第7話「放課後の掃除当番」

 梅雨入り間近の6月初旬。じめじめとした空気が校内を包む中、2年A組の教室に掃除当番の割り当て表が貼り出された。


「えっ!?」


 ちはやは思わず声を上げた。今週の掃除当番に、自分の名前と並んで蒼太の名前があったのだ。


(まさか、二人きり?)


 不安と戸惑いが入り混じった複雑な気持ちでいっぱいになる。


 放課後。

 

 教室に残ったのは、ちはやと蒼太だけだった。


「じゃあ、始めるか」


 蒼太が淡々と言う。


「う、うん……」


 ちはやは小さく頷いた。


 二人は無言で掃除を始める。ちはやがほうきで床を掃き、蒼太が黒板を消す。静かな教室に、ほうきの音と黒板消しの音だけが響く。


(なんか、気まずい……)


 ちはやは時折、蒼太の方をチラチラと見る。蒼太も同じように、ちはやの様子を窺っているようだ。


「あの……」

「おい……」


 二人が同時に口を開く。


「あ、ごめん。なに?」

「いや、お前が先に」


 また同時に言葉を発し、思わず笑ってしまう。


「ふふっ、なんか変な感じ」


 ちはやが小さく笑う。


「ああ、そうだな」


 蒼太も少し緊張がほぐれたように見える。


「それで、なに?」


 ちはやが尋ねる。


「ああ、その……掃除、慣れてるか?」


 蒼太の意外な質問に、ちはやは少し驚く。


「え? まあ、家でもよくやってるし」


「そうか。俺、あんまり得意じゃなくて……」


 蒼太が少し照れくさそうに言う。


「へえ、意外。なんでも出来る人だと思ってた」


「いや、そんなことないぞ。お前こそ、料理上手いんだろ?」


 蒼太の言葉に、ちはやは驚いた。


「え? どうして知ってるの?」


「ああ、前に文化祭でお前が作ったお菓子、すごく美味しかったから」


 蒼太が少し照れくさそうに答える。


「そ、そう……」


 ちはやは顔が熱くなるのを感じた。


(蒼太、覚えててくれたんだ……)


 二人の会話が自然と弾み始める。


「ねえ、掃除の仕方、教えようか?」


「ああ、助かる」


 ちはやは蒼太に掃除の基本を教え始めた。ほうきの使い方、雑巾の絞り方など、丁寧に説明する。


「こうやって、隅々まで拭くんだよ」


 ちはやが机を拭いて見せる。


「なるほど。じゃあ、こう?」


 蒼太も真似して机を拭き始める。


「うん、そんな感じ!」


 二人で協力しながら、教室を隅々まで掃除していく。最初の気まずさは消え、和やかな雰囲気に包まれていた。


 窓を開けると、梅雨前の蒸し暑い風が入ってくる。


「ちょっと暑いね」


 ちはやが額の汗を拭う。


「ああ。ほら」


 蒼太がペットボトルの水を差し出す。


「あ、ありがと」


 ちはやが受け取ると、指先が触れ合う。

 

 二人は少し慌てて手を離した。


「……」

「……」


 気まずい沈黙が流れる。


 その時、外から雷の音が聞こえた。


「わっ!」


 驚いて思わず蒼太に寄り掛かるちはや。


「大丈夫か?」


 蒼太が心配そうに尋ねる。


「う、うん。ごめん、びっくりして……」


 ちはやが慌てて身を離す。


 窓の外を見ると、雨が降り始めていた。


「雨か……」


 蒼太がつぶやく。


「傘、持ってきてない……」


 ちはやが不安そうに言う。


「俺のでよければ、一緒に帰るか?」


 蒼太の提案に、ちはやは驚いて顔を上げた。


「え? で、でも……」


「いいから。折りたたみ傘だけど、二人なら入れるだろ」


 蒼太の優しい言葉に、ちはやは小さく頷いた。


「……うん、ありがと」


 掃除を終え、二人で傘を差して帰路につく。

 

 狭い傘の中、肩が触れ合うほどの距離。二人の心臓の鼓動が少し早くなる。


 この日の放課後の掃除当番は、二人の距離をほんの少し縮めるきっかけとなった。

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