スノボ旅行15.マドカさん
外でよかった。
その一言に尽きる。
今朝振り出しに戻ったと思ったのに、さっきのスズの積極性ときたら…
18禁以前よりパワーアップしてた気がする。
危うくこの手がニットの下を探りだすとこだった。
この調子で焦らされまくって、俺は解禁のその時、まともに出来るのだろうか。
「おい、どうした朝霧」
ほげ~~
露天風呂から見上げる星空の元、さっきのキスシーンを再生していた。
「お前絶対スズちゃんのこと考えてんだろ」
脇役影薄熊本支社の小沢が、ペチンと俺の額をはたいた。
「さっさとやらせてもらえ
お前のキャラ崩壊ぶりに俺泣きてえわ」
「ホント、そんな頑張らなくていいだろ
今時の高校生なんてやりまくってるんだし」
「倉敷でデートして貢いで
エロ無しで帰ってくるって…」
神田が呆れた風に言いながら
「いいなーーー泣
そんな彼女がほしーーーー泣」
泣き真似。
なんだそれ。
「なに言ってんだよ」
「お前彼女いるじゃん」
「結婚するんだろ」
小沢がそう言った時、俺には一瞬、神田の表情から冗談が無く真顔になったように見えた。
もしかして上手くいってないとか?
「彼女の親にも会ったんだろ?」
「まぁな~
俺ちょー気に入られちゃって~」
「はいはいよかったな」
無理に冗談な笑顔を付け足したようにも見えた。
「彼女なにしてるんだっけ」
「おデパートでお化粧品売ってる」
そうだった。
神田の彼女は誰がどう見ても美人。
美容部員だけあってモデルみたいにバッチリだった。
それにもう付き合いも長い。
誰も結婚してない同期の内、神田が最初だろうなと、たぶん俺だけじゃなくみんな思ってると思う。
神田がこの中で1番優しいし、彼女を大事に出来るヤツなんだ。
東京に居た頃も、取引先との付き合い以外は遊ばなかった。
浮気もなければワンナイトなんてありえないやつ。
だから彼女も幸せなんだろうなって思う。
「真田、上がるぞ」
「何黄昏れてんだよ」
ぼけ~と星空を見上げてた真田。
「俺…このままマドカに吸収されて
人生終わるんだろうか…」
「なんだそれ」
「こんなとこまで連れてきたんだから
まぁそれなりに吸収されるんじゃね?」
「俺もそう思う」
「彼女のために一生社畜でいられるか?」
なんだその妙に心に響く名言は。
そう言ったのは影薄い横浜の米山。
今までどこに隠れてやがった。
「まぁずっとここじゃないにしても
彼女と生きてくために身を粉にして働けるか
少なくとも俺はそこが基準だな」
うん、俺はそれ出来る。
たとえ甲田ホールディングスが倒産して路頭に迷っても、何してでもスズを食べさせていけるな。
岩風呂から立ち上がり、温泉の湯をしたたらせながらおっさん5人がぞろぞろと。
なんだかそれが急に面白かった。
プププ
「なんだよ朝霧」
「ボケてたと思ってたら急に笑い出した」
「いかれてんな」
「いや、いい年になったんだなと思って」
去年、一昨年
こうやって旅行した時はそんな話題ではなかった。
みんな遊んでまわってたし、もっとえげつない下ネタだったように思う。
人生考えるようになってる。
風呂から上がり、部屋に戻って米山とビールを開けた。
「竹内は?」
「静香んとこじゃねえの」
「ホント好きだな」
ゴクゴク喉に流しながら、米山はタオルをハンガーに掛ける。
「取り持ってやれよ。
静香ちゃんと1番仲良いの朝霧じゃん」
「取り持たないとどうにもならないような仲なら
どうにかなってもどうにもならねえだろ」
「あいつら40過ぎくらいになって
お互い仕方なく結婚しそう」
「俺もそう思う」
財布やスマホをポケットに入れ部屋を出た。
もう夕飯の時間だった。
「スズちゃん迎えに行く?」
「うん」
「俺も行こ~
湯上がりのJK拝も~」
「拝むな」
PPP
『マドカさんと先に行くね~』
はぁ?
