『アザレア』の悪魔⑶



 フラミニアに対して啖呵を切ったは良いものの、エドワードには未だ友人を殺す選択をする覚悟ができていなかった。

 何とか、どうにか……ここで起きていることが夢にならないかと。友人が目を覚まし、優しい笑みを携えながらこちらへ振り返ってくれはしないかと期待していた。


 そんな時、突然目の前に冷気を纏う飛行体が出現した。飛行体はそのまま滞空しながら、歩みを進めるエドワードに何かを警告するかのように、ピカピカと明滅した。



「……魔物!?し、執事長!気を付けてください!」


「エドワード君!!」



 フラミニアと藤原がすぐさま叫んだ。

 同時にエドワードもその飛行体──冷気を纏って飛び回る一つ眼の魔物に照準を合わせ、引き金に指をかけた。すぐに魔物に銃口を向けられる反応速度にはエドワード自身も驚いていたが、"友人に銃を向けるよりは何倍もマシ"という思いがあり、魔物に銃を向けられることに安堵してすら居た。


 一つ眼の魔物は相変わらず、何度も発光しながら飛び回っている。この時、魔物は瞬くことで"これ以上近づくな"と警告していたが、それを理解できる人間はこの場にはいなかった。

 むしろ、まばゆい光を放ったり、あちこちを飛びまわる様子が攻撃の予備動作のように感じた。



「……く、何なんだこいつ、ちょこまかしやがって!グルワールさんから離れろ!!」



 エドワードは引き金に掛けた指を引いた。

 ズドンという低い音とともに散弾が放たれ、飛び回る魔物の氷の羽根を掠めたほか、赤い花園を穿った。


 ピタリと、魔物が動きを止める。



「……愚かなヒトの子、王から授かったこの美しき翼をキズつけたなッ!!この花の主といい、オマエ達といい……ヒトの子風情が、我らの願いのジャマをするなァッ!!」



 明滅するだけの魔物は、エドワード達に理解が出来る人間の言葉を用いて言った。それから石のような身体を震わせ、見開かれた一つ眼から何度も激しい光を発した。



「ま、魔物が人の言葉を喋っている……ということは"高等種"!?」



 エドワードの背後で魔物を見上げるフラミニアの目が恐怖に色づいた。

 フラミニアが発したように、人間の言葉を理解し操る魔物は"高等種"と分類される。人間生活に紛れやすく、また単純に個としても強力であることから、人間にとって恐るべき存在と説明されてきた。

 とりわけ魔物という存在が身近にあるギルディアの民にとっては、魔物退治の専門家である『アザレア』でも死者を出さずに討伐するには苦労するとの教育を受けるため、高等種の魔物に対する恐怖心は並み以上であった。


 対峙している存在が高等種の魔物──それを理解した後の"王家職員"の行動は早かった。



「ふ、二人とも!アレは不味い、高等種の魔物は駄目だ!!相手にしてはいけないッ!!逃げるぞ!!」


「……執事長!!早く、逃げますよ!!」



 出入口に一番近い場所に居た藤原がフラミニアとエドワードに向かって叫び、同時に退路を作るべく玉座の間の扉横にある小扉へ向かって駆け出した。

 フラミニアは魔物の迫力に圧倒されて呆然と立ち尽くしているエドワードの腕を掴んで引いた。


 一方、エドワードはというと、腕を掴んだフラミニアの手を振り払った。そして今一度、魔物に銃口を向けて言った。



「……魔物め、グルワールさんを返せ!!こんなことになっているのはお前の仕業だろ!!この銃に撃たれて死にたくなかったら、その人を解放してここから立ち去れ!!……この国に、魔物の居場所は無いッ!!」



 エドワードの言葉に対し、魔物はさらに怒り狂った。



「ああ……、ヒトの小僧め。蛮勇は褒めてやろう。しかし、王を返せだと?誤りだ、マチガイだ訂正せよ!勘違いするな、ここに御座すのはオマエ達の王ではないわッ!無礼、この無礼者め!!」


