第3話「暗路」

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 押流おしながれ波浪はろうとの会合は、前回に比べて迅速に取り付けることができた。


 基本的に、白稲葉は、取材相手の方に行くようにしている。まあ、営業をする者などからすれば至極当然のことかもしれないが、そうでなくとも、自分から外に出向くように心がけている。


 それは、自身の小説家という生業のお蔭である。


 いや、所為せいである――と言った方が適している。


 小説家の仕事は、勿論インタビューや講演会などがあることもあるが、根幹には必ず、小説を書くことになる。


 そして小説を書く――というのは、パソコンとキーボードとディスプレイと、小説を書ける頭があれば、自宅でもできてしまうのだ。


 彼の知人の物書きには、外のカフェに、小型のワープロを持参して執筆する者もいるが、白稲葉は外には出ない。


 それは主義とか信念とかではなく、ただの習慣である。


 何より家で書いていれば、コーヒー代や場所代などを払う必要もなく、周りの眼――特に打鍵音などを気にすることもない。人に迷惑を掛ける心配を、払う必要がないのだ。


 だからこそ、生活習慣としては、特に執筆集中期間は、引きこもりのような生活を送っているのだ。


 白稲葉は、執筆時には必ずタイマーを用いるようにしている。


 過集中という程ではないけれど、小説を書いているとどうしても画面に視線が行き、視野狭窄になってしまいかねない。三人称小説を書いていたはずが一人称に、なんてこともある(あくまで比喩である)。


 要は時間区切りである。


 だらだらと緩慢に冗長に続く物語ほど、目に余るものはない。


 2時間で一端一区切り、それを3回か4回、毎日繰り返すだけで、一日が終わる。


 原稿の長さにもよるが、白稲葉の場合、大体の作品は3か月以内には完成する。


 その間は、仕事の期間である。


 どうして小説家になろうと思ったのですか――という質問は、小説家、いやさ創作者がほとんど必修するものであろう。


 白稲葉も、新人賞を受賞した際や、それ以外のインタビュー企画を組んだ際に、何度か聞かれたことがある。


 それに対して「誰々の小説に影響を受けて」と、定型句的に当てはめた回答をするようにしている。それが最も読者受けが良く、また納得されるものである。


 しかしその回答が本音というのは、誰も知らない。


 白稲葉は、元より人間関係において俯瞰的な者であった。


 人間観察が趣味、というほどに、これは誇れるような趣味ではないけれど、それでもそうして人を観察し、ノートに記述する、そうしていると、自然とその人の過去が気になって来る、その人がどのように生きてきたか、その結果現状どのような人になっているのか、そんなことをつらつらと書き留めていた。興味があったのである。


 それを「ひょっとしてこれは小説になるのではないか」と気付いたのが、彼が高校時代の頃である。そして高校から大学にかけて、受験のかたわら小説を執筆し、試しに応募してみたら、新人賞を受賞してしまったという、そんな塩梅なのである。


 故に小説家という職業に対して、そこまで強いこだわりを持っている訳では無いのだ。


 だからといって簡単にこの職を手放そうとは思わない。大好きな小説を、資料として読むことが許される職業など、小説家くらいのものだろう。


 無論。


 そんなことを公言した場合、「調子に乗っている」「小説家を舐めている」「作家志望に対して失礼だとは思わないのか」等々と言われることは、往々にして予想が付く。


 だからこそ、適度に適当な理由をでっち上げて、それを原動力にしていると言っているのである。


 実際、例に挙げる作家先生は、彼が中学時代から追い続けており、好きな作家であることに違いはない。


 ただ、小説家になるための動機としては、白稲葉苗代の中では少々弱い。


 まあ、職場に行くために通勤電車ですし詰めになっている人々を見ると、作家で良かったと思うことはある。


 そういう人々のお蔭で世の中が回っているということもまた、忘れてはならないことである。




(続)

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