悪魔の行方⑶



「"あの日"のこと、行政長官殿が魔物に襲われたから治療しろとヨハネス元帥から直々に命令されまして。聞けば、ギルディアでの争いごとの最中の負傷、しかも重症──魔物の攻撃を左眼球に受け、そのまま意識不明とのこと。もともとギルディア国内で行政長官殿の治療を行うための十分な施設がなかったため、そばにいた王家職員が魔導書館に助けを求めた」


「──そのことが、たまたま魔導書館にいた元帥の耳に入り、魔導書経由でシエント帝国へ搬送するため、緊急治療せよとのお達しでした」


「──搬送後、緊急手術をしました。左目より刃渡りにしておよそ12センチの刃を摘出。結果、命は取り留めましたが、左眼球損失。また刃の先が脳まで到達し、わずかですが損傷もあったため、今日まで意識が戻らなかった。……最悪一生意識が戻らないことを、ギルディア政府の皆さんには覚悟してもらったほどです」


「──とはいえ、本当に奇跡的に意識を取り戻し、ご回復なされたのは大変喜ばしいことです。ただ、まだ意識を取り戻されたばかりですので無理は禁物です。ギルディアの今後を思えば、それもなかなか難しいことと存じますが、無事に収束するよう我々は祈るばかり。……ヨハネス元帥も、自分にできることがあれば協力すると言っておりましたので、何かあれば私にお申し付けくだされば元帥にお伝えしますよ」



 須藤が語る間、エドワードは"あの日"の出来事を思い出していた。



「……なあ、フラムさん。"あの人"はどうしたんだ。あれから、帰ってきたのか?」


「……執事長、アレは人ではありません。"悪魔"です。『アザレア』の悪魔──奴は、執事長を襲った魔物とともに、節制の花を持って逃げました。それっきり姿を見せていません」


「違う。あの人は悪魔じゃない。確かに色々あったけど、でも、そんなことする人じゃない。ギルディアに安寧をもたらしてくれた人だ。そんな尊い人が居なくなってから……、まさか、探してすら、いないのか?」


「……探す必要はありません。たとえ一時でも英雄だったとしても、それを破壊した。救っておいて破壊するというのは、さらに残酷なことで、許してはなりません」


「なんでだよ……。あの人だって怪我してたじゃないか。きっとたくさん戦って、いろんなものを守ろうとしていたのに、その仕打ちがこれか。何もできてないオレが助かって、あの人は行方不明だと?……ふざけんなよ!!」



 再び、エドワードは足に掛けられていた布団蹴り飛ばす。そしてフラミニアを睨むが、彼女は特に顔色を変えなかった。

 意志の固さが伝わる表情で、これ以上を彼女に訴えても変わらぬと判断すると、エドワードはその睨みの標的を須藤へと変えた。



「ああ、わかった。この際仕方がない。須藤先生、ヨハネス元帥へお願いがあります。伝えていただけますか」


「……うん、何かな?」


「聞いてのとおり、ギルディアの民が一人、魔物に攫われた。その家族の安否もわからない。シエント帝国軍の力をもって彼らを探してくれ」


「……その人って?」


「かつて、あんた達も探していた人だよ。アルべ・グルワール──ギルディア特殊能力研究機構『アザレア』の生き残りだ。7年前、『アザレア』の業務停止報告に"脱走者"として指定されていた」


「──だが、実際はギルディアを守るという『アザレア』から託された役目のためにギルディアに戻ってきていた。オレは、彼が『アザレア』からの報復や、『アザレア』の内部情報を狙うシエント帝国ほか諸外国に狙われている状況から、彼とその家族の身の安全を保証することを条件にギルディアを守ってもらったんだ。彼は、ギルディアとオレを救ってくれた恩人だ。そんな彼が魔物に攫われて何もしないなんてことはできない。できるわけない!」


