『アザレア』の悪魔⑵



 武具店の主の殺害、『アザレア』の再稼働、『アザレア』脱走者を追う因縁の男が知らせた──脱走者を無力化したという事実。

 それからしばらくして、塔の魔物が街に降りてきた。魔物は『アザレア』の職員を皆殺しにし、建物に火を放った。塔の魔物をバケモノが──"『アザレア』の悪魔"が追いかけている。


 そうして彼は今、玉座の間にいる。


 具体的にどういう状況かは未だ繋がっておらず、わからぬままだが──エドワードには何となくではあるが、これまで聞いた情報を総合して、アルべの状況を想定した。


 武具店にて聞いた情報によれば、一度は無力化されたアルべだったが、その後『アザレア』に報復をしたのだ。


 どのような方法を使ったか……

 それは自分自身が苦労して封じたはずの塔の魔物に縋った。塔の魔物といえば『アザレア』にとっては因縁の存在であり、天敵。塔の魔物が、『アザレア』を倒せないはずがないと知ってのことだろう。

 しかしながら、何らかの事情があり、塔の魔物はアルベの手に負えなくなった。手に負えなくなった魔物を追いかけた結果、アルべは図らずも街を荒らした。

 その他アルベの姿を見た者たちが、彼のことを"バケモノ"と呼んだり、魔物と一緒に居るという情報についてはよくわからないが、アルベが玉座の間に来た理由は、一つだ。


 アルべはもう一度、塔の魔物を封印しようとしている。

 封印を成し遂げるには"節制の花"が必要だから、玉座の間に入り、亡王の寝間に保管してある花を取りに来たのだ。


 バケモノだとか、『アザレア』の悪魔だとか。

 ギルディアの全ての人々から後ろ指をさされ、取り返しがつかない状況にも関わらず……アルべは自分で広げてしまった戦火を、もう一度、人でなしばかりのギルディアのために収めようとしているのだ。


 エドワードは、今一度、自分の無力を悔いた。

 それから、一つの決意をした。


 それは、アルべと、彼の家族を連れてこの国を去ること。じめじめとした噂の立つ雪国から、カラッとした気候の南国にでも移住して、亡王から託されたもの、『アザレア』で背負わされた使命も捨てて、平和に暮らそう。

 寒さに強い氷の能力者であるアルべは、もしかしたら南国なんか嫌うかもしれないが、エドワードは寒さに弱いからそこは妥協してもらって──

 とにかく、もうどうせここまでの事態になってしまっては積み上げたものなんてなくなるのだから、新しい生活をしたっていいだろう。

 エドワードには無くとも、この国を救ったアルベには平穏に暮らす幸せだってあっていいはずだから。



 そんな絶望のような希望を抱いて開いた小扉の先にある玉座の間には、希望の暖かさはなかった。


 玉座の間全体に広がる赤色。

 エドワードと藤原それからフラミニアは、その赤色を見た瞬間に血潮を連想した。しかし、よく見れば燃えるように美しい赤色のヤマツツジ。


 そして、赤色の花園中に、一人の青年が立っていた。

 群青色のウェーブがかった髪を有し、左肩には白銀の長毛毛皮を掛けていた。長毛毛皮はかなり上等なものであるのか遠くから見ても輝いて見え、且つ青年に纏わりついている血液すらも浄化しているようだった。

 しかし、そんな美しい毛皮の下から歪なものが──人非ざる、バケモノの左腕が見えていた。

 全体的に赤黒く、左手の甲には金色に光る目玉のようなものがあり、進入してきたエドワードらをぎょろりと睨みつけた。


 一同、この凄惨な光景と異形の瞳に睨まれ息を飲んだ。

 しかし、赤色の中に立つ青年が、その場でガクッと膝をつくと、一番にエドワードが声を上げた。



「"グルワールさん"!」



 赤色の中の青年──友人であるアルベの身を案じるばかりに、藤原やフラミニアが近くに居ることを忘れて真の名前を声に出して叫び、危険を厭わずアルベの元へ駆けだそうとした。


 しかし、そのエドワードを藤原が止めた。

 明らかに危険な現場に首を突っ込もうとするエドワードを救おうとするためだけではなく、たった今、"『アザレア』の悪魔"の身を案じたような行動に出た理由を確かめるためでもあった。



「ま、待ちなさい。エドワード君!この状況だ、危険なのが見てわからんか!それに今のは一体どういうことだ。アレは……いやアレが、『アザレア』の悪魔だぞ!……き、君が、このギルディアを預かる行政長官が、情けを向けて良い相手じゃない!」


「──ああそうか!……"チェイス様"と勘違いをしているんだろう!年も近そうに見えるし、彼もアレと同じ様な毛皮を持っていたから……し、しかし、"行政長官殿"。流石に、アレと"チェイス様"を間違えてしまうなんて無礼なことだぞ!少し冷静になりたまえ!」



 悪い方向へ混乱しているエドワードを鎮めるため、取り繕うような言葉を投げかける藤原であったが、飛び出そうとするエドワードの身体を押さえつけるための力を強めていかなければいけない現状からは、"エドワードは決して混乱などしていない"といった事実の証明になっていた。