「──ええい、忌まわしい疎ましい腹立たしい!王には、王として恐怖を討つという叶えるベキ願いがあり、私もオマエ達に構う時間はないのだ。……ユエに!!ヒトの子はヒトの子同士、愚かなアラソイを続けているがよい!!」



 刹那、エドワードの目の前がぱっと明るくなった。

 エドワードは思わず瞼を閉じて輝きで瞳が焼けるのを回避した。そして今一度魔物の方を見やると、そこに魔物の姿は無かった。



「コチラだ!!」


「……な、早いッ!?」



 程近い足元より、魔物の声がした。

 エドワードは近くに居たフラミニアを押しのけて半歩下がり、声のもとへ銃口を向けて引き金を引いた。

 ドスンという音が再び響いた。魔物に弾丸が当たった感じの音ではない、かなりの至近距離で外したとエドワードが理解している間、赤い花びらと土埃が舞い上がり、そしてアザレアの花の隙間より無数の黒い枝が飛び出した。


 そして、エドワードの身体は黒い枝に包まれてしまった。



「執事長!!」


「エドワード君!!……ったく、だから逃げろといったのに!!」



 フラミニアは悲鳴を上げ、藤原は悪態をつく。

 その様子を、エドワードに攻撃をけしかけた魔物は空中から見下ろしていた。



「……なんだ、花の主め、"手加減"をしているのカ?王にはあれほどの"報復"を示したクセに。不愉快、不愉快ッ!!……しかし、気が逸らされているイマノウチか。王の求めユエ、花は貰ってゆくぞ」



 魔物はそう言って再び激しく瞬いて姿を消したかと思うと、次の瞬間には赤い花が活けられた花瓶を携えていた。




「……"節制の花"!そうか、魔物ども──"アザレアの悪魔"の狙いはあの花か!?」


「藤原様、花が奪われてしまっては今後の塔の封印に支障が出てしまいます!なんとかして取り返さないと……!!」


「い、いや……迂闊に手を出すな!残念だが、能力者でない私たちにアレを奪い返す力はない。今は、命が優先だ!フラム君はこちらに来なさい!!……エドワード君は!?」



 藤原のもとにフラミニアが駆け寄る。

 そうして二人でエドワードの方を見やると、エドワードは未だ黒い枝に包まれたままであった。



「フン、最初から大人しくしていれば良いものを。わからずやどもめ。……さて、王よ。お待たせした。花を手に入れましたユエ、共にゆきましょうか」



 魔物はそういうと、結局動く姿を見せなかったアルベのもとへ舞い降りた。ピカピカと明滅し、コンコンとアルベの額にぶつかると、アルベの首がわずかに動いた。



「あ、"悪魔"が、動いた……!」


「……シッ、静かに。……このまま何もしてこなければやり過ごす。手に負えん状況には変わりないんだから」



 王家職員二人に緊張が走る。

 武器など戦う手段の状況で出来ることは、ただ息を殺すことであった。

 幸いにも、"『アザレア』の悪魔"はこの場に居る全員に背を向けており、また振り返ることもしていない。人間がいることに気が付いていない様子だった。

 人非ざる姿を有し、人非ざる言葉で、ピカピカと瞬く鉄翼の魔物とおだやかに会話しているらしい姿は、とても人間の味方のようには思えなかった。


 やがて会話を終えると、『アザレア』の悪魔は激しくせき込んだ。赤い花畑に赤黒い血を散らし、よろめく。それを鉄翼の魔物が支え、さらに自らの鉄翼の中に包み込むと、ふっと宙に浮き、だんだんと高度を上げていく。



