一大決心を言うのが一番一大決心

「スズ先輩…どうかしました?」



ブラバンの後輩山田ちゃんの声にハッとしたら、ブラバンオーケストラのみんなが、楽器からひょこっと顔出してこっち見てた。


「あ…ごごごごごめん!」

「よーし、じゃあもう一回

 スズちゃん頼むよ~」アハハハ


集中しなきゃ。


「っしゃ~!」


気合い入ったとこで指先に集中。

こーき、しばらく私の脳内から出て行って。



土曜の午前中は最終音合わせだった。

デパートの特設会場でちょいと弾いちゃりましょうって感じの課外活動があるから。

だけどそれどころじゃない私。


およそ2時間


手は鍵盤を弾いてるけど、頭の中は今日のシュミレーションと、こーきの手が肌に触れるあの感覚を思い出していた。



「スズ先輩…?」


ホゲーー…


「終わりましたよ?」



「あ…うん

 じゃ…おつ」


終わっちまった…

練習が終わっちまったぜ…

まだ午前ですぜ…


こーきは午前中、仕事を片付けに行くと言った。

終わり時間はわからないからお昼ご飯は待たなくていいと。


「スズ先輩マック行きませんか~」

帰り支度をしていたら後輩軍団が声をかけてくれた。

今までは愛理と帰ってたから。

それがあれ以来ぽつんと1人帰ることになってしまったし、私と愛理のバトルはみんな知ってるから。

個人練習をしていた愛理がいつ帰ったのかはわからないけど、音楽室のピアノの前に愛理はいなかった。


無理に話しかけたりはしない。

そのうち何かのタイミングで元に戻るかもしれないし、そうじゃなかったらきっと、英介の言うとおり私には必要の無い友達だったんだ。


胸はまだ痛んだ。



「今日はやめとく~約束あるし」

「あ!デートだ!」

「イケメン彼氏ですか?!」

「まぁね~」

キャッキャ騒ぎながら正門まで歩いていると

「あ」

「「「お疲れ様でした~…」」」

私たちを追い越していった人に後輩たちは挨拶をした。

でもその人はふり向かなかった。


「感じ悪~…」

「スズ先輩気にしちゃダメですよ」

「そうそう」


後輩たちを味方に付けて、愛理を1人のけ者にしてしまったような、そんな感覚になる。

だけど気に掛けてくれる後輩たちに「そんなこと言っちゃダメだよ」とも言えなかった。



「わ!見てなんかカッコいい!」

「え、うわマジだ!誰?!」

急にザワついた後輩たちの視線の先には



「あ」


ちょ…

なんで?!まだ午前中!!


私を見つけて微笑んだのは、イケメンスーツ仕事帰りのこーきだった。


「スズ先輩ヤバっ!」

「マジですか!!」

「ここまでとは!!」


こーきが帰ってくるまで、心の準備に瞑想と妄想と、れんちゃんがくれた指南書でイメージトレーニングしようと思ってたのに…


「じゃぁねみんな!明日ね!」


みんなと別れこーきに駆け寄ると、こーきはみんなの方にぺこっと頭を下げ、私に視線を向けると困った風な顔をした。


「大丈夫か?」

「え、何が?」

「や…愛理が」

あ、それね。

そっかこーき見てたんだ。


「大丈夫だよ」


笑顔を足してそう言うと、ポンと頭に手を置いて安心したみたいに、フフって少しだけ笑った。


「さ、飯行くか

 スズ着替えもってきた?」


「う…うん!」


えっと、決行するのは夜だよね?

今はとりあえずお昼ご飯だよね?


落ち着け私!


「すぅ?乗って」


ヤバい…緊張してどう接していいかわからんぜ!!



車が走り出すとこーきは

「指輪」

ハンドルと反対の手を私に向ける。

これはもうお約束な感じになった。

だから私はリュックの中から指輪を出し、こーきの手に乗せた。

そしたらこーきはそれを人差し指と親指に持ち直して私の方に向ける。

だから私はそこに薬指を通す。


「何食いたい?

