第19話「校内マラソン大会:息遣いに込められた想い」

 12月初旬、冷たい北風が吹き抜ける中、高城高校では恒例の校内マラソン大会が開催されていた。全校生徒が参加するこの行事は、冬の訪れを告げる風物詩とも言えるものだった。


 スタート地点に集まる2年生たち。ちはやは、少し緊張した面持ちで準備運動をしていた。


「大丈夫? ちはや」


 親友の千夏が心配そうに声をかける。


「う、うん。なんとかね」


 強がって答えるちはやだが、内心では不安を感じていた。運動は得意な方ではないのだ。


 その時、後ろから声がかかる。


「おい、ちはや」


 振り返ると、そこには蒼太が立っていた。


「蒼太……」


「無理するなよ。ペース配分が大事だからな」


 蒼太の言葉に、ちはやは少し驚く。いつもなら「頑張れ」とか「負けるな」とか言いそうなのに。


「う、うん。ありがと」


 照れくさそうに答えるちはや。その様子を見て、千夏はニヤリと笑う。


 号砲が鳴り、マラソンが始まる。蒼太は得意の長距離で、すぐに先頭集団に加わっていった。一方、ちはやは中盤集団でペースを保っていた。


(蒼太の言う通り、ペース配分が大事よね)


 そう思いながら走るちはや。しかし、3キロを過ぎたあたりから、徐々に息が上がってくる。


(きつい……でも、諦めちゃだめ)


 必死に前を向いて走り続けるちはや。その時、横を誰かが走り抜けていく。


「がんばれ、ちはや!」


 振り返ると、それは蒼太だった。彼はすでに1周目を終え、2周目に入っていたのだ。


「蒼太……」


 その声に、ちはやは新たな力をもらった気がした。


(私も、頑張らなきゃ)


 残りの距離を必死に走るちはや。最後の直線では、もう足が動かないほど疲れていた。しかし、ゴール近くで待っている蒼太の姿が見えた。


「ちはや! もう少しだ!」


 蒼太の声に励まされ、ちはやは最後の力を振り絞る。


「はぁ……はぁ……」


 ゴールテープを切るちはや。そのまま倒れそうになるところを、蒼太が支える。


「大丈夫か?」


「う、うん……ありがと」


 息を整えながら答えるちはや。二人の視線が絡み合う。


「よく頑張ったな」


 蒼太の優しい言葉に、ちはやは思わず涙が込み上げてくるのを感じた。


「蒼太こそ、すごいわ。1位だったんでしょ?」


「ま、まあな」


 照れくさそうに答える蒼太。その姿に、ちはやは温かいものを感じる。


 給水所で水を飲みながら、二人は他愛もない話をする。疲れているはずなのに、不思議と心地よい。


「ねえ、蒼太」


「ん?」


「私のこと、応援してくれてありがとう」


 真剣な眼差しで言うちはや。蒼太は少し驚いた表情を見せる。


「当たり前だろ。俺たち、同じクラスの……」


 言葉を詰まらせる蒼太。「仲間」と言おうとしたが、何か違う気がして。


「うん、そうだね」


 ちはやも何か言いたげだったが、結局は言葉にできない。


 二人の間に、静かな空気が流れる。それは居心地の悪いものではなく、むしろ心地よいものだった。


 帰り際、ちはやは少しふらついた。


「おい、大丈夫か?」


 蒼太が心配そうに腕を差し伸べる。


「う、うん。ちょっと疲れただけ」


 そう言いながらも、ちはやは蒼太の腕につかまる。その温もりが、妙に心地よく感じられた。


 校内マラソン大会は、二人の心をさらに近づけるきっかけとなった。互いを気遣い、励まし合う中で、友情以上の何かが芽生えつつあることを、二人はうっすらと感じ始めていた。


 まだ恋とは認識していないけれど、その感情は確実に育っている。それは、マラソンのようにゆっくりと、しかし着実に、ゴールに向かって進んでいるのだった。

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