第18話 終わるとき


 いつものように家でゴロゴロしていると、浅沼大史から連絡がきた。

 暇だから遊ぼうぜ、のそれだけ。これと言って断る理由がなかった俺はその誘いに乗った。家にいるのも飽き飽きしていたということもある。


 そして例によってやってきたのは、またしてもバッティングコーナー。皆がボウリングやカラオケなど、他のレジャー施設に大枚叩いているというのに、俺たちは小銭をせせこましく投入している。


 二回目と言うことで、俺も130㎞/hに挑戦してみたが、無惨に散る羽目となった。こうして大史がえっちらおっちら打っているのを見ると俺もいけそうな気がしてくるのだが、どうやら気のせいだったらしい。


「あ~……打った打った~」


 クレジットが切れると、大史は後片付けを済ませて満足げに戻ってきた。場所取り代わりに置いてあったタオルを拾い、軽く汗を拭うとそのまま俺の隣に座る。

 さっきから交代で打っているので、今度は俺の番だ。

 俺は大史の隣から逃げるようにバッターボックスへ向かった。何を隠そう、大史と何を話したらいいのかわからないのである。彼は俺のことを友達だと言ってくれ、その上で今日も誘ってくれたのだが、今のところ「よう」と「おお」くらい2パターンしか口にしていない。最後にコイツと話したのいつだっけって感じ。前はもう少し話せてた気がするんですけどね。


「待てよ」

「お?」


 ドアノブに手を掛けたところで呼び止められたので、足を止めて振り返った。


「話があるんだ」

「話? え、どうぞ」


 話したいことがあるならどうぞと大史に発言権を譲る。


「戻ってこい」


 大史は自身の隣を叩き、ここに座れと圧を発する。断る理由もなければ、断る力もない俺は言われるがままベンチに腰を掛けた。


「それで、話は?」

「これをお前に言うか迷ったんだけどよ。一応言っておこうと思ってな」

「ほう」

「もしかしたら知ってるかもしれないが、最近噂されてんぞ」

「噂?」


 そんな人に噂されるようなことしたか? と我が身を振り返る。真っ先に浮かんできたのは、学校のプールに侵入したことだ。確かに、あれは公になると少々厄介。しかしなぜバレた?


「陽菜と高瀬が付き合ってるって噂だよ」

「あー……そっちね。って、俺と石川が付き合ってる? そんなわけないだろ」


 よかった~、プールのことバレてなかった~と安堵したのも束の間、別ベクトルで面倒くさそうな噂が流れていたことを知る。


「だよな。まぁ、俺もお前から今の言葉を聞くまでは半信半疑だったけど。てか、今別の何かを想像してるっぽかったけど?」

「なんでもない。それで、その噂とやらの情報源は?」

「SNSだ。陽菜とお前が一緒にいるところを見たって発信した奴がいてよ。他にも目撃情報があったらしく、信憑性って奴が高くなっちまってんだ。陽菜もだんまりでよ」

「ただの友達だよ~、の一言で納得してもらえるとも思わないからな」


 俺はSNSを交友関係に使っていないので、知る由もない。多分、調べても鍵垢だったりで実際に確かめることはできないのだろう。

 にしても陽菜の奴、だんまりとは。炎上した芸能人かよ。立ち位置的にそんなに間違いではないんだけど。


「でもよ、そんな人目につくくらいお前ら一緒にいるのか?」

「いや? 夏休み中も数えるほどだぞ」

「数えるほど会ってんのかよ」


 大史は急に訝しげな眼を向ける。

 本当に数えるくらいだ。アルバムの中間発表と、学校のプール。あとはこないだ等々力渓谷に行った。

 よくよく考えてみれば、観光地に男女で行くとなれば、それは傍から見ればデートであり、俺たちの関係を説明したところでそれは弁明になりそうもない。ただ付き添いのカメラマンがいるだけなんだよな。


「お前らが仲良くする分には別に構わねえけど、それをよく思わない連中は多いからよ。気をつけろよって忠告だ」

「優しいんだな」

「まぁな。高瀬は友達だからな」

「なんか胡散くさいな。これフィクションだったら、実は噂を流している張本人はお前だったみたいなオチになるぞ」

「メタいことを言うな。実際、身近な奴ってこともあるし。心当たりはあったりするのか?」

「いや、他に身近って奴がいない」

「お前さ……なんで友達いないの? そういう縛りプレイでもしてんのか?」


 まったく信じられんとでも言いたげな顔をしている。

 人間関係や人の顔色を窺うこと、気を遣うのが面倒くさいという理由でどうでもよくなった、と包み隠さず答えるのは如何なものだろうと過ったので、適当に「さぁ、なぜだろう?」と馬鹿なふりをしておいた。


