回を重ねたカレーうどん

『ごめん、東京に1泊になった』


そんなラインが届いたのは月曜日の夕方。

夜にはこっちに戻るから、お土産を届けてくれるって言ってたのに。


会いたかったな。


「ぶぅーーー」

「仕方ないじゃん」

「そうだけどーー」

マックの机で勉強すること既に2時間。

「あぁあ、出張じゃなかったら

 いっぱい会えたのにな~…」

テスト期間中で学校は昼に終わってしまう。

だからこーきが出張じゃなく休みがあったら、家でイチャイチャしながら勉強みてもらえたのに。

「まぁ確かに~

 俺も朝霧さんに勉強見て欲しかったかも」

「でしょ!」

「俺は遠慮しとく」

「なんで?英介なんで?

 この前こーきに教えて貰ってから

 成績よかったんでしょ?」

「う…」


「あ、ねぇタケルこの問題さ」

「どれどれ?」


いいなーーくっついていいなーーー


「やべ、スズもう行かないと

 17時27分の快速だろ」

「ホントだ!」

未だ門限が戻らない。


「じゃーね」

「杏奈また明日ね」


英介と一緒に駅前マックを出た。

英介は門限ないからまだいてもいいのに。



今日は雨が降らなかったから、馬由が浜まで帰る電車は窓が開いて潮風が吹き込んでくる。


夕日に染まる海


「綺麗だね」

「だな」


カシャ


「朝霧?」

「外国にいたから馬由が浜が恋しいかも」

「ホント好きだな」

「英介は彼女作らないの?そんなにモテないの?」

「……」

「何その目」

「…んでもねぇ」


英介の自転車のかごに鞄を入れて、いつものように英介は自転車を押して家までの坂を登った。


「痛…!」

「どうした?」

「髪の毛引っ掛かったかも」

「見して」

髪をまとめ上げると、英介がネックレスのチェーンを制服から引っ張り出し、絡まった髪をほどこうとする。

「これは何プレゼント?」

「クリスマス~」

「ちぎっちゃろうかな」

「え、何?」


「なぁスズ」

「ん?」


「あ、取れた」

「ありがと」


また歩き出す。

でも英介は止まったまま。


「英介?」



「俺ずっとさ」


「ん?」




あんま見たことないふざけてない顔。




「俺ずっとスズのこと」




「あ、雨」




ポツポツと腕に落ちてきた雨。



英介が見上げる。




「やっぱなんでもない」



「そ?」





「言えねぇわ…」




何を?





「朝霧に悪いとか思っちゃてるわ俺」




空は一気に重く覆い、雨脚は強くなる。



「傘かすよ!」


「大丈夫、濡れて帰る」



自転車に跨がり、英介は帰ってしまった。



なんか今日の英介変。





.



「鈴、朝霧くんはまだ帰らないのか?」


新聞を畳みながらお父さんはそう聞いて、熱々のコーヒーに口をつける。


「昨日帰ってきたけど、まだ東京」

「そうか、あとでラインしてみるか」

会いたいけど、うちに来たらお父さんのこーきじゃん。

「お父さん、早めに教えて下さいね

 お買い物があるから」

「あぁ、わかってる」

「私の彼氏なのに…」

「え、なになに

 朝霧さん来るの?」

「知らなーい」

「じゃあかっくんも呼ぼう」


「鈴、テストは出来てるのか?

 大学が決まってるからって気を抜くんじゃないぞ」

「わかってるし」



今日は大問題の英語だった。


静かな教室に、みんなのシャーペンがカリカリカリカリ動く音が。

何をそんなに書くことがあるの?


キンコーーンキンコーーン


おわた…



「スズどうだった?」

「どうもこうもない…」

「うわーーヤバそう」

「いいね杏奈は…英語得意で」

「そうね、英語の道に進むしね」


こーきは外国に行ってお仕事してさ、外国の人と英語で喋ってるんだよね。

なんで英語喋れるのかな。

駅前留学したのかな。


「スズどうする?

 みんなでマック行くよ~」


「行く行く!」


三教科の試験があって、下校するのはちょうどお昼。

お腹空いた頃。

ソフト部もテストで休みだし、こんな時しかみんなで行けることはない。



「あ、藍子もマック行かない?」


杏奈が声をかけた。


「ごめんありがとう

 でも今日はぴょんちゃん休みなんだ~」



いいな


みんな彼氏と会えていいな~


スマホを見ても、こーきからのラインはきてない。

まだ東京かな。

忙しいんだろうな。


「いじけとる」

「すさんどる」

「ス~ズ、ナゲット1つあげるから

 元気だしな~」

「そうそう、今日には帰ってくるんでしょ?」

「もうすぐ会えるじゃん」


「やっぱテリヤキにしよ!