 俺日本的なの食べたいんだけど」

あー…この運転してる横顔大好きだ。

カッコいい。

「蕎麦とかカツ丼とか。

 赤かよ~、あっちから行こう」

ハンドル回す手もカッコいい。

「てか腹減ってる?まだ早いか」

この手が

この唇が

「あ、うちから歩いて

 いつもの立ち食いでもいいけど」



私の体中を…!



「スズさん?どうかした?聞いてる?」



「え…」



あ、変なこと考えてた。



「何でもないの!!」



やばいやばい

普通にしてないと


「うん、いいねいつものハンバーグ!」

「や、蕎麦…」




そんなこんなでこーきの家に帰ってきた。

勿論、今日必要な荷物はこのリュックの中に詰め込まれている。

出かけられるように私服も入れてきた。



こーきが玄関のドアを開ける。



フワッと抜けた風は、洗濯機の乾燥が回ってるときの匂いだった。


「スズ、部屋すごかった」

靴を脱ぎながらこーきが言う。

その後ろで私も靴を脱ぎ、先に上がったこーきがリビングのドアを開けると、ポンポンと風船がこぼれ出てきた。


「ビックリした?」

「マジでビックリした」


部屋はこーきの誕生日の夕方、私が飾り付けたまま風船で埋め尽くされ、隙間の空いた窓から入る風が風船を揺らしていた。

まるで生きてるみたいに。


「すぅ」


風船の中でこーきが両手を広げる。


「とりあえず抱きしめさせて」


「うん!」



今、妄想はおいといて、久々のこーきのぬくもりを。



「お帰りこーき」

「ただいま」



うん

やっぱり大丈夫


怖くない



先が欲しい




「やっぱ出前にするか

 出かけるの面倒になった」


しばらく抱きしめたら、こーきは笑いながらそう言って腕を離した。

あくびをしながら出前のチラシを出し、寝室に着替えに行ってしまった。


出前はこーきのご希望通り蕎麦。

勿の論、人生の一大決心をしてる私は喉を通るはずも無い。

「スズいなり食わないの?」

「お…お腹いっぱいかも」

「じゃあ冷蔵庫入れとこう

 あとで腹減るかもしれない

 全然食ってないじゃん」

食べ終わった器をキッチンへ運び、こーきはそれを洗い始めた。

だから横でお手伝いを。


「こんなメルヘンな中で蕎麦もどうかと思うな」

部屋を見渡しクスッと笑う。

「よく考えたら片付けるの大変だよね」

「しぼんだのから順に捨てるけど

 どのくらいもつんだろうな」

「生き残るのどれだろうね」

「んじゃ予想するか」

「じゃあ10円掛けよう!」

「10円か…」

「じゃあ100円?」

「200円」

「買ったら400円だ!嬉しい!」

「スズが勝ったらおまけして500円やる」


そんなことをいいながら笑って、お蕎麦の丼から泡が流れていくのに目を落とすと


「スズ」


こーきはついに本題を切り出してきた!




「今日、このあとどうする?」




↑光輝は別に何も考えずに聞いた




「えっと…えっとね…」

「うん、どっか行きたいとこある?」


ドキドキドキドキ!!!


「スズ?どうした?なんか今日変だぞ」




「あのねこーき!」




「はい」




うわーーーー!!

心臓飛び出るってこのこと!!




蛇口の水が止まり、手を拭いたこーきが私の頭を撫でながら、クルッと向かい合わせに体を寄せられ


微笑み


頭を撫で


頬を撫で


前髪めくってデコにキスして



私の言葉の続きを待ってる。



「また動物公園行く?

 春って赤ちゃん産まれるんじゃない?」



「あの…あのね!」



「うん」



「こーきさ…こーき誕生日にさ!」

「うん、何?」


ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ

ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ

ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ



ゴクリ…



吐く…




「どうしちゃったんだよ」クスクス





「こーき誕生日に私が欲しいって言ったでしょ?!」




「へ?」





「だからこーきにあげることにしたの!私のこと!」




「は…?」






「大人のキスの先!もう大丈夫だからして!!

 お誕生日プレゼントなの!!」

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