第2話「登頂」
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気分が良いので、少し早めに外出することにした。
白稲葉にとって、外出とは、少々ハードルの高い行為なのである。
また心配性故に「人身事故や何かが起きて、電車が止まるとも限らない」などと懊悩した結果、あまりある余裕を持って家を出ることになった。
流石に早すぎると気付いたのは、乗り換えで主要駅に到着した頃の話である。
次の取材相手との会合までまだ時間はある。
各駅停車で一本次の駅に行けばすぐである。白稲葉は、駅周辺を散策することにした。
しかし彼自身、何も目的無しに動くことを、元より得意としていない。「適当にぶらぶらする」が得意ではないのである。
その性質を自覚していた彼は、駅と近辺にある本屋に片(かた)っ端(ぱし)から行くことにした。
一体どれだけ早く到着したのだ、と思われるかもしれないが、本当に早すぎたのである。
本屋に行くのは、好きである。
珍しく、白稲葉が自発的に好きだと思えることの一つが、本屋に行くことである。
それと同等程度の位置に、読書がある。
勿論そこで出会う新しい書籍に心躍らせるというのも十二分にあるけれど、本屋毎に本の設置の仕方、扱い方、分類の仕方、棚の分かれ方、並べ方、果ては何刷かまで、白稲葉は気になってしまう。
いや――別段白稲葉は、減点方式で書店を批評しているという訳では毛頭ない。
ただ単純に白稲葉は、気になるのである。
本屋がどのように、人に買ってもらうために工夫しているのか、ということを。
昨今はカフェ併設の書店、図書館もあると聞くが、それはあまり好かない。
本と液体との相性が悪いことは、ここで殊更に強調して言うまでもない。
そういった例外を除き、店頭陳列、書店関連の知識に疎(うと)い白稲葉は、加点方式で見る。
まあ、甘々である。
ハードカバーの小説の新刊の配置など、凝っている店は本当に凝っている、オリジナルのポップに『○○〇〇賞受賞 時流を切り裂く大傑作』と銘を打たれたものを見た時には、白稲葉は感銘すら覚えた。
これだけの小説があり、これだけの物語があり、これだけの人がいる中で、手に取ってもらえるというのは、作家冥利に尽きることだ、と。
基本的に干渉はしない主義なのである。
白稲葉は己の著作を積極的に宣伝しない。
令和の情報社会を舐めていると言われるやもしれないけれど、彼は宣伝があまり得意ではないのである。
それでもある程度販売され、重版も出来されているため、一応は作家を続けられている。
実際
そういう類には、無知ぶっているのである。
それはひとえに、炎上が怖い――という唯一にして絶対の理由が挙げられる。
建前上では、「極力自分の言葉は、小説の中に投じたい」と言って格好の付けようが幾らでもあるけれど、本音は、インターネットに対する底知れぬ恐怖が、白稲葉をそうさせている。
炎上――SNS。
今後、そう言ったネット上のいざこざなどを物語にした
――闇、になってしまうよな、どうしても。
白稲葉は嘆息した。
小説家として、極力白稲葉も、良い表現、楽しい表現、ひいては読者に「読んで良かった」と思えるような物語を心掛けているつもりである。
無論、山あり谷ありなのが人生で、その落差は等間隔とは限らない――あまりに楽しい、面白い、心地良い、を優先し過ぎると、それは作家小説家の「楽しさ」観を、他人に押し付けることになってしまう。
作家となってまだ十年は経過していないけれど、白稲葉も小説家としての自分を見つめ直す日が、いつか来るのやもしれない。
――良い、楽しい表現、ね。
今回書く「生きづらい」を
正直難しいと、白稲葉は思う。
実際、根石と相対してみて、思ったものだ。
根石は、白稲葉が作家になったせいで、統合失調症になったと言っても過言ではないのだ。
生きる。
人として当然尊重されるべき行動が「――づらい」とは、なかなかどうして、尋常な状況ではない。
他人事ではあるけれど、ただ事ではないのである。
それを、忘れないように心がけようと、白稲葉は思った。
(続)
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