第28話「最後の登校日:思い出の場所を巡る二人」

 3月上旬、桜のつぼみが膨らみ始めた頃。高城高校の3年生たちにとって、いよいよ最後の登校日が訪れた。ちはやと蒼太も、複雑な思いを胸に抱きながら校門をくぐる。


「おはよう、蒼太」


「ああ、おはよう」


 いつもの挨拶を交わす二人。しかし、その声には何か特別な響きがあった。


 教室に入ると、クラスメイトたちが既に集まっていた。みんな、笑顔の中に少し寂しさを滲ませている。


「ねえ、みんなで学校内を巡ろうよ!」


 クラス委員長の提案に、生徒たちは賛同の声を上げる。


 思い出の場所を巡る中、ちはやと蒼太は自然と並んで歩いていた。


「ねえ、蒼太。覚えてる? ここで初めて喧嘩したんだよね」


 ちはやが指差したのは、1年生の時に使っていた教室だった。


「ああ、俺が間違えてお前の上履きを履いちまって……」


「そうそう。あの時は本当に腹が立ったんだから」


 二人は、懐かしむように笑い合う。


 次に訪れたのは図書室。二人にとって特別な場所だった。


「ここで、よく一緒に勉強したよね」


 蒼太の言葉に、ちはやは優しく微笑む。


「うん。蒼太に教えてもらったおかげで、成績上がったんだ」


「いや、俺こそお前に助けられたよ」


 視線が絡み合い、二人は少し照れくさそうに目をそらす。


 体育館、美術室、音楽室……思い出の場所を巡るたびに、二人の心はより近づいていく。


 最後に訪れたのは、校舎の屋上だった。


「ここ、初めて来たかも」


 ちはやが驚いたように言う。


「ああ、俺も」


 二人で手すりに寄りかかり、街を見下ろす。春の柔らかな風が二人の髪を揺らす。


「なあ、ちはや」


「うん?」


「3年間、あっという間だったな」


 蒼太の言葉に、ちはやは静かに頷く。


「そうだね。でも、たくさんの思い出ができた」


「ああ……その中で、お前との思い出が一番多いかもしれない」


 蒼太の素直な言葉に、ちはやは驚いて顔を上げる。


「蒼太……」


 二人の目が合う。言葉にはできない何かが、確実に二人の間で育っていることを感じる。


「ちはや、俺……」


 蒼太が何か言いかけたその時、下から先生の声が聞こえてきた。


「みんな、集合の時間だぞ!」


 我に返った二人は、慌てて屋上を後にする。


 下校時、二人は並んで歩いていた。いつもより少しゆっくりとしたペースで。


「ねえ、蒼太」


「ん?」


「明日の卒業式、緊張するね」


「ああ、でも大丈夫だ。俺たちなら」


 蒼太の言葉に、ちはやは安心したように微笑む。


 校門の前で立ち止まった二人。最後にもう一度、学校全体を見渡す。


「3年間、ありがとう」


 ちはやの小さなつぶやきに、蒼太も静かに頷く。


「ああ、本当にな」


 帰り道、二人は普段より遅いペースで歩いていた。別れるのが惜しいような、そんな気持ちがあった。


「じゃあ、また明日」


「うん、また明日」


 いつもの別れの言葉。しかし今日は、特別な響きを持っていた。


 家に帰っても、二人の心は互いを思い続けていた。最後の登校日を共に過ごし、思い出を振り返ったことで、お互いの存在の大きさを改めて実感する。そして、明日の卒業式で何かが変わるかもしれない。そんな予感が、二人の胸を高鳴らせていた。

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