「──この際、シエント帝国が彼を見つけた場合、彼とその家族の命と、そして安全な生活さえ保証してもらえれば、オレは何も言わない。彼は優秀な能力者だから、できればギルディアで独占したいところであるが……たとえば、シエント帝国軍が行方不明の彼を見つけて、さらにヨハネス元帥が彼の能力をシエント帝国軍に迎えたいと仰るならば、オレは元帥に協力する」



 一息にエドワードが言うと、フラミニアも須藤も驚いて声が出なかった。


 フラミニアは、エドワードが自身の意思でもって"『アザレア』の悪魔"を、住民登録の偽装までしてギルディアに留まらせていた事実を再確認したから。

 須藤は、エドワードの提案が、今日まで秘匿し続けたギルディアの優秀な能力者を、その命の安全の保証を引き換えにシエント帝国に売っても構わないという大胆なものであったから。

 確かに、シエント帝国ではギルディアの能力者集団『アザレア』が休業と、脱走者2名があったことを発表したときから、その脱走者2名については『アザレア』の機密情報を知る者であるとし行方を追っていた。

 結局、行方はわからず終いであったが、ここにきて行方がわからず終いとなった理由が、ギルディア行政長官の徹底的な隠匿によるものであることがはっきりした。


 シエント帝国から、『アザレア』の脱走者2名について問い合わせた回数は決して少なくない。

 また、シエント帝国元帥が直にギルディア行政長官を呼びつけて、"雑談という名目の尋問"を行ったという事実も須藤の耳に入っていた。

 複数回にわたる問い合わせ、元帥による尋問を経ても、行政長官はそれを上手く交わして脱走者2名を隠匿し、且つシエント帝国とも引き続き友好関係を保っている。

 元帥に至っては、緊急手術要請を無償で受け付けるほどには、行政長官を気に入っている様子であった。須藤は、エドワードの行政長官としての手腕と、大国すらも欺く大胆さに感服した。

 さまざまな困難を経たはずのエドワードの現在には、かつてのような暗い影は見えなかったのだ。



「……ああ、恐れ入ったな」



 須藤は、感嘆の声を上げた。

 とはいえ、エドワードに返す言葉は決まっていた。

 しばし考えるふりをして、恐ろしいほどの大胆さを見せつけたエドワードと翼を小さく畳んでいる現在の自分を比べ、そして悲観した。



「須藤先生。グルワールさんとマリアさんが『アザレア』から逃げ出した直後、貴方は二人と会っていますよね。彼らは、貴方に助けられたと言っていました」


「……助けることができたかは、わからなかったけど。会ったことは確かだよ」


「なら、少なくとも、彼らに対して思いがあるはずだ。貴方も彼らの捜索に協力してください。金が必要なら支援します。どうせ人でなしの王家からは出ないでしょうが、オレの過去20年分のほとんど手付かずの給与で支払います」



 エドワードがさらに畳み掛けようとすると、そばで聞いていたフラミニアはふっとため息をつき「勝手な真似を……」と呟いた。

 とはいえ、エドワードがシエント帝国を相手に"『アザレア』の悪魔"の捜索を求めたことを止めることはできなかった。行政長官の立場を利用しなくても、シエント帝国基い元帥から特別な信頼を得ているエドワードであれば、あくまで個人的なお願いとして、ギルディア政府を絡めずに要求したことと解釈もできるためだ。


 あくまで個人的な依頼であれば、ギルディア政府にそれを止める権利はない。むしろ止めてしまうことで、"政府は一国民の権利を圧力をかけて潰す"ということになりかねない。

 何にせよ、エドワードの監視基いエドワードが行政長官の立場を濫用し国を貶めるような行為を防ぐためにこの場にいるフラミニアは、"個人的な依頼"の前では黙るしかなかった。

 またエドワードの要求を聞く限り、シエント帝国に"『アザレア』の悪魔"の身柄を確保させる、というものであるから、あの悪魔が再びギルディアの地に戻ることがなくなるかもしれない──つまり、厄介者をシエント帝国に押し付けられるのであれば、ギルディア政府としては願ってもないこと。

