災厄の伝承⑵



「次は、うちの話だ。さっき話したとおり、うちの火事は魔物との初戦闘で流れ弾が当たったからじゃあない。消火活動に参加している彼が自宅に帰ってから、しばらくは何も起こらなかったんだ」


「しばらく何も起こらなかった?……すると、『アザレア』を襲った魔物はそのあとギルディアの外へ行ったのですか」


「いいや。奴は、数時間して戻ってきた。今この辺で起こっている火事は魔物との二度目の戦闘が原因だ。うちに火の玉が降ってきてから僕と妻は外に飛び出した。そしてそのとき、僕らは魔物と、"その魔物を追いかけながら攻撃をしているモノ"を見た」


「──その二度目の戦闘開始については、また彼伝いの話になってしまうが……二度目の戦闘が始まる前にも妙なことが起こって、きもを冷やしたんだそうだ。……魔物の侵入を少しでも防ぐため、せっかく戸締りをしたのに鍵が全部外れていて……」


「家の鍵が?」


「家の鍵だけじゃない。店の金庫やらオルゴール式の宝石箱やら何から何まで、みな錠が外れた。うちもそうだった。うちは夜中にオルゴール式の宝石箱が突然開いて音を鳴らしたから驚いて飛び起きた。泥棒にでも入られたんじゃないかって家中を見回ったら、全部の鍵が外れているなんて……気味悪いだろう?何かよからぬことが起こるんじゃないかって、不安に思っていた時だったんだ」


「魔物が、再び……」


「ああ。それで、鍵が全て外れる異常があってまたしばらくすると、大きな爆発が起こった。見ると、『アザレア』がある方角が激しく燃えていた。僕の家からも火の手が上がる様子が伺えて、そのあとまもなくだった。うちに火の玉が飛んできたのは」


「──消火活動に来た彼に聞いたが、鍵の異変の後に爆発があったのは『アザレア』の建物で間違いないらしい。かなり激しかったから、きっとまだ燃えているだろう。水の能力者も何人か向かったはずだが……それでもあの様子だよ」



 男は、ふと遠くの方へ視線をやった。

 それと同時にエドワードも同じ方向を見つめた。二人が視線をやった先に、暗い曇天を赤く照らす光が地上から伸びている光景があった。


 しばらく二人で曇天を照らす赤光を眺めながら、エドワードは頭の中で状況を整理した。


 男から聞いた話をまとめると──

 魔物の襲来があり、魔物は『アザレア』を攻撃した。一方『アザレア』もそれに対抗したが、戦闘に参加した職員は全員死亡し一度目の戦闘が終わった。

 一度目の戦闘後、『アザレア』の敷地周辺に住む人らは魔物に警戒をしていると、突然、家中の鍵という鍵が全て外れる異変が起こった。それは『アザレア』の敷地周辺に住む人らの家だけでなく、男の家も含め、このギルディア王国全体に巻き起こった異変らしい。

 となると、王宮の宝物庫なども"解錠の異変"に晒されたと、エドワードは想像した。とはいえ王宮にはエドワード以外の王家職員がいるため対応はできているはず。ただし、それは王宮が無事であればの話。『アザレア』の敷地に程近い場所に王宮があるから、魔物の被害を受けていてもおかしくはない。王家職員は治安維持を『アザレア』に任せていたがため、能力は使えても実戦経験が無い者が多い。エドワードもその一人だった。こうして、王家職員の安否も新しい悩みの種となる。

 "解錠の異変"から、さらに暫くすると魔物が再び街中に現れた。再び現れた魔物はただ街を蹂躙する訳ではなく、何者かに追いかけられて、攻撃をされていた。

 その二度目の戦闘により、ただいまエドワードと共に惨劇を瞳に映している男の家は火事になってしまったのだと言う。



「……ここで火事が起こった後、再び現れた魔物を追いかけている誰かを、貴方は見たのですか?」



 情報整理の合間に生まれた疑問を、エドワードはポツリと呟くようにして男に問うた。

 魔物退治のスペシャリストである『アザレア』を蹂躙した魔物を攻撃する人物──エドワードはその無謀とも言える勇敢さに、一つ心当たりを覚えたのだった。


 そんな問いを受けた男は、深くため息をついた。あまり良い感じのしないため息だった。

 それから男は、問いかけてきたエドワードと視線を合わせることなく、遠くの赤光を眺め少し思い詰めた様子で話し始めた。



「一度目の戦闘──『アザレア』と魔物の戦闘後の現場を確認しに行った彼から、その魔物に関して妙なことを聞いたんだ。彼を含めて5人で、惨たらしい現場を見た。……彼はその現場で人を食い荒らす暗い色の魔物を見た。しかし、他の4人はそんな魔物はいない、と話したそうだ」


「魔物はいない?それは、どういう……」


「一人は犬だと、一人は不吉の象徴のカラスの群れだと、また一人は自分の女房だと、最後の一人は"死体が燃えているだけで何もいない"、と。……5人ともが同じ現場を見ているはずなのに見えているものが違った。そのことに恐怖を覚えた彼は、他の4人を連れて──うち1人は惨状の中に居る自分の女房に声を掛けようとしていたから、強引に現場を離れたそうだ」


「──そうして、彼らは自分たちの家の近くへ戻ると、惨状の中に居たらしい女房が出迎えてくれた。あの現場で何をしていたのかと、"女房を見た"という人が散々問うていたそうだが、"こんな非常事態に何を寝ぼけたこと言ってんだい"と、一蹴されていたらしい。結局、現場で見たことは一種の気の迷いだとその場では片付けられたが、"暗い色の魔物を見た"という彼だけは不安で……とにかく杞憂と終わるならそれでよいから対策をしようと提案をしたそうだ」


「──そして彼はここの消火活動に来た時、"僕だけになら"と言って、当時は"ただの気の迷い"で済まされてしまった魔物の話をしてくれた。僕は狩人という仕事柄、魔物の森に入ることが多い。だから、彼から、"暗い色の魔物を見たことないか。あの恐れは気の迷いじゃ済まされない"と聞かれたんだ。彼には、悪いと思ったが……僕は心当たりがありながらも、"知らない"って答えたよ。こんな状況で怖がらせるのもよくないと思ってな」


「──なあ、行政長官様。さっきから黙っているけど、僕が彼から聞いた魔物の話、お前ならよく知ってんじゃねえのかッ!」



 男は突然立ち上がり、エドワードに掴み掛かった。

 両手でエドワードの胸ぐらを掴み、身体を引き寄せ睨め付けてさらに続けた。



「……僕は、お前が塔の封印執行者に話を聞いて作ったという資料に目を通した。森に入る狩人はさ、魔物のことを知っておかなきゃ命に関わるから。……お前もそのことをわかって、そのために資料を作って国民の目に触れるようにしてくれたんだろ」


「──塔の魔物の特徴は、たしかこうだったよな?見る人の恐怖によってその姿を変える、"恐怖の化身"だってさ。彼があの魔物を目にしたときの状況……暗い色の魔物、犬、カラス、自分の女房に見えたことは、塔の魔物の特徴に当てはまるんじゃないか。恐怖は人それぞれ違う。……犬を恐れる人、不吉の象徴を恐れる人、自分を尻に敷いている女房を恐れる人──そして、僕と消火活動中の彼のように、"ギルディアのおとぎ話の存在"を恐れる人がいる。……そろそろ聞かせてくれよ、行政長官様」


 ──僕が見たのは塔の魔物じゃないのか。

 塔の封印は、失敗したのか?


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