「……ッ、ああ、クソ!!だから、オレが今は陛下の代わりだって、言ってんだろうが!!老害の亡霊が邪魔してんなよ!!」



 ほどなくして、エドワードの声が周囲の静寂を破った。

 そしてエドワードの周りを包み込んでいた黒い枝が解けるようにして消え去り、エドワードと赤い花で出来た人形の姿があらわになる。

 エドワードは赤い花で出来た人形を睨みつけて、さらには持っていた散弾銃を突き付けた。すると赤い花で出来た人形は散って消え去った。



「……ああ、くそ。それで、そこの魔物は、オレの友人とギルディアの国宝を持ってどこに行きやがる!!どちらとも返しやがれ!!」



 エドワードはそのまま、赤い花の人形が消え去った先へ──只今飛び去ろうとしている鉄翼の魔物へ照準を合わせた。



「ああ……ヒトの子よ。二度は無いぞ!!」


「執事長!まって!……その銃は──」


「エドワード君、命の無駄使いはやめたまえ!!ここは君が愛した王が御座した場所だろう──」



 鉄翼の魔物の一つ眼が再び怒りを示して発光する。

 フラミニアはエドワードが魔物へ向けている銃にはもう弾が残っていないことを告げようと叫んだ。

 藤原もフラミニアと同様のことを考えたが、確実にエドワードを止めるために効果的な言葉──王の存在を引き合いに言葉を発した。


 しかし、二人のどちらの言葉も届かず、戸惑うことなくエドワードは引き金を引いた。


 カチン、と銃内部でハンマーが空ぶる音だけが虚しく響いた時。


 鉄翼の魔物が『アザレア』の悪魔を覆っている翼の一部をエドワードへ向けて飛ばした時。


 誰もが、エドワードの無謀が原因で生まれようとしている悲劇を予見した時。


 銃口から青白い光が一直線に、鉄翼の魔物目がけて飛んで行った。



「──ッ!?」



 鉄翼の魔物は、その青白い光に恐怖した。

 何の変哲もない、夜の影に覆われれば消え失せてしまいそうなほどの弱い光を本能的に恐れた。


 あんなものなのに、当たれば死ぬ──


 そういう直感が働いたことで、魔物は携えていた赤い花が活けられた花瓶を犠牲にしながら辛うじて回避した。

 ガシャンと音を立てて花瓶が割れ、赤い花が宙を舞う。

 するとその花々に向かって、先程の青白い光が一直線に伸びた。弾丸とは思えない生き物の様な挙動で、飛び散った赤い花を一つずつ撃ちぬいていく。

 撃ちぬかれた赤い花は色を失い、花弁を散らしてハラハラと玉座の間の床に落ちた。



「ヒトの子、オマエ!!その力はヒトの手に余る"神秘"を脅かすものだ!いますぐ放棄せよ……いいや、王に代わり私が排除してやる!」



 未だ、赤い花を狩り続ける光を避けて、魔物はエドワードの目の前まで移動した。



「な、何──ッ!?」



 そして、エドワードが魔物の行動に対応するよりも先に、見開かれたその左目に、鋭い鉄羽根を突き刺した。


 突然の出来事であったが、激しい痛みにエドワードが叫びを上げない理由はなかった。持っていた銃を落とし、抗えない痛みを発散することもできず、ただその場に倒れ込んだ。


 一方、鉄翼の魔物はというと冷たい眼で、絶えず叫ぶエドワードを一瞥してから元の場所に戻り、赤い花を狩る青白い光を見やった。すると、青白い光はしばらく赤い花を狩っていたが、徐々にその勢いを落とし、最後には雫が落ちるようにして消えていった。

 その様子を見届けてから、鉄翼の魔物は狩られなかった赤い花を全て集めてから『アザレア』の悪魔の元へ戻り言った。



「アア、愚かなヒトの子。私は何故かオマエに対して必要以上の苛立ちを感じていたが……そうか、"星の加護"を受けたことがあるのだな。なんという因果か。星が命ガケで救いし者を私が壊す羽目になるとは」


「──ああ、無駄に疲れた。ここからが私達の勝負だというのに、マッタク……いいえ、もう気にすることはない。これで王も存分に戦えるのだから。私は、願いを叶えるだけである」



 そうして、鉄翼の魔物は改めてこの場にいる人間を──負傷したエドワードを急ぎ運び出していくフラミニアと藤原姿を一瞥した。

 それから、玉座の間の壁に穴をあけて外へ飛び出し、星が流れるように空へ──ギルディア南方に聳える塔へ向かって飛んで行った。


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