第20話「ちはや、風邪を引く」

 12月中旬、木枯らしが吹き荒れる寒い日。高城高校の2年A組の教室に、ちはやの姿がなかった。


「おい、千夏。ちはやはどうした?」


 蒼太が、少し心配そうに千夏に尋ねる。


「ああ、風邪で休むって連絡があったわ」


 千夏の言葉に、蒼太の表情が曇る。


(風邪か……大丈夫かな)


 授業中、蒼太の目はちはやの空席を何度も見ていた。


 放課後、蒼太は迷いながらも鷹見家の前に立っていた。手には学校からの配布物と、自分のノートが入ったバッグ。


(来ちゃったけど……本当にいいのかな)


 ためらいながらもインターホンを押す蒼太。


「はい、鷹見です」


 ちはやの母親の声がする。


「あの、蒼太です。ちはやの様子を見に来ました」


 少し緊張した声で答える蒼太。


「まあ、蒼太くん。ありがとう。どうぞ上がって」


 家に入る蒼太。階段を上がり、ちはやの部屋の前で立ち止まる。


「ちはや、蒼太くんが来てくれたわよ」


 母親の声に、部屋の中から微かな返事が聞こえる。


「どうぞ、入って」


 母親に促され、蒼太は緊張しながらドアを開ける。


 ベッドで横になっているちはやが目に入る。普段の元気な姿とは違い、少し蒼白い顔をしていた。


「蒼太……どうしてここに?」


 驚いた様子で、ちはやが小さな声で尋ねる。


「あ、ああ。学校の配布物とノートを持ってきたんだ」


 少し照れくさそうに答える蒼太。


「そう……ありがとう」


 ちはやの声は弱々しかったが、その目には喜びの色が浮かんでいた。


「熱は下がったのか?」


 心配そうに尋ねる蒼太。


「うん、少しずつ。でも、まだ頭がぼーっとする」


 そう言いながら、ちはやは起き上がろうとする。


「おい、無理するな」


 咄嗟にちはやを支える蒼太。その温もりに、ちはやは顔を赤らめる。


「ごめん……ありがとう」


 二人の視線が絡み合う。何か言いたげな表情をするが、結局言葉にはならない。


「あの、今日の授業の内容、説明しようか?」


 気まずさを紛らわすように、蒼太が言う。


「うん、お願い」


 蒼太はノートを開き、今日の授業内容を丁寧に説明し始める。ちはやは、蒼太の優しい声に耳を傾けながら、なんだか幸せな気分になっていた。


(蒼太って、こんなに優しかったんだ……)


 説明が終わり、二人の間に静かな沈黙が流れる。


「なあ、ちはや」


「なに?」


「早く良くなれよ。教室、お前がいないと寂しいんだ」


 蒼太の素直な言葉に、ちはやは驚いて目を見開く。


「う、うん。ありがとう」


 照れくさそうに答えるちはや。その瞬間、二人の心がぐっと近づいたように感じた。


 帰り際、玄関で。


「また明日、様子見に来るよ」


 蒼太がそう言うと、ちはやは嬉しそうに頷いた。


「うん、待ってる」


 扉が閉まった後も、ちはやの胸の高鳴りは収まらなかった。


(この気持ち、もしかして……)


 一方、家路につく蒼太も、複雑な思いを抱えていた。


(俺、ちはやのことを……好きなのかもしれない)


 風邪をきっかけに、二人の心の距離はさらに縮まった。まだ口には出せないけれど、その気持ちは確実に「恋」へと変わりつつあった。


 冬の寒さの中、二人の心には暖かな春の訪れを感じさせるものが芽生えていたのだった。

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