満員電車の指輪

『明日の朝、電車デートしませんか?

 7時38分の各駅で』


そのラインが来たのは、始業式から3日経った昼休みだった。


「やっと会える~!」


長かった春休み。

また急な出張が入ったり、朝早くから夜遅くまで忙しそうで、ホントにマジでリアルに全然会えなかった。


「大変だね、彼氏がエリートリーマンだと」

「なんかねネンドマツとネンドハジメは

 やることいっぱいあって忙しいんだって」

「「へーー」」」

今日は珍しくお母さんがお弁当を作らなかったから、食堂の日替わりランチ350円を食べた。

お父さんがお弁当いらないって言ってたから、たまには休みたかったのかもしれない。

そして私はたまにしか食べれないランチ。

しかも唐揚げ。


「おいしーー」


「てかさ、スズが早いのに乗って

 朝霧さんちに行けばいいじゃん。

 わざわざ実家に帰るって事でしょ?忙しいのに」

「ホント、そしたら朝霧さんゆっくり寝てられるよ」

「しかもそんな時間、電車で終わりじゃん

 学校始まってるのに」

確かに。

だからこーきにそう提案した。


『ちょっと用があるからその時間でごめん

 実家に帰るしアリスの写真送る』


「だって」

「ふーん」

「んならいっか」

「アリス可愛かったな~」



杏奈もキノコ達ソフト部もいるクラスは、前と変わりなく楽しかった。

初めて同じクラスになった優芽ちゃんたちのグループとも仲良くなれたし。


ただ一つ、愛理とはあのままだった。

目も合わさず口をきくこともない。

音楽部の集まりにも、愛理は度々欠席するようになってしまった。


仲直りする糸口は見つけられなかった。




今日はピアノ教室があったから、音楽部もカヨイヅマもお休みして家に帰った。


ん?誰か来てる?

家の駐車場には知らない車が停まってた。


「ただいま~」


やっぱり。

玄関には知らない靴があって、リビングからはなんか笑い声。


リビングの戸を開けると


「あらスズちゃんお帰りなさい」

「ただいま」


「スズさん、お帰りなさい」


「お母さん!」


お客様はこーきのお母さんだった。


「ほら、コースターまで編んで下さったのよ」

「うわ~可愛い!」

「手を洗ってらっしゃい

 チーズケーキいただいたの」

「やった!お母さん私牛乳ね!」

「はいはい」


「すみません、うるさくて」

「いいえ、こんな感じでしたね

 思いだしてしまいました、懐かしい」


こーきのお母さんが作るチーズケーキは美味しい。

遊びに来てくれるなんて嬉しい。


「おいし~~」

「今話してたのよ

 光輝くん忙しそうだって」

「年度末はいつもなんですよ

 ま…スズさんがお家のことして下さってるようだし

 …助かってますけど」

↑頑張ってる


「あ、でも落ち着いたみたい。

 明日の朝の電車で待ち合わせてる。

 こーき赤瀬浦のお家に帰るからって」


「え…」

↑聞いてないお母さん


「や…やぁね、突然帰ってきて

 飯~とか言うんですよ…」オホホホホ

↑頑張れ


用事があるんじゃないの?



「あ、ほらスズちゃん

 今日は教室でしょ?遅れるわよ」

「ヤバ!」


牛乳を一気飲みして、楽譜をバッグに突っ込み


「行ってきます!」

「気をつけてね」


ピアノ教室までダッシュ。


あれ?

彼氏のママが来てるのに、おやつ食べて習い事に行ってる場合?

ま、いっか。



そして二時間。

ピアノ教室でピアノを練習して家に帰ると、さすがにこーきのお母さんはいなかった。

「編み方教えてもらっちゃった~」

お母さんが編み物してた。



明日はこーきに会える。


並木道のトンネルでチュって、あれ以来。


「……」


やばーーい

あのキスよかったーー


もっとしたいな


こーきのほっぺ触りたい

肉ないけど柔らかいの

たぶん皮


それにあの唇

まつげ

シャンプーの匂い


首のほくろ


背中に手を回したときの骨感


『スズ』


あの声

微笑む目元



大好きでたまらない



こーきも同じくらい好きでいてくれてるのかな。

絶対私の方が好きだけど。



7時38分じゃホント、電車に乗って駅で別れて終わりだな。



ちょっと早く来てくれないかな。






久しぶりだったから朝は入念に。

「熱っ!」

「もうスズ動かないで!」

麻衣ちゃんにアイロンでサラサラにしてもらい

「お母さんチークやってよーー」

「ダメよ、学校でしょ」

「早く行きなよ、なに頑張ってんの」


「あ!行かなきゃ!」


こーき早く来るかも。


「行ってきまーす!」




馬由が浜までの道を駆け下りる。


セーラーの襟が海風になびく。



駅の前の桜は地面にピンクの絨毯を作り、少しだけ新しい緑がチラ見えしていた。


風が吹くと

花びらが舞う。




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『3両目』


「うそ」


こーき、来なかった。


うん、仕方ない。

だってお仕事で疲れてるもん。


いつもは会えなかったら困るからって、馬由が浜まで歩いてきてくれるのに。



ダメよ私!

会えるだけでいいじゃん!

なにガッカリしてんの!

しかもちょっともやっとしたし!


久しぶりなんだからニコニコしなきゃ!



各駅停車のオレンジの電車がホームに入ってきた。


この時間の電車は満員。

3両目のドアが開くとこーきが見えた。


入り口の前にいた乗客はギュッと奥に詰めていく。


「スズ」


こーきが伸ばした手を握ると、こーきは自分の前に空間を作りそこに私を引っ張り込んだ。


「よかった、会えて」


ドアが閉まり、超満員の電車はゆっくりと走り出した。


密着した満員電車。


「つかまってろよ」

「うん」


すぐ目の前のこーき


輝き半端ない


やっと会えた。

しかも満員なのをいいことに抱きついて。


「大丈夫か?」

「えへへ~」

「何?」

「なんかいい、これ」

頭を撫で、髪をサラッと梳かすとポールを握った。


「スズ、手貸して」

「手?」


カバンを持ってない方の左手を出すと


こーきはカバンを足の間において

コソッと



「お守り」



耳元で囁いた。




満員のぎゅうぎゅう詰めの電車。

くっついた二人の隙間で



スッと指に通った。





指輪





「今日なんの日か知ってる?」


「今日…?」




「痴漢騒動の迷惑な女子高生に出会った日」




あの日…?


だからこの電車だったの…?




「お揃い」



こーきの指に同じ指輪が光った。




ぎゅうぎゅう詰めの満員電車。



揺られる30分の間。



同じ指輪をはめた手をギュッと握りあった。




出会って1年




恥ずかしそうに目をそらすこーきが



たまらなく




愛おしかった。

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