太陽少女の専属カメラマンになりました
M2
第1話 太陽少女
石階段に木漏れ日が射す。
すっかり夏と呼ぶにふさわしい気候になった。汗がシャツに染みこみ、わずかながらに蒸気を発している。小粒だった首筋の汗がいつの間にか平たく伸ばされていた。
「高瀬くん、遅いよ~」
ふと上から自分の名前が呼ばれる。活気に満ちた元気な声だ。
長らく段差ばかりに目を向けていた気がする。正面だけを見ていればそうなるのも当然で、特に意識した結果ではない。
少し無理をして見上げると、十段以上先を行く美少女の姿が目に映る。
服装は白と黒の共演。
黒いキャップ、半袖の白パーカー、黒のショートパンツ。背負う小さめのリュックも黒と見事なまでのコントラストだった。腰辺りまで伸びた明るめの茶色い髪が際立つファッションと言える。大規模な徒歩を想定された運動靴は厚底で、華奢な脚に良く似合っていた。
木漏れ日の射す石階段で手招きをする美少女。
これまで過ごしてきた人生の中でも有数の絶景と言える。
思わず首から下げているフィルムカメラを手にし、レバーを引くことでフィルムチャージする。シャッターボタンに左手の人差し指を添えて、ファインダーを覗いた。
見えている世界は数秒前と変わらない景色。ファインダーを通して覗く分、自分の視界よりも窮屈にも思えるが、そんな話は今更だ。
ブレはなく、あとはシャッターボタンを押すだけ。ただ、それ以上先に進むことはなくフラッシュが焚かれることはなかった。カメラを下ろし、手を離す。
フィルムの残数が惜しいとか、そんなケチケチした話ではない。
「なんで今撮らなかったの?」
軽い足取りで降りてきた石川陽菜が問いかける。眉をひそめ、訝しんでいた。
「わからない」
撮らなかった理由を自分でも上手く言語化することができなかった。
「え~……」
陽菜は納得いかない表情で残念がる。しかし、次の瞬間にはぱっと表情を切り替えていた。
「まだまだ江ノ島観光は始まったばかりだからね! シャッターチャンスはまだまだあるよ」
持ち前の明るさを見せつけ、また階段を上り始める。時折こちらに振り向いては「早くおいでよ」と急かすように手招きする。どれだけ急かされようと俺が急ぐことはなく、そのたびに階段の頂上で待っている陽菜に渋い顔をされた。
これと言って特徴を持たない、特徴がないことこそ特徴みたいな俺のような人間が、クラスの人気者である石川陽菜と休日に二人で出かけている。
そもそもどうしてこうなったのか、少し時を遡ることになる。
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