「だから目的はなんなんだあの女」
「あ、一歩遅かった!」
米山がボタンを押したときにはエレベーター通過。
「これ上まで行って戻ってくるんだよな」
「8階停止長くねえ?」
「開くボタン押しながら中と外で喋ってたりして」
「夕飯何階だっけ~
私迎えに行くよ
え、いいよいいよ悪いよ
一緒に行こうよ~
じゃあ私がそっちに行くよ~」
米山の気持ち悪い女声の想像。
「って感じじゃね?」
「間違いではない気がする」
何も変わらないのについ下ボタンを連打した。
「あ!朝霧あっち」
米山がエレベーターの扉の前からクルッと右に向いた。
「階段あるじゃん
二階だし階段で降りようぜ」
階段?
こちら側からは入り込んでいて見えなかった。
「足痛え、筋肉痛だ~」
「俺も昨日しか滑ってないけど痛い」
「お前スズちゃんと遊んでただけじゃん」
「5回は滑った」
「たった5回~」アハハハハ
笑い声にエコーがかかる。
「歌いたくなるな、歌っていい?」
「近所迷惑」
「誰もいないじゃん、貸切状態~」
ん…?
「朝霧?どした?」
昨日の夜の
『どっか人いないとこにでも連れてって
時間までいちゃいちゃするけどな~』
神田の話が。
『階段とか』
スズ、急に現れたから
どこから来たんだって思ったんだ。
スズが部屋に戻る時、神田はトイレに行くと席を立った。
スズを追いかけるみたいに。
「おーーい朝霧ーー」
「あ…うん」
考えすぎか。
神田には彼女がいる。
結婚も視野に入ってるような彼女。
スズとは真逆なタイプ。
「こーき!」
だってこんな庭かけまわるポメなんて、俺たちの日常で出会わないんだ。
「お手」
「わん!」
手首にはさっき付けた首輪が。
「真田の彼女と遊んでたの?」
「うん!」
本心で可愛がってくれてんのか?
「何して?」
「ピアノ弾いてきたの!
昨日のバイキングのお店で!」
え?
「マドカさんがもう一回聞きたいって言ってね
お店の人に頼んでくれたの」
「へ…へ~」
なんだそりゃ。
今日はそこで食わないのにそこまでする?
チラッとマドカを見たら真田と仲睦まじく、や、いいのか真田。
一見ラブラブ恋人同士だぞ。
「ねぇ見てこーき」エヘヘ
「あ、さっきのバッグもう使ってんだ」
「うん!すぐ中身入れ替えちゃった!」エヘヘ
可愛いなそうやって素直に喜ぶとこ。
言葉だけ喜んで見せてるんじゃない。
スズは隠せないから。
顔から
表情から
全身から
感情を滲ませる。
「こーきにもらったお財布と手帳と
さっきのキジでしょ。
あと東京土産のジルのポーチ」
ファスナーのないバッグ。
取手を引っ張って開いて中身を見せるスズ。
「こーきばっかりなの!」
あとはハンカチか。
わかった。
今度はハンカチ買ってやるから。
スズポメのバッグの中身を見ながらよしよし撫で撫で。
「この缶は?」
「これは飴と頭痛薬入ってるの」
「これなんだっけ、ウサギの…」
「マイメロ!」
マイメロか。聞いてはみたけどピンとこなかった。
「なにいちゃこいてんのよ~」
静香の声が背後から来て、ガシッと首に巻き付けられた腕は絶対メンズ。
「一緒に寝ちゃえよ~」
腕の主は竹内だった。
「いいな~
スズちゃんこれ倉敷で買ったの?」
「はい!こーきが買ってくれた!」
うんうんと微笑む静香が、クルッと俺を振り向く。
「こーき!あたちもほちい!」
「竹内、言ってるぞ」
「静香ちゃんお買い物マラソンの時まで待って」
「本場で買いたい」
「ちまちまポイント貯めてんのか」
「団体様の米山様~」
中華屋のおばちゃんが呼ぶ。
わらわら集まる団体様。
「スズちゃん一緒に座ろう」
「はい!」
「あ!スズちゃん!
