第12話「スポーツ大会」

 秋晴れの空が広がる10月初旬。高城高校の校庭には、熱気と歓声が満ちていた。毎年恒例のスポーツ大会の日。2年A組の生徒たちは、赤いハチマキを頭に巻き、意気揚々としていた。


「よーし、みんな! 優勝目指して頑張るぞ!」


 クラス委員長の声に、生徒たちが歓声で応える。その中で、ちはやは少し緊張した面持ちでいた。


(あいつ、大丈夫かな……)


 ちはやの視線の先には、準備運動をしている蒼太の姿があった。


「おーい、ちはや!」


 声をかけてきたのは、親友の千夏だった。


「どうしたの? なんだか落ち着かない様子ね」


「べ、別に……」


 ちはやは慌てて視線をそらす。しかし、千夏の鋭い観察眼は、その様子を見逃さなかった。


「もしかして、蒼太くんのこと気にしてる?」


「な、何言ってんのよ! あんなの、どうだっていいわ」


 強がるちはやだが、その頬は少し赤くなっていた。


 プログラムが進み、いよいよ蒼太が出場する100メートル走の時間がやってきた。


「蒼太、頑張れー!」


 クラスメイトたちが声を揃えて応援する。ちはやも、小さな声で「頑張って」とつぶやいた。


 選手たちがスタートラインに並ぶ。緊張感が高まる中、ピストルの音が鳴り響いた。


 一斉に飛び出す選手たち。その中で、蒼太の姿が徐々に前に出ていく。


(速い……!)


 ちはやは思わず息を呑んだ。蒼太の走りには、力強さと美しさがあった。


 そして、ゴール。


「やったー! 蒼太、1位だ!」


 クラスメイトたちの歓声が上がる。ちはやも思わず立ち上がり、拍手をしていた。


 勢いよく走り抜けた蒼太は、ゴール後もしばらく走り続けていた。そして、ふと立ち止まると、クラスメイトたちの方を向いた。


 その時、蒼太とちはやの目が合う。


(あ……)


 ちはやは、急に胸がドキドキするのを感じた。汗で輝く蒼太の姿に、今まで気づかなかった魅力を感じる。


 一方の蒼太も、応援席にいるちはやの姿を見つけ、何か言いたげな表情をしていた。しかし、周りのクラスメイトたちに囲まれ、その機会を逃してしまう。


「すごかったね、蒼太くん!」

「さすが、運動神経いいだけあるよ」


 称賛の声が飛び交う中、蒼太は照れくさそうに頭を掻いていた。


 その後も、様々な競技が行われた。クラス対抗リレーでは、蒼太がアンカーを務め、見事優勝。ちはやは、その姿を誇らしげに見守っていた。


 昼休憩の時間。ちはやは、友人たちと昼食を取っていた。


「ねえちはや、さっきからずっと蒼太くんの方見てない?」


 千夏のからかうような声に、ちはやは慌てて弁当に目を向ける。


「そ、そんなことないわよ!」


 強がるちはやだが、内心では自分の気持ちの変化に戸惑いを感じていた。


(私、どうしちゃったんだろ……)


 午後のプログラムが始まり、最後の目玉イベント、クラス対抗綱引きの時間がやってきた。


「よーし、みんな! ここで優勝決めるぞ!」


 蒼太が先頭に立ち、クラスメイトたちを鼓舞する。その姿に、ちはやは思わずドキッとした。


 激しい攻防が続く綱引き。2年A組は、蒼太を中心に一致団結して頑張っていた。


「もう少し! 頑張れー!」


 ちはやも、大きな声で応援する。


 そして、ついに決着の瞬間。


「やったー! 優勝だー!」


 歓喜に沸く2年A組。蒼太は、嬉しさのあまり思わずちはやの方を見た。


 二人の目が合う。お互いに何か言いたげな表情をするが、周りの騒がしさに阻まれ、言葉を交わすことはできなかった。


 閉会式が終わり、片付けを始める生徒たち。ちはやは、少し離れた場所で作業をしている蒼太の姿を、こっそり見つめていた。


(今日の蒼太、かっこよかったな……)


 その思いに、自分でも驚く。いつもケンカばかりしている相手なのに、こんな風に思ってしまう自分に戸惑いを感じる。


 一方の蒼太も、ちらちらとちはやの様子を窺っていた。


(なんだろう、今日のちはや、なんか……違って見える)


 二人の心に、確実に変化が訪れ始めていた。それは、まだ言葉にできない、微妙な感情の芽生え。


 スポーツ大会は、二人の関係に新たな風を吹き込んだ一日となった。

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