第11話「家族ぐるみの食事会」

 夏の終わりを告げる蝉の声が、まだかすかに聞こえる9月初旬の夕暮れ時。鷹見家の玄関に、鳴海家の3人が到着した。


「いらっしゃい! お待ちしてたわ」


 ちはやの母、鷹見美咲が笑顔で出迎える。


「お邪魔します」


 蒼太の両親が丁寧にお辞儀をする。蒼太は少し気恥ずかしそうに、ちはやの姿を探していた。


 リビングに案内される蒼太。そこで待っていたのは、エプロン姿のちはやだった。


「あ……」


 思わず声が漏れる。いつもと違う、家庭的な雰囲気のちはやに、蒼太は目を奪われてしまう。


「なによ、そんな変な顔して」


 ちはやが少し頬を赤らめながら言う。


「い、いや、別に……」


 蒼太も顔を背けながら答える。


 両家の両親たちは、そんな二人の様子を見て、にやりと笑い合った。


「さあ、テーブルについて」


 ちはやの父、鷹見健一が促す。


 食卓には、色とりどりの料理が並んでいた。


「わあ、豪華ね」


 蒼太の母、鳴海優子が感嘆の声を上げる。


「ちはやが張り切って作ったのよ」


 美咲が娘を自慢げに紹介する。


「へえ、ちはやが作ったのか」


 蒼太が驚いた表情を浮かべる。


「なによ、そんなに意外?」


 ちはやが少し怒ったように言う。


「いや、すごいなって……」


 蒼太の素直な感想に、ちはやは「ふん」と鼻を鳴らしたが、内心では嬉しさを感じていた。


 食事が始まり、和やかな雰囲気に包まれる。


「そういえば、二人とも最近仲良くなったみたいね」


 優子が、にこやかに言う。


「えっ!? 誰が仲いいなんて……」

「は? 誰がこいつと……」


 同時に声を上げる二人。しかし、その様子が却って仲の良さを物語っているようで、大人たちは笑いを堪えていた。


「そうそう、昔は本当によく一緒に遊んでたわよね」


 美咲が懐かしそうに言う。


「ええ、覚えてる? 幼稚園の時、二人で『大きくなったら結婚する』って言ってたのよ」


 優子の言葉に、ちはやと蒼太は顔を真っ赤にする。


「なっ……何言ってんだよ!」

「もう、お母さん! そんな昔のこと……」


 慌てて否定する二人。しかし、心の奥底では、その幼い約束を密かに覚えていた。


 食事が進むにつれ、会話も弾んでいく。両親たちは学生時代の思い出話に花を咲かせ、ちはやと蒼太は、知らなかった親の一面を知って驚いていた。


「ねえ、デザート食べる? アイス作ったんだけど」


 ちはやが立ち上がりながら言う。


「お、自家製アイス? 食べたい」


 蒼太が思わず目を輝かせる。


 キッチンに向かうちはや。その後ろ姿を、蒼太はじっと見つめていた。


(なんだろう、この気持ち……)


 家庭的なちはやの姿に、蒼太は心がざわつくのを感じる。


 一方、キッチンでアイスを取り分けるちはや。


(なんで、あいつの前だとこんなに緊張するんだろ……)


 蒼太の反応を気にしている自分に、戸惑いを感じていた。


 デザートを食べながら、さらに話が弾む。学校での様子や、将来の夢など、話題は尽きない。


 帰り際、玄関先で。


「ごちそうさま。美味しかったよ」


 蒼太がちはやに小声で言う。


「そう……よかった」


 ちはやも小さく答える。


 二人の間に、何か新しい空気が流れ始めていた。それは、まだ言葉にできない、微妙な感情の芽生え。


 家族ぐるみの食事会は、二人の関係に小さな、しかし確かな変化をもたらした夜となった。

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