12
前置きが長くなった。
白稲葉は、極力機会さえあれば外に出るようにしている。
やはり人間、植物ではないものの、外出しなければ得られないものというものもある。
太陽光を浴びる、インスピレーション、健康、おまけに本屋にも行きたくもなってくる。
外に出て良かったと思うようにしている。
要はそうやって、
勿論、白稲葉の気持ちの中で、という話である。
人として完璧に計画を立てて、陰と陽を分けている訳ではない。
そういう意味では。
押流波浪という男は――陰の側の人間であろう。
色の白く、ぼさぼさの髪の男が、改札から出て来る白稲葉を迎え入れた。
「よー、久しぶりだなぁ。元気か、北ちゃん」
「そっちこそだよ、元気そうで安心したよ、波浪」
二人は久闊を叙した。
押流の家の最寄り駅である。都市郊外であり、駅付近くらいしか賑わっていない。
「どうする? どこか店に入るか」
「あー、悪い、今俺、金ほぼないんだよ」
「いいよ、気にするな。僕が出すよ」
「……本当か?」
「マジと書いて本当だよ」
「ったく、悪いな。恩に着る。これはまた何かで返させてくれ」
そう言って、半ば強引に、押流と白稲葉は、駅近くのラーメン屋に入った。
押流のおススメもあって、食券で醬油豚骨ラーメンを注文した。
店員が取りにきて、お冷が卓に置かれ、一杯飲んだ。
「それで――突然の呼び出しで何かと思ったけれど、俺なんかが本当に役に立てるのか? 北ちゃん、今小説家なんだよな? えっと、白稲葉苗代、だったか。そっちの名で呼んだ方が良いか」
「いや、本名の方で良いよ。波浪から先生なんて呼ばれるほど、僕は高名じゃない。それにそっちの方が安心するしね」
「そうか」
そう言って、押流はもう一杯、水を飲んだ。
「――話っていうのは、取材なんだよな」
「ああ。取材だな。次の小説を書く上での取材――とは言っても、まあ要するに、僕
の『人』に関する描写が、どうも一辺倒になってしまいがちなのを、編集に見抜かれてね。色々な人と会って、話して、それを入力(インプット)しようって算段なのさ」
それは、半分は間違いではない。
それに白稲葉は、極力、この友人に対して、嘘は吐きたくないと思っていた。
押流は、「ふうん、そうなのか」と言った。
二人の出会いは、高校時代に
高校一年生の時、県内有数の進学校に入学して、右も左も分からない頃、押流と白稲葉は、出席番号が近いという理由で、仲良くなった。
そこから腐れ縁――という程に腐ってはいないが、定期的に連絡を取り合い、年に一度の誕生日に祝いの連絡を入れたり、時々会ったりする仲である。
進学に伴って人間関係をリセットしがちな押流にとって、白稲葉は、「珍しい」人間なのだという。
邂逅から十年以上が経過した今、押流が何をしているのかと言えば、それは。
「君は、今もあの家にいるのか」
「ああ、他に行くところがなくてな」
押流波浪の家庭環境は、凄惨である。
少なくとも高校時代は、それはもう酷いものだったのだそうだ。
亭主関白の父親と、教育虐待を行う母の争乱で、毎日が戦争だったと語っていた。
そのストレスが
以前白稲葉が聞いた話では、定職に就くことなく、家では腫れ物のように扱われているという話だった。
「おっと、ここからもう取材なのか」
「ああ。心配しなくて良い。普通に話してくれるだけで色々参考になる」
「参考に、ね。まあ、引きこもりの主人公なんて、今更流行らないだろ。相変わらず、だよ。一応派遣に登録しちゃいるが、なかなか障害者雇用枠に入れなくてな。障害者雇用っつうのは、アレだな、身体的なものを意味するものが多いのだと、思い知らされたぜ。精神障害者っつうんで、手帳も交付されたが、年一で給付金があるのと、タクシーやらバスやらが多少安くなるくらいで、駄目人間の烙印みてぇなもんだ。一応パートもいくつかやってみたが、長続きしなくってな、結局あの家に戻っているよ」
「あの家、ね。ちなみに、これはあくまで僕一人の意見なんだが、あの家から出ることは、考えたことはないか」
「あー、まあ、逆に考えなかったことはないな。ここに居たら自分は駄目になると、どこか心の中で俺は理解している。衣食住は提供されるわけだしな」
「ご両親は?」
「健在だよ。父はこの前定年退職して、母も今年で最後だな。まあ、母は雇用を伸ばすって言ってるが」
押流の両親は、二人共教員である。
思えば、子どもと向き合い、成長する手助けをするはずの教員が、己の子どものことを、一時期とは言えぞんざいに扱っていたのだから、こんな皮肉もない。
敢えて白稲葉は、そこには触れなかった。
(続)
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