第4話「天然」

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 芍薬しゃくやく咲矢さくやとの会合の前に、白稲葉はしばらく休みを入れた。


 元々好んで外に出る人間ではなく、良くて陰陽の均衡バランスを取るためにしか外出しない彼が、三度に渡り外に出向き、三度編集部に出向いた。


 それぞれの予定には間隔を空けていたけれど、少々疲弊したのである。


 小説家になってから、疲れとは無縁の生活を送っていた白稲葉にとって、それは久方ぶりの感触であった。


 白稲葉苗代は平均的な作家からすると、結構な速筆なのである。


 ただし、悪戯いたずらに速筆を売りにして、もし書けなくなった時に保険が効かなくなるので、それを周囲に吹聴する真似は絶対にしない。


 それは自らを安売りしているようなものだからである。


 早めに書き終えて、自由に時間を使いつつ校閲、推敲の作業をしている。


 担当編集の地引氏も、これは既知ではない。


 休みの間は、極力本を読むようにしている。


 入力インプット出力アウトプット――ではないけれど、元々一人で本を読むのが好きなのだ。


 勿論、漫画も読む。というか年平均読書量でいえば、漫画の方に軍配が上がるのやもしれない。


 ただ本人は、そういう面倒な計算はしない。


 好きな時に、好きな書物を読むようにする。


 どちらかがどちらかより勝り、どちらかが劣っているだとか、そういう小難しいことは、きっとインターネット上で誰かが勝手に議論してくれている。


 俯瞰も傍観もせず、ただ読む。


 これが案外難しいのだが、白稲葉は簡単にやってのけていた。


 丁度最近、『鬼滅きめつやいば』を読み終えた所である。


 そこまで読書をするのなら、余程大きな書棚があると推察するやもしれないが、今はほとんど電子書籍である。


 「ほとんど」と表記する以上、全てではない。白稲葉の好きな小説家――ここに名こそ挙げないが、複数名いる――の著作は、新刊発売と同時に書店に赴き、紙の本を購入する。本当に欲しい本は、紙で購入する。


 それこそが、何よりの喜びなのである。


 手に取り、本の重さを感じながら、紙のページをめくり、物語を読み進める。最近では、電子書籍でも、紙の本のようにめくりのアニメーションが採用されているものが散見されるけれど、やはりそれは、本物の本には、まだ遠く及ばない。


 いつ書いているのか、いつ読んでいるのか――と、何かのインタビューで、白稲葉は訊ねられたことがある。その答えは、「生活に絶対必要な活動をしている時間以外」であった。


 小説を書くこと、小説を読むこと。


 それはもう、白稲葉苗代にとっては、当たり前の事柄に組み込まれているのだった。


 そんな生活を繰り返して、ようやっと落ち着いてきた辺りで、白稲葉は芍薬に連絡を入れた。


 芍薬咲矢とは、地元の中学校での同級生である。


 当時から少し不思議というか、群れることが存在意義みたいな女子中学生がわらわらといる中で、独りでいることに抵抗のない、珍しい人間だった。


 だからこそ、本ばかり読む白稲葉と気が合ったのやもしれない。


 卒業後連絡は取っていなかったけれど、成人式で再開し、改めて連絡先を交換したという塩梅である。


 不思議ちゃんで、集団に


 そんな表現は令和の今の時代は侮蔑用語になるのだろうか。


 それとも、ASDという病名を突きつけられるのだろうか。


 彼女が、大人になった今、どうしているか――というのは、白稲葉としては気になるところだった。


 ここまでの描写から分かる通り、「生きづらさ」を主題とする小説を書く上で、芍薬咲矢という人物はいの一番に挙がるほど、外れた人物ではない。根石盤希、井津々井啄木鳥、押流波浪などと比較して、一つ頭が低い感は否めない。


 ただ、芍薬が今、どう生きているのか。


 そこに、純粋に興味があったのだった。


 これは白稲葉苗代という人間にしては、かなり珍しいことである。


 無論その興味は、恋や愛などというものではない。


 彼女は積極的に孤立していた訳では無かった。ただ、集団になることに消極的であった。


 それでも、いじめを受けているとかそういうこともなく、そんな被害者的役割も上手くかわしていた。


 今、どうしているのかを、何となく知りたい。


 それを取材と称して経費精算を行うのも微妙かと思ったが、担当編集の地引依鳥は快諾した。


 奏譚社はどうやらその辺り、緩いようであった。


 何だか白稲葉は、悪いことを知ってしまったような心持ちになった。




(続)

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