第15話「打ち上げの夜:ほろ酔いに揺れる想い」

 文化祭の興奮冷めやらぬ11月中旬の夜。2年A組の生徒たちは、近くの家族経営の居酒屋「花みずき」に集まっていた。文化祭の成功を祝う打ち上げパーティーだ。


 店内は賑やかな声と笑い声で溢れている。ちはやは、千夏たちと女子グループで座っていたが、時折、向かいのテーブルに座る蒼太の方をチラチラと見ていた。


「ねえちはや、また蒼太くんの方見てるわよ」


 千夏のからかうような声に、ちはやは慌てて視線を逸らす。


「な、何言ってるのよ! 気のせいじゃない」


 強がるちはやだが、頬は少し赤くなっていた。


 一方、蒼太も時折ちはやの方を見ていた。彼女が楽しそうに笑う姿に、何か温かいものを感じる。


「おい、蒼太。お前、ちはやのこと気になってんだろ?」


 親友の律が、からかうように言う。


「はぁ? 何言ってんだよ」


 蒼太は慌てて否定するが、耳まで真っ赤になっていた。


 宴も佳境に入り、カラオケタイムが始まった。クラスメイトたちが次々とマイクを握る中、ちはやは少し離れた場所で休憩していた。


「疲れた?」


 突然、後ろから声をかけられ、ちはやは驚いて振り返る。そこには蒼太が立っていた。


「ちょっと、驚かさないでよ」


「悪い、悪い」


 蒼太が笑いながら、ちはやの隣に座る。二人の間に、何か不思議な空気が流れる。


「ねえ、蒼太……」


「ん?」


「文化祭、楽しかったね」


 ちはやが小さな声で言う。蒼太も優しく微笑む。


「ああ、そうだな。お前のウェイトレス姿、似合ってたぞ」


「もう、からかわないでよ」


 ちはやが頬を膨らませるが、内心では嬉しさを感じていた。


 その時、店主が特製のフルーツポンチを持ってきた。


「はい、若い人たち用の特製カクテルだよ。アルコールは入ってないから安心して」


 二人は遠慮なくグラスを受け取る。甘酸っぱい香りが漂う。


「美味しい!」


 ちはやが目を輝かせる。蒼太も満足げに頷く。


 気がつけば、二人は他のクラスメイトから少し離れた場所で、静かに話をしていた。文化祭の思い出、学校生活、将来の夢……話題は尽きない。


「ねえ、蒼太は将来何になりたいの?」


「俺か? まあ、できれば野球を続けていきたいかな」


「へえ、プロ野球選手? かっこいいじゃない」


 ちはやの言葉に、蒼太は少し照れくさそうに頭を掻く。


「お前は?」


「わたし? まだ分からないけど……人の役に立つ仕事がしたいな」


 真剣な表情で語るちはやに、蒼太は思わず見とれてしまう。


(こんな一面もあるんだな……)


 気づけば、二人の距離はいつの間にか縮まっていた。肩が触れ合うほどの近さ。しかし、誰も気づかないふりをしている。


 店内では、クラスメイトたちがカラオケで盛り上がっている。その賑やかな音が、二人を包み込む。


「ねえ、蒼太」


「ん?」


「なんだか、不思議な気分」


 ちはやがぼんやりと言う。蒼太も同じように感じていた。


「ああ、分かる気がする」


 二人は、何か言葉にできない感情を共有していた。それは、友情でもなく、単なる好意でもない。もっと深く、暖かいもの。


 窓の外では、紅葉した木々が夜風に揺れている。その光景を見つめながら、二人は静かに時を過ごした。


 帰り際、玄関で靴を履き替えながら。


「ねえ、蒼太」


「ん?」


「今日は……楽しかった」


 ちはやが小さな声で言う。蒼太も優しく微笑む。


「ああ、俺も」


 二人の間に、新しい何かが芽生えつつあることを、お互いが感じ始めていた。それはまだ、はっきりとした形にはなっていない。でも、確かに存在する温かな感情。


 打ち上げの夜は、二人の心をさらに近づけた。まだ気づいていないだけで、その感情は確実に「恋」という名前に変わりつつあったのだ。

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