「寂しくないのかよ」

「別に。一人でも楽しいし」

「重症だな」

「おい、人の価値観を押し付けるな。俺がおかしいかどうかは俺が決める」

「自分は正常だとでも言いたいのか?」

「そこそこ異常」

「それなら今なぜ食い下がった?」

「癪だったから」

「……まぁいいわ。一応忠告したからな」

「それについては礼を言っておく。ありがとう」

「話すことも話したし、打ち直しと行くか!」


 立ち上がった大史は、かっ飛ばしてやるぜと肩を回してバッターボックスへ向かった。


「次、俺の番では?」





         ×××





「……と言うわけなんだが」


 その日の夜、大史から聞かされた内容について、電話で陽菜に伝えた。


「う~ん。知っちゃったか」


 スピーカー越しでも陽菜の残念がっている様子が伝わってくる。それは俺にとって予想外の反応だ。「それはいけない。早速対策せなば!」くらいのテンションが返ってくると思っていた。

 それではまるで知っていて、あえて俺に教えていなかったみたいに聞こえる。大史が知っているくらいなのだから、本人が知らないと言うのも無理がある。


「高瀬くんに変な気を遣わせちゃうかな、って思ってさ、言わないでおいたんだよね」

「その気遣いはありがたいが、色々と面倒なのは石川の方じゃないのか?」

「面倒って?」


 陽菜はピンと来ていないと聞き返してきた。


「いや、俺と付き合っていると勘違いされてるんだろ」

「私は勘違いされても構わないけど」

「……っ!?」


 突然のカミングアウトに思わず絶句する。聞き間違いではないかと、自分の耳に疑ったところ、間違いではないそうだ。


「ああ~、違う違う。勘違いしないで。私が誰かと付き合っているってことになってる方が都合良いなって思ってるだけだから。そうなれば、告白されるってこともなくなるしさ」


 誤解を解きながら、言葉の真意を話す。

 詳しくは知らないが、陽菜はかなり人気がある。引く手数多な彼女は、常日頃から男女交際を申し込まれている、という話はよく聞く。その気がない人間にとって、告白されると言うのはそれなりの苦痛だ。簡単に振ることで、相手を傷つけてしまいかねない。数をこなしていると言っても、後腐れないように対応するのは陽菜にとっても辛いことなのだろう。それなら彼女自身が言っていたように、誰かと付き合っていることにしてしまった方が楽なのかもしれない。


「でもごめん。よく考えたら、それって高瀬くんに迷惑かけるもんね。じゃあ、もう終わりにしよっか」

「え……、ああ」


 あっさりとした終わりが告げられた。

 一瞬、頭が真っ白になり、ぽっかりと胸に穴が開いたような感覚を覚える。

 俺は動揺を隠すのに必死だった。何かが喉元まで込み上げてくるけれど、それは言葉にならない。


「高瀬くんのおかげでアルバム、もう少しで完成するんだよ」


 陽菜はいつもの調子で嬉しそうに話す。それに俺は、いつものように返せる自信がなくて言葉を発することができなかった。


「本当にありがとね。助かったよ。頼んだのが、高瀬くんで良かった」


 告げられる感謝の言葉。

 俺はそれをありがたく受け止めるべきなのだろう。見返りを求めてはいけない。陽菜の頼みを引き受けたあの時、俺は確かに何も望んでいなかったのだから。

 それがどうして、今はこんなに苦しいのだろう。


 自分に嘘をつき、強がっていた。本当は気づいていたのに、俺はそれに気づいていないフリをしていた。


 知らず知らずのうちに俺は石川陽菜のことを好きになっていた。


 でも、それは陽菜の相手をするのに不要で、求められていない感情だったから、なんでもない自分を装ったのだ。そうしたからこそ、この時まで陽菜との関係を続けることができた。

 すぐにでも露わにしようものなら、この関係はずっと早くに解消していただろう。


 これでいいのだ。終わりの時が来たのなら、俺はそれを受け入れるべきだ。


 さよならも、ありがとうの一言も告げず、通話を切る。

 平然を装って、言葉を紡ぐことはできなかったからだ。

 すぐにスマホの電源を落とし、自分自身を外界から隔離する。それしか、己を守る術が思いつかなかった。


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