第14話「文化祭の舞台裏:高鳴る心、交差する視線」

 秋の深まりを感じさせる11月初旬。高城高校の校内は、文化祭の準備で慌ただしい雰囲気に包まれていた。2年A組の教室は、喫茶店「Cafe Serendipity」に変身しつつあった。


 ちはやは、ウェイトレスの衣装に身を包み、緊張した面持ちで鏡の前に立っていた。


(こんなの似合わないわ……)


 自信なさげに呟くちはや。その時、後ろから声がかかる。


「おい、ちはや。制服、似合ってるじゃないか」


 振り返ると、ウェイターの衣装に身を包んだ蒼太が立っていた。


「え? あ、ありがと……」


 思わず顔が赤くなるのを感じるちはや。蒼太も、自分の言葉に照れたように視線を逸らす。


「よーし、みんな! あと30分で開店よ!」


 クラス委員長の声に、生徒たちの動きが慌ただしくなる。


 ちはやと蒼太は、カウンターでメニューの最終確認をしていた。


「ねえ、この抹茶ミルクかき氷、本当に美味しいのかな?」


 不安そうに尋ねるちはや。


「大丈夫だよ。昨日の試作、うまくいったじゃないか」


 蒼太が自信を持って答える。その言葉に、ちはやは少し安心する。


「そうね。あなたが美味しいって言ってくれたもんね」


 その瞬間、二人の目が合う。何か言いかけて、でも言葉に詰まる。


「あの……」

「なあ……」


 同時に口を開いて、また言葉を失う。


「なに?」

「いや、お前が先に」


 気まずい沈黙が流れる中、突然の歓声が二人を現実に引き戻した。


「わあ! すごい行列!」


 窓の外を指差す千夏。廊下には、すでに長蛇の列ができていた。


「よし、みんな! 頑張るぞ!」


 蒼太の掛け声に、クラスメイトたちが応える。


 開店と同時に、cafe に客が押し寄せる。ちはやは緊張しながらも、笑顔でオーダーを取っていく。


「いらっしゃいませ! ご注文は?」


 慣れない接客に戸惑いながらも、一生懸命な姿が客に好評だ。


 一方、蒼太もテキパキと動き回っている。時折、ちはやと目が合うと、お互いに小さく頷き合う。


 昼過ぎ、一時的に客足が落ち着いた時。


「ちはや、ちょっと休憩しろよ。顔色悪いぞ」


 心配そうに声をかける蒼太。


「大丈夫よ。まだ頑張れる」


 強がるちはやだが、足元がふらつく。


「おい!」


 咄嗟にちはやを支える蒼太。近づいた顔に、二人は息を呑む。


「あ、ありがと……」


 ちはやが小さな声で言う。蒼太も、照れくさそうに頷く。


「休憩室で少し休め。俺が代わりに立つから」


 優しく諭す蒼太に、ちはやは素直に頷いた。


 休憩室で一息つくちはや。窓から見える校庭に、紅葉した木々が風に揺れている。


(蒼太のやつ、意外と気が利くんだな……)


 そう思った瞬間、自分の心の変化に気づく。


(え? 私、今何考えてたの?)


 戸惑いを感じつつも、温かな気持ちが胸に広がる。


 夕方、閉店間際。疲れた表情ながらも、達成感に満ちた笑顔が教室に溢れていた。


「お疲れ! 大成功だったわ!」


 千夏が嬉しそうに言う。クラスメイトたちも口々に喜びの声を上げる。


 その中で、ちはやと蒼太はお互いを見つめ合っていた。言葉にはできないが、何か特別なものを感じている。それは、共に頑張った仲間以上の、温かな感情。


「ねえ、蒼太……」


 ちはやが何か言いかけた時、突然の歓声が響く。


「みんな! 売上、目標の倍以上だって!」


 クラス委員長の発表に、教室が沸き立つ。


 興奮の渦の中、ちはやと蒼太は再び目を合わせる。言葉にはできなくても、二人の間に確かな絆が生まれていることを感じていた。


 文化祭の舞台裏で、二人の心はさらに近づいていた。まだ気づいていないだけで、その感情は確実に「好き」という名前に変わりつつあったのだ。

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