大魔王復活とピカピカの蛇口

この電話に出たら、もう終わりを告げられると思った。


だから電話に出れなかった。


仕事なのに

仕方ないのに



あんな事言って。



こーきが休めないほど忙しいなら、前みたいに、掃除して洗濯してクリーニング屋さんに行って、それだけでいいじゃない。


楽しかったじゃん、あの時。


今はパワーアップして、お弁当を作ってあげることもできる。


だからそうしようと思ったのに、何を求めたのか、あんな言葉を口にさせた。



本心じゃない。



私は何を求めて、あんな事を言ったんだろう。






「すずちゃん!」

ドアの向こうからお母さんの声がする。


ご飯ならいい

食べたくないの


この三日間何度も考えた。

こんなんでもしこーきがいなくなったら



死んじゃうかもしれない。




あんな事を言ってしまった後悔に押し潰されそうで、こーきがいなくなる不安に飲み込まれそうだった。


「すずちゃん寝てるの?起きてる?」


別れようなんて言われたら…



「今日ね、朝霧さん22時頃には帰れるらしいから

 お家で待ってなさいってお父さんが」



「……」




え?




「一度ちゃんと話してらっしゃい

 電話下さってるんでしょ、朝霧さん」




別れようって言われる。




終わっちゃう。




想像する別れ話をするこーきは、ストーカーしてた時の迷惑そうな顔よりも、もっと冷たくて心のない顔。



怖くてたまらなかった。






行きたくないと言っても、お父さんは問答無用に私を車に乗せ、マンションの前で下ろされた。


「23時ここに来るから」


「嫌…!」



「すずちゃん…」

お母さんが降りて頭を撫でる。

「大丈夫だから」

何をしても涙は滝のように出た。

「行って話してらっしゃい」

「やだ…」


マンションの入り口の前から中には入れなかった。



そうしてたら



自動ドアの開く音がして



よしよし撫でてたお母さんが背中を押す。




「スズ」




「お願いしますね、朝霧さん」




涙の向こうにこーきが見えた。




「おいで」



お母さんの手が背中から離れて、こーきが手を伸ばす。



「散歩でもしない?」



うそ…


もう家にも入れたくないんだ…




「じゃ、23時頃来るわね」

「あ、駅の方に行きますよ

 ここ入りにくいし」

「あらそ?じゃあよろしく」

道ばたに停めた車にお母さんは乗り、こーきは運転席のお父さんに頭を下げた。


「すみません遅くに、ありがとうございます」

「あとでな」


車は走っていった。


「スズ、行こう」


「…やだ……」


終わっちゃう。

別れ話なんて嫌。

こーきがいなくなるなんて無理なの!



「スズ…」


「嫌……」



顔を上げれなかった。



こーきが怖い顔してるかもしれない。



「スズと行きたいとこがあるんだ」



こーきが私の手を取る。



「こーき…」


嫌だよ。




「スズ、ごめんね」




何が…?


ごめんね、別れよう


ってことだよね。



「やだぁ……!」



「ごめん」




「終わりだなんて言わないで…!」




「……へ?」




「え…?」




「あ、ごめん…

 お父さんに聞いてたから

 なんか俺一人誤解とけてたかも」



誤解?



「スズのこと嫌いになったりしてないから

 ごめん、不安にさせて

 電話に出るの怖かったんだよな」



嫌いになってない…?



「電話が嫌なら手紙でも書けばよかった

 スズのこと好きだって」



別れるんじゃない…?



「どこにそんな涙ため込んでんの?」クスクス



「だって…!」




「俺も寂しいよ、スズに会えなくて」




そっか


私、そう言って欲しかったんだ。





こーきは私の手を引いて歩き出した。

治まらない涙。

人通りの多い駅近で、こーきは恥ずかしかったかもしれない。



「ここ…?」



目の前には、光の粒が溢れるトンネル。



こーきとハンバーグを食べたお誕生日に見た



並木道だった。




「夜じゃないと見れないだろ?」



「綺麗…」



「ホントもぅ…よく涙出るな」




こーきがクスッと笑う。

優しい顔

笑い方


繋いでない方の手が涙を拭いて

「滝だな」

笑いながらスエットの袖で拭いた。



「こーきがね…」

「ん?」



「こーきが働いてるとこ…好きなの…」



本当だよ。




「出会ったときから…

 カッコいいって…思ったんだよ…!」




「これだけ許して下さい…」

「え?何…」



チュって一瞬だけ




光のトンネルの中でキスをした。





.



「あ、お父さん来た!」


駅のロータリーに入ってきた車。

駅の大きな時計は23時を指していた。


私たちの横に停まり、助手席からお母さんが降りる。

「まぁ~ニコニコしちゃって」

「えへへ~」

「明日から出張なんでしょう?