 そういう意味で、エドワードに提案を持ちかけられた須藤の反応が気になっていた。



「悪いけど、それは聞けない話だね」



 須藤は、決めていた言葉を発した。

 エドワードを見つめ、それからどこか期待していたような視線を向けるフラミニアを見つめた。



「な……なんでだ。先生、あんた、グルワールさん達のこと心配じゃないのか。助けたいって思わないのか?」


「うん、思っているよ」


「なら、別に悪い話じゃ……!」


「思っているからだよ。エドワード君、我々について何を勘違いしているのか知らない。だけどそもそも、正直な話ね……"我々の王"は君達を客人とは思ってないよ。良くて都合のいい駒、悪くて使い捨ての情報源、だね」


「──"我々の王"が、ギルディア王国に好意的だったことなんて一度もない。エドワードくんはそこを好意的だと見誤っている。そんな誤りを持ったまま、グル達をシエント帝国に売ると言うのなら、悪いけど、俺が全力で君を止める」


「──彼の今の境遇は、エドワードくん以上に理解しているつもりだ。だからこそ、俺達は迂闊に手を差し伸べちゃいけない。特に、俺が関わると多方面から手が伸びて、余計な争いを生む。今は静観するしかない。……全てをあの方が均したあとで、恨まれるのは俺だけでいいんだよ」


「──だから、さっさと出ていきな。これ以上首を突っ込むな。これは、忠告だ」



 紫の瞳を煌めかせて、須藤が言った。

 一方、エドワードはその紫を空色に映してため息をついた。



「……何が、あの人の味方だ。結局見て見ぬふりをするだけじゃないか」


「おじさん達が気安く立ち入っても良い問題じゃないだけさ。それで、理解してもらえたかな?」


「できない、と言ったら──」



 エドワードが答える。

 すると須藤は右手を前へ突き出し、人差し指でエドワードを示し、中指と親指で指を弾く仕草を見せた。

 エドワードはその仕草に素早く反応した。攻撃に備える動作ではなく、攻撃をしないための動作。失った左目を両手で押さえ、残った右目で須藤を捉えながら、かつての記憶に恐怖した。

 須藤はトラウマに塗れているエドワードのことを少し憐れみながらもパチンと指を鳴らした。すると、須藤の右に薄紫色の美しい炎が現れた。柔らかい光を放つ炎はふよふよと移動すると、病室にある書き物作業用の机へと移動した。

 その机の上には開封された手紙がいくつか置かれていた。



「はは、流石に病人相手に手荒なことはしないよ。……フラムちゃん、その手紙をエドワードくんにも見せてあげたらどうかな?そうすればエドワードくんも諦めざるを得ないだろうし、事態の収集でお忙しいギルディア政府にとっても、その方がいいんでしょ?」


「──シエント帝国はともかく、少なくとも、おじさんとギルディアの利害は一致していると思うよ」



 ニコリとフラミニアに微笑みかけた。

 その笑みに不気味さを感じつつも、フラミニアは何かを決意したような表情に切り替えた。それからエドワードに「この後、吐きたくなるでしょうから、もうこれ以上、口を開くべきではありません」と、自らの口元に人差し指を当てて、静粛を促した。

 それからさっと立ちあがると薄紫色の炎が浮かんでいる机の方へ移動し、重ねられた手紙の中から一通を取り出した。それから、その手紙を持ってエドワードの元に戻り手紙を手渡すと、フラミニアはベッド脇の椅子には座らず、須藤の隣に立って言った。




「藤原様からのお手紙です。此度の執事長の行動に関しましては、その責任が問われていました。そして先々月に処分について決定し、貴方が目を覚ました段階で伝えるようにと──"藤原行政長官"から言付かっています」



 エドワードはフラミニアの言葉を聞きながら、すでに手紙を開いて、内容を確認していた。



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