 藤原もフラミニアも、エドワードのただならぬ状況から薄々と察しが付いていった。

 エドワードが『アザレア』の悪魔の名を呼び、その身を強く案じている理由について──



「アンタら、まだわかんねえのか。いや、分かりたくないんだろう。……仮にも王家が、民に黙って"悪魔"を匿っていただなんて事実、背負いたくないもんな」


「──いいよ。オレが全部持っていく。アンタらには迷惑かけない。……どのみち、一部の民には知られているってわかったし。オレがあの人の友人であることを放棄しないなら、取返しがつかないことにしてやるだなんて脅された手前だ。覚悟は決めた。だから……オレに、あの人を救わせてくれ。あの人の、友人の一人として!」


「──助けられてばっかりなんだ。グルワールさんには。自分が大変だってのにこの国を助けてもらった!わがままも聞いてもらおうとした。……だのに、オレは彼のささやかな幸せの一つすら与えることができてない。この災厄は、オレが引き起こしたんだよ。オレの失敗が彼の不幸を呼びよせ、不幸に抗うことを強いることになってしまったんだ!だから……」



 エドワードの吐いた言葉が、事実の証明の後付けをした。

 こうして藤原とフラミニアは、ようやく赤色の中で膝をついている"『アザレア』の悪魔"こそ、ギルディアを救った英雄であり、この"災厄の日"の元凶だと理解した。

 エドワードは「自分こそ災厄の原因だ」というが、エドワードが今までアルベに対してしてきたこと、或いは出来なかったことを詳しく知らぬ者たちにとっては、その言葉は単に友を庇う言葉というふうにしか聞こえない。


 尤も、この災厄の日が、真に"誰のせい"なのかは、神のみぞ知ること。

 様々な因縁が渦巻いて起こった出来事だから、真相は誰にもわからず、誰が悪いわけでもない。


 しかしながら、"誰かを悪者にする"のは簡単なことであった。



「まったく──、"河田ナツメの一件"でも思ったが、君は、人を見る目がない。国政とは、若者の仲良しごっこじゃないんだぞ」



 藤原がそう言うと、エドワードはキッと藤原を睨んだ。

 友人たちを悪く言うなと言葉にしそうになったが、そうすればまた、"若者の仲良しごっこ"と言われかねない。


 エドワードは唇を噛み、悔しさを押し殺した。

 それから自分を押さえつける藤原の手を払いのけた。



「……全部、覚悟の上だ。罪にでも何にでも問うと良い。オレは何と言われようと、あの人の──」




 エドワードは言葉を一度納めた。

 それは言い争いをする二人に声をかけたフラミニアと、彼女が持っている物を見たためだった。



「お、お二人とも。今は事態の収拾をしないと!……ほら、負傷しているためでしょう、先程からアレは動きません。今なら、これで……!」



 フラミニアが手にしていたのは、その華奢な体格には似合わない散弾銃を二人へ見せながら進言した。

 彼女は玉座の間の惨状を見てから、真っ先に守衛室へ行き、緊急防衛用の散弾銃を持ってこの場に戻ってきた。エドワードだけでなく藤原も、フラミニアと彼女が持つにふさわしくない散弾銃を見て少し怖気付く。しかし、一方のフラミニアはそんな男共に構わず冷静に、慣れた手つきで散弾銃へ弾丸を装填した。

 フラミニアに限らず、王家の職員は皆、緊急防衛のための武器の使用であれば心得がある。そのため一端の女給仕が散弾銃を操作できることに驚きはないが、銃を準備し、遠慮なくそれを標的へ向ける冷静さには、エドワードも藤原も驚かされていた。



「いや待て!さっきも言ったが、あの人はオレの──」


「執事長のご友人、ですか?……ならば、なぜアレはこんなことをしているのですか。この玉座の間は、執事長の……我々王家職員の思い出の場所。亡き王のお姿を夢想できる場所です。……それをこんなにも、赤く穢しておいて許せるのですか?」


「……そ、それは!いや、きっと何か理由があるんだ。まずはそれを聞いてみないと……!」


「理由を聞くですって?……バケモノに言葉は通じませんよ。執事長は通常の魔物が暴れているところに話をしようだなんて持ち掛けるのですか?それで魔物が人語を使って会話をするとでも?」


「──それに、私の境遇をお忘れですか。家族が魔物に襲われて死んで、一人になったところ、陛下と貴方が救ってくださったんです。……陛下に救われた命を無駄にしたくありませんし、同じく私を救ってくださった執事長のことも失いたくありません。ここでアレが暴れ出して、私の家族と同じ目に合う前に、危険は除かねばならないのです!」



 フラミニアが発した正論に、エドワードは言葉を返すことができなかった。

 とはいえ、友人のことも諦めきれない。そんなエドワードが次にとった行動は、震えているフラミニアの手から散弾銃を強引に預かることだった。



「執事長、なにを……!」


「……なら、あの人がバケモノじゃないって証明してやる。そもそもオレがあの人をこの国に留まらせることを選んだんだ。だから、あ、あの人を排斥するか否かを判断するのも、オレの役目だ。……フラムさん、君は下がってろ!」



 銃を構えながら、エドワードは一歩、また一歩と未だ動かぬアルべに近づいていった。

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