 ごめんなさいね、早く休んでね」

「こーき、出張頑張ってね

 私お掃除頑張っとくから!」

「クリーニングもお願いします」

「袋に入れといて!」


そして運転席から降りてきたお父さん。



もとい



大魔王




「朝霧くん…」

「お父さんありがとうございました」



「君のお父さんになった覚えはない」



ハッとしたこーきが私の手を振り払った。



「変なことをするなと言っただろ!」


「申し訳ございません!」



↑手を繋ぐのも変なことに分類する父





.



それから私のカヨイヅマ生活が始まった。



「お手伝いさんじゃん」

「聞こえない」

杏奈が激しく歌うアンジェラさんで、英介の声はかき消された。

「で?それなんだよ?」

ソファーの隅に置いてた紙袋。

「え?これ?」

「聞こえてんじゃん」

「掃除道具!」

「は?」


曲が終わり、マイクを置いた杏奈。

次の曲が流れ出すと、ピッ停止。

「はぁ?俺の!」

「フリータイムなんだからちょっとブレイクタイム」

「勝手に決めんな」

その袋の中を物色。

「雑巾洗剤ブラシ…クエン酸って何よ」

「あ、なんかそれね

 ポット綺麗になるんだって

 あと蛇口とか!

 昨日お母さんが教えてくれてね

 練習で家の蛇口やったらちょー綺麗になったの!」

「「「プププ」」」

「帰ってきてピカピカだったらこーきも絶対喜ぶ!」

「スズママ転がすね~」プププ

「いいじゃん本人が満足してるし」プププ

「彼女に掃除させるとかなんだよアイツ

 金持ってんだから掃除屋頼めや」チッ


オープンから15時までのフリータイムで、歌って喋って食べて、そして私はこーきの家へ行く。

洗濯は昨日したから、今日はこの魔法の粉で蛇口のお掃除。


そんな春休みを過ごした。


杏奈たちと遊ぶか、予定がない日はこーきの家で一日中過ごした。

勉強したりピアノ弾いたりスイッチで遊んだり。

退屈はしなかった。


この空間にいるだけで、私は楽しかった。



こーきには本当に会えなかったけど。

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『仙台駅に寄り道』

「あ、なんだっけこの緑の新幹線!

 有名なやつだ~」

写真付きのラインを何度もくれた。

顔も一緒に撮ってくれたらいいのに、自撮りは恥ずかしいと言った。


『早く帰って来ないかな~』


新しく置いてあったミニオンのメモに呟いた。






**



その頃俺は


「では次のページをご覧下さい」


クリック

スクリーンは次のページを写す。


「ちょっと朝霧くん」

「はい」

本社エネ開本部の島本部長補佐。

「このさ…」

やべえ、なんか間違ってたか?


「次のページってどうやって行くの?」


は?


まだ1ページ目見てやがった。


「シュッと指で

 ページをめくるようにしていただいたら」

「お、本当だ

 うわ~本みたいだね~」


最近の本社の会議は大体タブレットでやってんだろ。

今までどうしてやがったんだ。


年寄り相手の会議をしてからの

夕方

「朝霧くん!」

「おう山崎」

秘書課、同期の山崎恋花が来た。

「すぐ札幌?」

「うん、ちょっと買い物してから」

「これスズっちに~」

「え?土産?」

「乙女の心がわからなくて痛い目みたんでしょ?」

「なんで知ってんだよ

 ぺらぺら喋りやがって」


山崎がくれたのは小さな包み

ちょうど文庫本くらいの大きさの。


「絶対開けちゃダメよ」

「開けねえし」


夕方の東京駅。

予定通りの新幹線に乗ってとりあえず仙台に向かった。


PPPP

『見て!蛇口ピカピカ!』

洗面所の蛇口をこんなに見たことはない。

どアップ。

『顔も撮って』送信

しばらくしたら蛇口とスズのツーショットが来た。

『今新幹線で移動中』送信

昼飯を食べ損ねたから乗る前にパンとコーヒー牛乳を買った。

カシャ

送信

PPPP

『顔も撮って』

新幹線の中で単品のビジネスマンがパン持ってそんなことできるか。

『自撮りは恥ずかしいから無理』送信


俺はたぶんスズを安心させたかったんだと思う。


「あ、新幹線」


カシャ



会えなくても時間を共有出来てる感じが、スズには安心なんじゃないかと思った。


そしてそれは、俺もそうだったらしい。


足も体も心も軽やか。





東京仙台札幌の出張が終わり、家に帰り着いた三月最後の夜。


「うわっ!」


あーー…ビックリした。


壁一面の黄色い妖怪。


『今日のお昼ご飯はお弁当作ってきた♡』

『破れてた靴下は捨てました』

『歌いすぎた!声ハスキー!

 こーきとカラオケ行ったことないね』

『何か美味しい物食べた?』



『早く会いたいな』



『こーき大好き』



スズの言葉が部屋に溢れていた。

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