 無性に食べたくなった!」


「メニュー悩んでたの?」

「恋より食い意地か」

アハハハハ


みんなで教室を出た。


下足室の大きなステンドグラスの窓に雨粒の当たる音が、吹き抜けた下足室の中で何重にも響き合う。

私はこの音が割と好きだったりする。


「雨か~」

「早く梅雨終わんないかな」

朝から既に雨水を吸い込んでいた革靴に足を入れるのが気持ち悪い。

指定長靴作ってほしい。



「スズ先輩さようなら~」

「あ、ばいばーい」

下足室の軒先では、みんな自分の傘をプルプル振って開いては出て行き、また下足室から出てきた人がそうして、全校生徒が一斉に帰る帰宅ラッシュ。

「止まらず進みなさーい」

「スクールバスの生徒は急ぎなさーい」

教師たちは交通整理をする。


ブブブ ブブブ

そんな混雑の中、ポケットで震えるスマホ。

こんなとこで見なくても、正門を脱出してからみればいいんだけど、どうしても一縷の望みを期待バンバン。


「スズどうした?行くよ」

「うん、ちょいま」



『今から昼なんだけどスズ学校終わった?』



キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!



『うどん行かない?』



イク━━━━(゚∀゚)━━━━!!



「みんなごめん!私うどん行ってくる!」


ダーーッッシュ!!


「え…」

「ちょ、スズ?!」

「マックは?!」

「無性にテリヤキは?!」





雨は小降りだったけど、駅まで猛ダッシュしたら再び靴下は水没した。



「スズ!」


いつもの公園の前

こーきが


こーきが



こーーーきがーーーーー




「こーき!!」



輝きハンパない!


ワンワンワン←こーきの幻聴



「ストップ」


思わず抱きついてしまいそうになった。


「あ、ごめんつい」

「お手」

「わん!」


手を繋ぐわけにいかないけど、一瞬だけギュッと手を握ってくれた。


会いたくて会えなくて、寂しかった気持ちはぶっ飛んで、やさぐれてた心がこーきの微笑みで治癒完治。


「うどんでいい?

 どうしても和が食べたい」

「いいよ~

 でもさ、昨日は日本にいたんだよね?

 食べなかったの?」

「昨日はピザとパスタだった」

「え、いいな~」

「山崎がさ…あ、れんちゃんね

 あいつが店決めたら大体女子向け」

「え!れんちゃんもいたの?!」

「うん、エネ開の一番偉い人が

 山崎のことお気に入りだから」

「いいな~私も会いたいな~」


公園からすぐ近く。

制服だから手も繋げなければ相合い傘も出来ない。

だけど、ちょいと横を向けばこーきが微笑む。


エヘヘ~


「またカレーうどん?」

「どうしよ~こーきは?」

「あーーどうしよ

 蒸し暑いから冷やし系もいいな」

「でもやっぱりカレーうどん!

 太麺にしてみようかな」

「それはやめとこう

 俺小食だから食ってやれない」


ガラッとドアを開け、こーきが暖簾をよけてくれる。

私がそこを通るとこーきがドアをしめた。


「いらっしゃませーー!」


いつもいるおばさんの大きな声。

そしておばさんは私の踏み台をカウンターの下に置く。

それはいつも足で。


「あ、スズ待って」

乗ろうとしたらこーきは踏み台をずらした。

「スズ、俺おろし冷やしうどんイカ天のせ」

「え!それ美味しそう!」

「同じにする?」

んーー…


「すみませーーん」


「はい!お決まりですか!」


「オロシヒヤシウドンイカテンと

 カレーうどん細麺で下さい!」


「やっぱカレーうどんか」

「やっぱこれでしょ」


この前のハンバーグみたいに、ゆっくり食べながらお喋りできるわけじゃない。

注文したそばからうどんはもう丼にイン。


「あ、スズ制服」

こーきがポケットからハンカチを取り出す。

紺の薄いスカーフみたいなハンカチを広げ、それを制服の首元に差し込む。

「汁飛ばしたら大魔王がうるさいもんね」

「カレーは落ちないからな

 俺あのYシャツ落ちなくて捨てたし」


やってきたいつものカレーうどん。

ほっかほか。

しとしと雨で蒸し暑いのにね。

でもお店の中はエアコンで寒いくらい。

丁度いい。


「やべ…寒い」

「あっつ~い」

「カレーうどん正解だったな」

ズルズルズル

「あ、スズいくらエプロンしてるからって

 豪快すぎだろ」

「美味しい~」

「汁飲ませて」

「いいよ」

「イカ天どうぞ」

「え、全部?」

「半分」

「こーきも豚肉食べていいよ」

「あざーす」

途中で丼をかえっこしたのは初めて。


「「ごちそうさまでした」」



正味10分程度。

食べ終わって外に出ると、小降りだった雨はザーザー。


「もうちょい時間あるけど何か飲む?」

「公園?」

「まさか」


「あ、じゃあ矢野さんとこがいい!」

「同じ事思ってた」



「両思い」



傘の向こうでこーきが微笑む。




傘に打ちつける雨音

びしょ濡れで冷たい足



傘を握るこーきの手



あーあ、抱きしめてほしいな

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