しずちゃんの横は俺だぞ!」
「しずちゃんって言わないで!」
竹内と静香がスズを連れて行った。
え、俺は?
後を追いかけようとしたとき
「朝霧さん」
呼び止めたのは真田の彼女だった。
「え…はい」
「ちょっといいですか?」
なんだよ…
真田も不思議そうに不審そうに見る。
「マドカ?え…どうした?」
この女、どれが本当の顔なんだ。
「おーい、どうした?入んねえの?」
神田が来た。
なんともおかしな状況。
「スズちゃん…」
え?
「音大に行きたいんですよね?」
最初に会った時の、甘ったるい女子を醸し出した感じではなく、別人みたいに、芯を持ったしっかりした表情だった。
「あ…うん
そう言ってたけど」
なぜかゴクリと息をのむ俺と真田と神田。
それとは逆に、彼女は凜とした真っ直ぐな目だった。
「私、青山美芸大で管弦楽を教えてるんです」
「「「は?」」」
「うちに来ませんか?」
え、ナニイッテンノ?
あまりにも唐突すぎて言葉の意味を理解できなかった。
YSHグループの小野専務の娘さんの友達でって…
あ、職業まで聞いてなかったけど。
「どこの音大にいくつもりですか?
ちゃんと考えてますか?
そちらにいい音楽学部はありませんよ。
将来ピアノでやっていきたいなら
うちに来て本気でピアノと向き合った方がいい
うちの稲森教授は間違いなく日本屈指です」
「マドカ…?」
「失礼ですが
音大に受かるほどの成績をお持ちですか?
英語はできますか?」
「それは…」
「実技試験は勿論ですが
最近は英語を求められますし
うちも英語外国語小論文の項目もあります」
やっぱりか…
スズ的に致命的な科目だ。
「推薦してあげます」
はい?
「稲森教授の元で専門的に勉強すれば
スズちゃんはもっといい音を弾けます」
「や…でも」
「勿体ないです
適当な音楽学部に行かせて
適当にピアノ弾かせる気ですか?」
あまりの剣幕に言葉は返せなかったし、音大の良し悪しも、ピアノの良し悪しもわからない俺には
何も言えなかった。
ただ1つ
「東京…なんですよね?」
スズが東京に行く?
「うちは私立ですし
一人住まいの家も必要になります
だけど是非ご両親に話して下さい」
そんなの願ってもないチャンスだ。
英語も論文もスズには難しいと思ったんだ。
帰ったら英語をたたき込まないとって思った。
青山美芸大って、俺でも聞いたことあるくらい名門じゃないか。
こんなチャンス。
「朝霧…大チャンスじゃねえの…?
有名大学じゃん!
スズちゃん音大行きたいんだろ?!」
「マドカ…お前家事手伝いじゃなかったのか…」
「ごめん本当は助教、大学の先生なの」
「はぁ?!」
スズが東京に。
それは俺にも願ってもないチャンスだ。
次の転勤は高確率で絶対的に
「朝霧お前、次絶対本社に戻されるだろ」
東京に戻るんだ。
「変な女だと思ってごめん…」
「はぁ?」
「頼む…
両親は俺が説得するからスズを…!」
真田の彼女は笑った。
それは女を醸し出した最初の印象とは違う。
出来る女の顔。
「お任せ下さい」
「真田」
「あ?」
「吸収されとけ、いい女だ」
クククク
笑い出した彼女はまた表情が変わった。
甘ったるい女子アナかぶれに。
「私、朝霧さん狙いだったのにな~」
「「「は?」」」
「最初会ったときはね。
でも私
あんまりベタベタした人って好きじゃなくて」
そう言って人のことを小馬鹿に笑い、この女はパッと真田の腕に抱きついた。
「やっぱ真田くんの方がいいかな~
最初はエリート商社マンに出会うために
利用したんだけどね」
真田俺神田
顎はずれた。
「だって真田くん昨日の夜
ピーが上手だったんだもん
ちょー気持ちよかった」
なんちゅう女だ。
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