第16話「秋の遠足:紅葉の中で交わる想い」

 11月下旬、澄み切った青空が広がる秋晴れの日。高城高校の2年生は、紅葉狩りを兼ねた遠足に出かけていた。目的地は、市内から少し離れた山間にある古刹、紅葉寺だ。


 バスの中、ちはやは窓際の席に座り、外の景色を眺めていた。紅く色づいた木々が次々と流れていく。


「ねえちはや、なんだか落ち着かない様子ね」


 隣に座った千夏が、にやりと笑いながら言う。


「べ、別に……」


 ちはやは慌てて視線を逸らす。しかし、その目は自然と数列前の席に座る蒼太の後ろ姿に向かっていた。


 バスが目的地に到着し、生徒たちが降り立つ。澄んだ空気と紅葉の香りが、一気に感覚を刺激する。


「よーし、みんな集合!」担任の山田先生が声を上げる。「班ごとに行動するんだぞ。寺に着いたら、各自自由行動だ」


 ちはやは自分の班のメンバーを確認する。そこには……。


「えっ!?」


 思わず声が漏れる。班のメンバーの中に、蒼太の名前があった。


「どうしたの、ちはや?」千夏が不思議そうに尋ねる。


「い、いや、なんでもない……」


 動揺を隠しきれないちはや。その様子を見た千夏は、意味ありげな笑みを浮かべた。


 班ごとに歩き始める生徒たち。ちはやの班は、蒼太を含め5人だった。


「よし、地図はこうなってる。この道を行けば……」


 蒼太がリーダーシップを取り始める。その姿を見て、ちはやは少し驚いた。


(蒼太って、こんなに頼りになるんだ……)


 紅葉に彩られた山道を歩きながら、班のメンバーは楽しく会話を交わしていた。時折、ちはやと蒼太の目が合う。そのたびに、二人は慌てて視線を逸らす。


「あ、ちはや、危ない!」


 急な下り坂で足を滑らせそうになったちはやを、蒼太が咄嗟に支える。


「あ、ありがと……」


 近づいた顔に、二人は息を呑む。周りのメンバーは、にやにやしながらその様子を見ていた。


 やがて、紅葉寺に到着。生徒たちは、美しい紅葉に歓声を上げる。


「わあ、きれい!」

「写真撮ろう!」


 興奮気味の声が飛び交う中、ちはやは少し離れた場所で深呼吸をしていた。


「疲れたか?」


 突然、後ろから声をかけられ、ちはやは驚いて振り返る。そこには蒼太が立っていた。


「ちょっと、驚かさないでよ」


「悪い、悪い」


 蒼太が笑いながら、ちはやの隣に立つ。二人の間に、何か不思議な空気が流れる。


「ねえ、蒼太……」


「ん?」


「この景色、きれいだね」


 ちはやが小さな声で言う。蒼太も優しく微笑む。


「ああ、そうだな」


 二人は黙って紅葉を眺める。風に揺れる紅葉の葉が、二人の間を舞う。


「なあ、ちはや」


「なに?」


「お前と一緒に来れてよかった」


 蒼太の言葉に、ちはやは驚いて顔を上げる。蒼太も、自分の言葉に驚いたように目を見開いていた。


「え、えっと……私も」


 言葉につまりながらも、ちはやは小さく答えた。


 その瞬間、風が強く吹き、ちはやの髪が舞う。蒼太は思わず手を伸ばし、ちはやの髪を耳にかける。


「……っ!」


 お互いの動きに、二人とも息を呑む。


「あの……」

「なあ……」


 同時に口を開いて、また言葉を失う。


 その時、友人たちの声が聞こえてきた。


「おーい、二人とも! そろそろ集合時間だぞ!」


 我に返った二人は、慌てて距離を取る。


「行こう」

「う、うん」


 寺を後にする時、ちはやと蒼太は何となく手をつなぎそうになる。しかし、最後の瞬間で躊躇い、結局そのまま歩き出した。


 帰りのバスの中、二人は別々の席に座っていた。しかし、時折視線が絡み合う。その度に、小さな笑みを交わす。


 紅葉の中で過ごしたこの日は、二人の心をさらに近づけた。まだ口には出せないけれど、確実に芽生えつつある「特別な感情」。それは、紅葉のように鮮やかに、二人の心を彩り始めていたのだった。

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