出張の楽しみは土産を買うこと
風呂の窓に並んだ二つのトリケラを見るたびに、なんともいえない幸福感に包まれる。
スズが使ったタオル
スズが着たTシャツ
スズが乱れる布団
「……」
いかんいかん
「えーっと、パスポートパスポート」
今日、昼の便で行って4泊。
土日を挟むから結局デートは出来ない。
一日中デートしてぇな。
朝からどっか行って、夕方に戻って風呂入ってさ。
「あ、パスポートパスポート」
パスポートを探してパソコンデスクの引き出しを開けると、そこには熟成チョコレートの箱。
思い出すスズの口技。
危うくバーストするとこだった。
初めてのくせになんなんだ。
そこいらの遊び慣れた女よりよっぽど上手いじゃないか。
「いやいや、パスポートパスポート」
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ん?
『こうくんの好きな大きなカニがあります
いつ帰ってこれる?』
母親だった。
母親のカニ買いは俺を帰らせるための姑息なアイテム。
でもカニが食いたいからまんまと帰ってしまう俺。
やはり母親は母親だ。
上手いこと俺を釣り上げる。
『今日からロス出張
帰ったらスズに聞いてみる』送信
既読はすぐについたけど返信は来なかった。
いつも秒で返してくるくせに。
.
降り立ったロスの空が、日本と同じだと気づいたのは
いつだったっけ。
空の高さに心が震えたあの日が遠い昔に思える。
「お疲れ様です」
「おぉ朝霧くん来たね~」
「そこのコーヒーショップなくなったんですか?」
「いや、裏手の方に移転してた
系列のハンバーガー出来るらしいよ」
先に来ていたのは、東京のエネ開本部の部長補佐。
それと
「あ、朝霧く~ん」
「お疲れ様です、真壁さん」
室長代理の真壁さん。
「今回長くてごめんね~
彼女寂しがってない?」アハハ
「いえ」
「さ、始めようか
jfha hie oesij lal wmiv」
会議室に集合のロスのメンバー。
英語の会議を聞きながら
『アイドンノー』
スズの笑った顔を思い出した。
夜にホテルに帰っても、スズは学校。
電話で話したりも出来ない。
空いた時間にラインを入れようと思っても、日本は夜中かと思うと、起こしてしまいそうでそれも阻まれた。
4日会えない事なんてザラなのに、地球の裏側だと、たった4日の出張でもツラかった。
スズの存在が俺をフルパワーにする、なんてことはない。
スズの存在はたぶん
俺の最大の弱点だ。
「休憩にしようか」
朝から脇目も振らずパソコンを睨み付けていたら、目と肩と手首が死んだ昼過ぎ。
「朝霧くんお昼どうする?」
「あ、何か買ってきます」
明日は帰るんだし、スズのお土産も買わないと。
「デカ盛りじゃないステーキ屋さん見つけたけど
行ってみない?」
マジか
「行きます!」
どこ行っても食えない量出てくるから、結局ホットドックとかサンドイッチとかを単品で買うのが海外出張の昼飯。
真壁さんと支社を出た。
「そろそろ出汁の効いたうどんとか食べたいよね」
「自分帰ったらカニ鍋です」
「わ、いいね~
遊びに行っちゃおうかな
うちほら、そっちに息子いるからさ~」
「あ、そうでしたね」
「朝霧くんの可愛い彼女にも会ってみたいな~
写真ないの?いっぱい撮ってるでしょ?」
なんでもない話をしながら、細い道に入っていく真壁さんに付いていくと
「あ」
そこだけ異色の可愛さを放つ店を通りかかった。
ピンクの壁で、白い窓枠の中にはごちゃごちゃと雑貨が所狭し。
絶対スズ好きだろうなって。
「寄る?彼女にお土産?」
「あ、いえ」
「いいからいいから、寄ってみよう
僕も奥さんにお土産買うし~」
真壁さんは入って行ってしまった。
「朝霧くんこれなんか可愛くない?
家にも来るんでしょ?」
脚の付いたグラス。
確かに好きそう。
「うちこれ買っちゃおう
いい年して可愛いの好きなんだよね」
あ、奥さんね。
なんにしようか店内を物色していると、俺はスズが絶対に好きな音符柄を発見してしまった。
それはふわふわして気持ちよさそうな
「え、バスタオル?!やらしい!」キャッ
違う!
俺はバスタオルより音符が!
ん?
天井に向かってふわふわ浮いているのは
「すみません、これ下さい」
パステルでカラフルなハートの風船
スズ絶対好きだろ
もうすぐ誕生日なんだ
誕生日はこれを、スズがしてくれたみたいに床いっぱいに。
驚くだろうな。
「200個ほど」
「what?!」
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