第9話「相合い傘」


 梅雨のさなか、どんよりとした曇り空が広がる朝。

 

 ちはやは急いで家を出た。


(やばい、遅刻しちゃう!)


 小走りで通学路を進む。と、空から大粒の雨が落ちてきた。


「え? 雨?」


 慌てて鞄を探るが、傘が見当たらない。


(うそ……忘れた?)


 途方に暮れるちはや。その時、後ろから声がかかる。


「おい、ちはや!」


 振り返ると、蒼太が傘を差して走ってきた。


「蒼太……」


「何やってんだよ。傘も持たずに」


 蒼太が呆れたように言う。


「忘れちゃって……」


 ちはやが申し訳なさそうに答える。


「はぁ……しょうがないな。ほら、入れよ」


 蒼太が傘を差し出す。


「え? でも……」


「いいから早く。濡れるぞ」


 ちはやは恥ずかしそうに傘の中に入る。


 二人で一つの傘。自然と体が寄り添う。


「……ありがと」


 小さな声でお礼を言うちはや。


「気にすんな」


 蒼太も少し照れくさそうだ。


 雨音だけが響く中、二人は黙って歩を進める。

 

 時折、肩が触れ合う。


(なんか、ドキドキする……)


 ちはやは自分の鼓動が早くなっているのを感じた。


 蒼太も、普段より緊張した面持ちだ。


「なあ」


「うん?」


「お前、最近よく遅刻しそうになるな」


 蒼太が話を切り出す。


「う、うん。なんか忙しくて……」


「応援団長の仕事か?」


「それもあるけど……家のこととか」


 ちはやの声が少し暗くなる。


「家のこと?」


 蒼太が心配そうに尋ねる。


「うん。お母さんが体調崩しちゃって。家事とか、手伝ってて」


「そうか……大変だな」


 蒼太の声に、優しさが滲む。


「でも、大丈夫。頑張るから」


 ちはやが明るく答える。


「そうか。でも、無理すんなよ。困ったことあったら、言えよ」


 蒼太の言葉に、ちはやは驚いて顔を上げた。


「蒼太……」


 その瞬間、足を踏み外しそうになる。


「わっ!」


「危ない!」


 咄嗟に蒼太がちはやを支える。

 

 二人の顔が、間近に迫る。


「……っ!」


 お互いの吐息を感じ、慌てて顔を離す。


「ご、ごめん……」


「い、いや……大丈夫か?」


 二人とも顔を真っ赤にしている。


 そんな二人の姿を、後ろから歩いてきた千夏と律が目撃した。


「あら……」


「おっと」


 千夏と律は顔を見合わせ、にやりと笑う。


 学校に着くと、雨は上がっていた。


「じゃ、教室で」


 蒼太が傘を畳みながら言う。


「うん。ありがとう、蒼太」


 ちはやが柔らかな笑顔を向ける。


 その日以来、雨の日は二人で傘を共有するのが自然となった。

 

 そして、二人の心の距離も、少しずつ縮まっていった。

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