第13話「テスト週間」

 秋も深まり、木々が紅葉し始めた10月下旬。高城高校では、中間テスト週間を目前に控え、生徒たちの間に緊張感が漂っていた。


 2年A組の教室。放課後、残った生徒たちが思い思いに勉強している中、ちはやは数学の問題集と格闘していた。


(もう……全然分かんない!)


 ため息をつくちはや。その時、隣の席からぽつりと声が聞こえた。


「おい、ちはや。そこの問題、間違ってるぞ」


 振り向くと、蒼太が自分のノートを覗き込んでいた。


「なによ、人のノート見てー!」


 ちはやが慌てて隠そうとするが、蒼太は構わず説明を始める。


「ここな、こうやって解くんだよ」


 蒼太がペンを取り、ちはやのノートに書き込み始める。


「ちょっと、勝手に書かないでよ!」


 抗議するちはやだが、蒼太の説明を聞いているうちに、徐々に理解が深まっていく。


「へえ……そうやるんだ」


 素直に感心するちはや。蒼太は、少し照れくさそうに頷く。


「ま、まあな。お前、数学苦手だもんな」


「うるさいわね。英語だってあんたの方が出来ないくせに」


 ちはやが意地悪く言い返す。しかし、その言葉に蒼太は意外な反応を示した。


「そうだな……実は、英語の助けが欲しかったんだ」


「え?」


 驚くちはや。蒼太が素直に弱みを見せるのは珍しかった。


「じゃあ……教えてあげてもいいわよ」


 少し照れくさそうに言うちはや。蒼太の顔が明るくなる。


「ほんとか? 助かるよ」


 こうして、二人は互いの得意分野を教え合うことになった。


 数学を教える蒼太は、意外にも丁寧で分かりやすかった。ちはやは、今まで気づかなかった蒼太の一面を見て、少し驚いていた。


「ねえ、この公式ってどうやって覚えるの?」


「ああ、俺はこんな風に語呂合わせで覚えてるんだ」


 蒼太が教えてくれた覚え方に、ちはやは思わず笑みがこぼれる。


「へえ、意外と面白いじゃない」


 一方、英語を教えるちはやも、熱心だった。


「ほら、ここの関係代名詞は、こう使うのよ」


 ちはやの説明に、蒼太は真剣に聞き入っていた。


「なるほど……お前、教え方上手いな」


 素直な褒め言葉に、ちはやは少し照れる。


「べ、別に……当たり前でしょ」


 時間が経つのも忘れて、二人は勉強に没頭していった。窓の外では、夕日が赤く空を染めていた。


「あ、もうこんな時間!」


 ちはやが慌てて時計を見る。蒼太も驚いた表情を浮かべる。


「マジか、部活の時間過ぎてた……」


 急いで荷物をまとめる二人。しかし、何か言いたげな表情で互いを見つめ合う。


「あの……」

「なあ……」


 同時に口を開いて、また言葉を失う。


「なに?」

「いや、お前が先に」


 気まずい沈黙が流れる。


「その……ありがと。教えてくれて」


 ちはやが小さな声で言う。蒼太も照れくさそうに頷く。


「ああ、こっちこそ。助かったよ」


 二人は、何か新しいものが芽生えたような気がしていた。今までにない、温かな感情。


 教室を出る時、ちはやがふと立ち止まる。


「ね、明日も……一緒に勉強する?」


 その言葉に、蒼太は少し驚いたような、でも嬉しそうな表情を浮かべた。


「ああ、いいな」


 二人は、互いに小さな笑みを交わした。


 テスト週間の勉強は、二人の関係に新たな一歩をもたらした。互いの良さを認め合い、支え合う。そんな気持ちが、少しずつ芽生え始めていた。


 夕焼けに染まる校舎を背に、二人は別々の道を歩き始めた。しかし、その心はどこか通じ合っていた。明日また会える。その思いが、二人の胸を温かく満たしていた。

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