修学旅行前夜

「おい、また朝霧がおかしくなってるぞ」

「余田さんほっといてやって下さい」

「今度はなんだよ…」



「完全無知モンスターの討伐に

 死闘を尽くした戦士の休息ですから」



ここ一番危なかった。


「え、お前なにやったんだよ

 また部長ぶち切れるぞ」

「彼は無罪です!むしろ英雄です!

 冒険の書に記録しましょう!」


この俺が、下田に乗せられる前に吐き出さずにいられなかった。

静香は今日休み。

スズを送って出社していの一番下田に話してしまった。

それほど冷静でいられなかった。


首に這ったスズの唇の感触が。


「顔赤えぞ、熱あんの?」

「7月2日には解熱するので大丈夫です」

「7月2日ってなんだよ」

「スズっちのバースデイ、性欲解禁日です」

「あ、そっちの熱かよ」

「お誕生日プレゼントが初体験とか昭和ですか」

「うっせえな」


「てか逆じゃね普通」


「「逆?」」



「お前の誕生日に初めてを貰うってのが

 プレゼントじゃねえの?」


「おぉ!余田さんたまにはいいこと言いますね!

 ですよね!朝霧さん貰いましょう!」

「お前誕生日いつよ」

「朝霧さんの誕生日は5月22日っす」

「詳しいお前が怖え」

「24日だし」

「間違ってんじゃねえか」


「や…誕生日どうのじゃなくて

 スズがしたいと思えるようになるまで

 18才ってのはまぁ…常識的な区切りとしてで」


「じゃあ誕生日何貰うんだよ

 いいホテルで裸で過ごせばいいじゃな~い」


ん?ちょっと待てよ。


「可愛いケーキとか作ってくれそう!」

「あーーそれやりそう!

 ハンバーグ作ってケーキ食って

 まぁいいんじゃね?

 そんな純粋な誕生日もこの先ねえし」



スズ、俺の誕生日知らないかもしれない。



俺がスズの誕生日を知ってるのは、あの日が三田常務の来た会議の日で印象深かったから覚えてただけ。


聞かれてないし、言ってない。



「おい、今度はなんだよ」

「この人こんなに表情の富んだ人でしたっけ」



新たな問題



「スズ、俺の誕生日知ってる?」って言う?

自分から?何のアピールだよ。


でも…



手作りケーキ欲しい!





.



「どうかした?こーき」


いつの間にかスズが顔を上げていた。

スーツケースを拭きながらまだ誕生日のこと考えてた。


「こーき何がいい?」

「え…ケ…ケー」

「東京のお土産」


あ、その話しか。


スズは明日から三泊四日、東京へ修学旅行。


「嬉しいな~こーきのこれ好きなんだ~」

これは長期用の大きい方のスーツケース。

麻衣ちゃんが買ったスーツケースがあるらしいけど、丁度時期がかぶって、麻衣ちゃんが大学の研究室の研究旅行で使うとか。

それをあてにしていたから準備していなかったらしく、ただの黒で可愛くも無いけどスズに貸すことになった。


「あ、スズこれは?結構便利

 洋服圧縮できるから荷物増えてもいいぞ」

「いいの?借りる~」

「あ、これもやる

 ホテルは乾燥するから寝るときしろよ」

「マスク~?」



「マスクなんかうちにもあるだろ」



お父さん付き。

だってもう時刻は22時。


ベランダから外を眺め入ってきたとこ。


「家賃補助出てるのか?」

「はい、払うのは駐車場代くらいです」

「さすがだな」


「こーきこれなに?」

「アイマスク?飛行機とかで仮眠するときに」

つけてみせるとスズは笑った。

「借りよ~っと」

「絶対寝ないだろ」

「寝ない!」


旅行便利グッズをしまい、パチンとロックを掛けると、柄を伸ばし嬉しそうに引いてみるスズ。


「あ、それ外そうか」

「え、いいよ別に」

「でもかっこ悪いだろ」

「いいの!このままでいい!」

無難すぎるスーツケースは見分けがつかないから、目印に付けていたヴィトンのネームタグ。

名刺が裏返して入れてあった。

まぁこれまでになくしたことはないからいらないと言えばいらないけど、研修なんかでスーツケースが集まると便利だったりする。


「じゃあスズって名前かいとくか」


名刺の裏にマジックで


『SUZU』


と書いた。


スズは嬉しそうにそれを見た。




「じゃあお借りします」

「あ、いえ…全然!」

「こーき、行ってくるね」

「お土産なんていいからいっぱい遊んでこいよ」

「うん!」


「修学旅行は遊びじゃないがね」


う…


お父様の不機嫌はたぶん、スズ仕様な家の中を見たからだと思う。


シロクマのクッションに抱き枕

お揃いのカッ

スズの勉強道具に可愛い文房具


やはり家に上げたのはダメだったか。


見たくないよな、父親としては。



急だったから片付けも出来なかったし。



「はぁ…」



でも一人で来なくて良かった。



俺にはもう



あれと戦う余力は残ってないから。

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