愛おしすぎて蘇る思い出
PPP
ちょうどエネ開のドアを出たとこだった。
ピッ
カードをセキュリティに当て、それを鞄のポケットにしまいスマホを取り出した。
『会社の近くだよ♡
SUZUで待ってるね』
ちょうどよかった。
『会社の近くで待ってて
もう腹減った夕飯行こう』送信
昼を食べるタイミングを逃して現在17時20分。
夕飯には早いかもしれないけど、今何か食うなら夕飯だろ。
昼飯ではないし、おやつの時間にしては遅い。
今おやつにしたら、送り届ける21時までに夕飯は済まない。
夕飯食べさせてませんって帰すわけにいかない。
「朝霧、帰るのか?」
「あ、部長お先に失礼します」
エレベーターの前で会った部長。
隣にはおっさん。
ちょうど会議室から出てきた。
「風間さん、さっきの資料お願いします」
「はい、明日までにしあげておきます」
部長が介入して大人しくなった。
たぶんそれは俺を認めたんじゃなく、部長にバレてるからビビったんだと思う。
だけどちょいちょい上から目線で、ドヤ顔で指摘してくることはある。
だが俺も大人だ。
後輩とは言え、俺よりも長く生きて働いてるおっさんだから聞き入れてやることにした。
「今日はマリアちゃん?」
「はい」
「あ、そうだじゃあこれ」
部長が財布を取り出し
え、ウソだろ
まさか金?
なんてちょっと焦ったら
「ツリーハウスのドリンク券もらったから」
ジュースの無料券だった。
「ありがとうございます」
「仲良くな~」
ハンバーグか
いいかも
あ、でも来月の誕生日に連れて行きたい気もする。
血迷った誕生日のハンバーグデート。
今になって思い出すと笑える。
会社を出ると雨が降っていた。
さっき少し止んだのに。
やっぱ矢野さんとこで待たせればよかったな。
そう思いながら正面玄関から早足で通りに出ると
黒い水玉の傘を差した女の子が会社を見上げていた。
「スズ」
傘の先からこぼれた滴が、セーラーのリボンに落ちる。
「こーき!」
『私のこと彼女にして!』
フフフ
「え、今何笑ったの?」
「何でもない」
「えーー何?」
「ハンバーグでも食べに行きませんか?」
「行く!」
誕生日は誕生日でまた行けばいい。
今日はなんだかどうしても、スズとハンバーグ食べに行きたい。
銀杏並木はまだ明るかった。
だけどスズは嬉しそうに銀杏の木を見上げ、黒い水玉の傘から滴が落ちる。
「濡れるぞ」
「雨もいいね!」
見上げるその横顔はあの日と変わらない。
「スズ、指輪貸して」
「あ、着けるの忘れてた」
鞄から取り出した指輪が傘と傘の間で雨に濡れ
「お願いしまーす」
傘を持つ手を交代した左手が、また傘と傘の間で雨に濡れる。
「スズ」
愛おしく愛おしくて
「なぁに?」
たまらない
「東京行ったら結婚しよっか」
「何急に~」アハハハ
「お返事は?」
「オッケーに決まってるじゃん!」
雨に濡れるスズの左手
指輪を通す俺の右手
水玉の傘に隠れるスズの赤くなった頬
指に留まった指輪を見てスズは
笑った。
幸せそうに。
「行くか」
「うん!」
.
「私オムライス~」
言うと思った。
「ケチャップ大盛りで」
店員さんのメモを取る手が止まる。
ケチャップ大盛りとか言うから驚いたんだろう。
「あ、ケチャップJK!」
「え?」
店員同士の裏で言われてんなこれ。
「あ…スミマセン」
「いえ…」
「ケチャップ大盛りですね!
少々お待ち下さい!」
「こーきいつもそれだね、マスタードのやつ」
席はカウンターじゃなくて窓側だった。
時間が早すぎて、俺たちの他には1組いただけ。
優先的にテーブル席に通すんだろう。
「今日音楽部は?」
「今日は自由参加だから
杏奈と教室で駄弁って~一緒に帰って…」
「あ」
何か思い出したみたいにメニューから顔を上げた。
「天城ちゃんに会ったの!」
「は?」
「マリアのとこのセブン!
そんで送って貰ったから会社まで来ちゃったの!」
な……なんて?
「おやつも買ってくれたんだ~
杏奈もタケルくんちまで送って貰ってね~」
「あ……そ」
落ち着け俺。
ほら、スズは何も意識してないからこんな風だ。
だから大丈夫。
動揺するな俺!
「でね、今度一緒にショッピング行くの!」
な……なんだと?
「こーきも来る?あ、でもダメ。
女子のショッピングするんだった!
天城ちゃんお友達もいないみたいだからね
女の子のオシャレして
女の子同士として遊ぶんだから
やっぱこーきは来ちゃダメ」
これは恐らく…
いつものように騙されてるんじゃなくて
思い込んでる。
「や…スズ違うから天城は…!」
いや…言っちゃダメだよな
ん?いや待て。
もう男と思って、vs男として考えていいのか?
男なのか?女なのか?
男だか女だかよくわかんねぇけど、それは第三者がバラしていいことなのか?
え、俺第三者?
「天城ちゃんが何?」
「な…んでもないです」
とりあえず、天城明日呼び出し。
完全にケンカ売ってくれてるじゃねぇか。
「ジュースはやっぱり誕生日の日にする~」
部長がくれたドリンク券をスズは嬉しそうに見る。
「スズ持ってて、それ」
「うん!お財布に入れとこ〜」
スズが注文したオムライスは、前の倍はケチャップが入っていた。
本当に大盛りにしてくれてた。
そしてスズはやっぱり
「ん~~美味しい!」
ケチャップを食べた。
この顔、可愛いって思ったっけ。
ケチャップだけ食うとか変なやつとも思った。
俺が食べるのを見ないように見てて、やたら見るから一口やろうとしたら全力拒否だった。
「え、こーき何笑ってるの?」
「いや、思い出し笑い」
テーブルをピアノにして動く指
20円差し出したときの申し訳なさそうな顔
名刺一枚で潤ませた目
「一口食う?」
「いる~!」
あの日血迷った俺は、間違ってなかった。
正解を選んでいた。
帰りは雨は止んでいた。
黒い水玉の傘と透明の傘を左手に持って
右手はスズの手を繋いだ。
繋いだ手に当たる指輪の感触が
なんだかとてもよかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます