東京土産の三猿
杏奈ちゃんを家まで送りとどけると、スズは助手席に移動した。
そしてスマホとにらめっこ。
「あ、落ちるやつあるよ
すんごいジェットコースターもある」
「楽しみ?」
「うん!めっちゃ楽しみ!」
「休み取らないといけないから
早めに決めて教えて?」
「うん!」
前の車が停まり、それに続いて車が停まると、スズはスマホから顔を上げる。
エヘヘ~
「どした?」
「こーきに会えたから嬉しいの」
可愛い
頭を撫でるとスズは撫でた手を握って頬に当てた。
「楽しかったか?修学旅行」
「うん!あ、そうだお土産」
「いいのに」
「あー…後の袋の中だ
家に帰ってからあげるね」
「あ…スズ夕飯はハンバーグでも食いに行かない?
それから送るし」
「うん!」
よかった…
家で二人きりは
もう自信ない。
スズと初めて行ったハンバーグの店
ツリーハウス
飲食店の雑居ビルが隙間なく建ち並んだ繁華街に、ネオン光ってない木の看板がこじんまりと立てかけられたビルの二階。
階段を上るとスズは嬉しそうにドアを開けた。
キィっと擦れる音がして、カランカランとベルの音が鳴る。
初めて連れてきたとき、。スズがどんな顔で入ったかなんて見なかった
スズを振り向きもせず俺が先に入ったから。
「カウンター席でもいいですか?」
「はい!」
案内されるとスズはニタニタと笑う。
「むしろカウンターがよかった」コソコソ
スズはもうメニューは見なかった。
「いつもので~」
「じゃあ俺もいつものにしよ」
店員を呼ぶとスズはいつものを注文した。
「オムライス、ケチャップでお願いします!」
そうだ、ケチャップ買って帰ろう。
「スズ、日光どうだった?
まぁ楽しそうだったけど」
お冷やを飲む。
ここのはレモン水だから好きだ。
「なんか滝がね」
「あぁ写真くれてたな」
「夕飯のお肉硬くてさ」
「そんなもんだろ」
日光の話しを聞き
「そんでね、アッコその同中の人といい感じでね」
「へ~よかったじゃん」
寝る前の秘密の話しを教えてくれて
「あ、こーき
見ざる聞かざる言わざる知ってる?」
「三猿?目と耳と口塞いでる猿だろ」
見ないでいいこと
聞かないでいいこと
言わない方がいいこと
そんなことは山ほど有る
幸せに生きていく方法だと思う。
「写真撮ったんだ~
顔ハメのパネルのやつで」
「うわ、似合う」
「ヒドい!」
アハハハハ
「あのね、2日目の自由行動でね」
「あぁ東京?」
「神田さんとパンケーキ食べたの」
え?
「ゴホゴホゴホッッッ!」
「こーき大丈夫?!」
「え…神田?」
言わない方がいいこと
見ない方がいいこと
聞かない方がいいこと
知らない方が良かったこと
.
「じゃ、失礼します」
「わざわざごめんなさいね」
「いえ」
「こーき、じゃああさってね!」
スズんちの玄関先。
スズをお母さんに引き渡しお迎えのデートは終わった。
三泊ぶりに帰ってきたスズは可愛かったし、俺のスーツケースを引いてるスズも可愛かった。
ケチャップだけを食べるスズも、修学旅行の楽しかった話しをするスズも、キスをねだるスズも
可愛くて堪らなかった。
そんな余韻に浸る間もなく、馬由が浜に下り、海岸沿いを市街地に向かってひた走り、途中でビールを買おうかと思ったけど、家に一本はあったような気がしてやめ、ひたすらに家に向かった。
可愛かったスズを頭に巡らすこともなく、俺の頭を支配しているのは
RRRRR RRRRR RRRRR
マンションに着いて車のキーを閉め、正面玄関に向かいながら呼び出し音を聞いた。
出ない
21時過ぎ。
仕事中か接待か何か入ってるか。
明日でもいいか
いや
聞かない方がいいんじゃないか
知らないふりしといた方が
そう思いながらエレベーターを降り、玄関のドアを開けたとこで
PPPP PPPP PPPP
画面には『神田』
仕事関係でラインで電話を掛けることはあまりない。
途中で電波が切れたり聞き取りにくかったりするから、普通の電話でかけるしかかってくる。
何を聞こうと思って俺は電話したんだ。
台本は出来てなかった。
通話をスライドする。
『もっしも~し』
「お前、俺に言うことあるよな?」
『お前こそ俺に言うことあるよな!数字!
