根石さんと対比になって丁度良いんですけれど、だからって全てを許容してしまえるわけでもない。入学式の一件でもそうですけれど、彼女は結局自分の内心を、三年間隠し通したのでしょう? 中学生の時点でそこまでの自己制御ができるということは、相当周りが、愚かに見えたんじゃないですか。積極的孤立――そして天然。何より今、彼女は結婚し、所謂人並みの幸せを獲得しているのでしょう? が、私は怖いです」


 恐ろしい、怖い――か。


 白稲葉は、担当編集のその言葉を、脳の中で反芻した。


「だから、この章を描写する時は、注意してくださいね、先生。生理の話題は、何かと敬遠されがちです、まあ、禁忌タブー視するのもどうかとも思うのですが、幾ら令和とはいえども、多様性とはいえども、まだそこまで開けっ広げにはできないというのが、今の日本ですから」


「委細承知したよ」


 そう言って、芍薬咲矢に関する打ち合わせは終わった。

 

 *


 その後。


 今までなし崩し的に続いていた、芍薬咲矢との連絡は、途絶えることになる。


 故に、彼女がこの先どうなったのか、幸せになったのか、不幸になったのかは、誰も知らない。


 周囲を巻き込む思想統制と、それを可能にする精神性メンタリティ


 それを生まれ持った彼女が、これからどのような生涯を歩むのかは分からない。


 少なくとも、ずっと周囲に自分を偽り続けることはできない。


 いずれ露呈し、何らかの悲劇を受けるかもしれない。


 もしくは生涯偽り、隠し通すかもしれない。


 その場合、芍薬咲矢の本音は、誰にも伝わらないことになる。


 どうしようもない孤立と孤独。


 それに耐えられるかどうかといえば、それは。


 色々なことを考えさせられた会合であった。


 一人の友人として、クラスメイトとして、彼女には幸せであってほしいと、白稲葉は願う。


 勿論、ただ一人の、既に何の関係もない物書きの願望でしかなく。


 それは、関係のない話である。

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