訂正して頭下げましたけどごめんなさいは!』
「あ、ごめんそうだった」
『ったくもぉ
迷惑掛けておいてなんだその上からの第一声は!』
「西田さん怒ってた?」
『怒ってはなかったけど
こないだ手厚くご接待しといた』
「マジか、サンキュ」
『ゼロ一つまけろとか言ってたから
朝霧の給料からポイント還元しますっつっといた』
「一千万も還元できるか」
『接待料金落ちなかったから毛ガニで許しちゃる〜』
「あれ落ちなかったのか?酷えな」
『たまたま見かけたんだ
本社ビル、ぼーっと見上げててさ』
会話の中になんの糸口もなかった。
神田は唐突にそう言った。
声色はそのままで、何でもない取り留めもないことだと主張するかのように。
『元気なさそうだったからパンケーキ食いにいった
それから大学見たいって言うから表参道まで行って
でも呼び出しの電話が掛かったから
俺はそこまででまた会社に戻った』
どうしてその間、スズからラインが来なかったんだ。
神田とパンケーキ行ったってそれだけを言い、どうしたこうしたって話さなかった。
「神田」
『ごめーん、忙しかったし連絡しそびれて…
パンケーキ食ったくらいいいじゃーん
ほられんちゃんが好きな店あるじゃん?
ホイップ山盛りのデカ盛りの映えの』
「お前彼女と上手くいってんの?』
『あ、ごめん呼ばれてるから行く』
電話は切れてしまった。
本社を見に行ったスズと偶然会って、近くのパンケーキ屋へ。
それから東京が初めてなスズを表参道まで送ってくれた。
気にする要素は何一つない。
これが下田だったら?
竹内だったら?
米山だったら?
何も気にしないだろ。
むしろ「あ、そうなんだサンキュ」ってくらいで。
何がこんなにもやもやと引っ掛かるんだ。
何でも言えと言ったから神田と会ったことを話した。
楽しかった思い出話じゃなく、俺への報告義務。
そんな感じだった。
パンケーキを食べに行った、それだけだった。
神田も、普通ならすぐにラインしてきそうだ。
そういうとこ気をつける男だから。
これがどうしても俺は
見なくて良かったこと
聞かなくて良かったこと
知らない方が良かったことだったかもしれないと
柄にもなくクヨクヨと思い悩んだ。
.
「わ、可愛いクッキー」
「何を三猿クッキー見つめてるんすか」
スズがお土産にくれたクッキーは、お土産屋によくありそうな量産しましたって感じのやつ。
猿が3匹、目と耳と口を押さえたイラストが書いてある。
「これって本来四猿らしいわよ、知ってた?」
「え、4匹なんすか?」
「見るな言うな聞くな」
「静香さんに言わせると三猿さえ命令口調」
「もう一つは?」
下田がパクッとクッキーを食べる。
「うまい」
「朝霧~俺もちょうだいJK土産」
「可愛いねぇ、彼の職場にもお土産くれて」
「部長、これ朝霧さんにですよ」
「え、そうなの?」
「しない」
「「「しない?」」」
「お股押さえてる子がいたんだって」
しないって
「下田コーヒー
テータイムにするぞ」
「やだ部長、ティーですよ」
「やっすい味のクッキーだな」
「朝霧、バームクーヘンもあるんでしょ」
「出せや」
目を押さえた猿と
口を押さえた猿と
耳を押さえた猿と
スズの無垢な笑顔と
神田の
何かを隠す明るく振る舞う声が
頭の中をグルグルとかき回した。
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